第103話 諦め
寒さに体をブルッと震わせ、俺は目を覚ました。
やべぇ、寒さでボーッとして寝ちまったみたいだ。今何時だよ、スマホを上着のポケットの隙間から覗いて時刻を確認する。
9時50分? そんなに寝たのか? やべぇ、寒すぎる、体がガタガタと震え体力の限界を感じる。
背後でサクッと雪の踏む音が聞えた気がして、俺は焦って振り返ると野ウサギが逃げて行くのが目に入った。
ウサギ……? だよな、俺はフッと笑い季三月が来ない事を悟る。あんな小説でのメッセージなんて伝わる訳がない、見てくれている確率なんて微塵も無いだろう。だいたい日本にいるかも分からないのに。
俺が勝手に期待しただけだ、来ない彼女は何も悪く無い。
「帰るか……」
体が冷えっ切って震える、明日は風邪で寝込みそうだ、ありがとう季三月……暖かい思い出を……。
俺はベンチからゆっくりと立ち上がり、木の階段へ向かって力なく歩き出した。
地面が凍っているのが靴の底の感触から伝わる、パリパリと氷が砕ける音が俺と季三月との思い出も壊して行くように。
その時、俺の足音と同じタイミングでコツコツと前方から音が聴こえて俺は立ち止まって耳を澄ます。
階段を誰かが登って来てるのか? 段々と音が近づいて来て俺は身構える。
こんな夜更けに男が一人で展望台に居たら不気味がられるぞ、しかも格好悪い。リア充カップルに出くわしたら要らぬ嘲笑を浴びてしまうじゃ無いか。
真っ白な光がゆらゆらと揺れながらこちらに向い、階段を登る音も大きくなる。
誰かが階段から姿を現し、眩しい光が俺を照らし、前が見えない。
光の中から震えた息のような声が微かに聞こえる。
「……が……み…………大神ーっ!」
いきなり誰かに抱きつかれ、俺は頭が真っ白になった。
「季三……月?」
「会いたかった! 会いたかったよ、大神っ!」
灰色の頭を俺の胸に埋め、泣きじゃくる季三月、俺は彼女の体をそっと抱きしめ、頭を撫でる。季三月のシャンプーの懐かしい香りと小さな体、俺の腕に無意識に力が入る。
「苦しいよ、大神……」
彼女は顔を上げて俺の目を見つめた。
何度も眺めた季三月の泣き顔、もう俺は彼女を泣かせたくない。
「もう、離したくないんだ……君を……」
俺も涙が溢れてきた。
「私も離れたくない。大神……大好きだよ」
季三月が顔を近づけて瞳をゆっくりと閉じる。
俺も自然と顔を近づけ、季三月にキスをした。
彼女の唇から体温と柔らかさが俺の唇を通して伝わって来る。
季三月も俺を強く抱きしめ、時が止まったかのような感覚がする。
どれくらいそうしていたのか分からない……。
彼女は唇を離して言った。
「冷たいよ、大神……」
頬を赤く染めて恥じらいの表情の季三月。
「君の唇で暖めてくれる?」
「いいよ……」
俺達はもう一度キスをした。
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