第104話 再会

 暖かい。季三月はベンチで俺にピタッと寄り添い、一瞬俺と目を合わせたが、直ぐに恥ずかしそうに逸らした。


「綺麗だね……」


 季三月はポツリと言った。


 眼下に広がる夜景の美しさに二人は見入った。


 話したい事は山ほどあった筈なのに、心が暖かくなり思考が停止する。


「ゴメンね、大神。いきなり居なくなったりして」


 彼女はベンチで俯きながら小さな声で言った。


「気にしなくていいよ、きっと訳があるって思ってたから」


 顔を上げた季三月は俺に体を向けて座り直し、背筋を伸ばして説明し始めた。


「あのね大神……私、早坂君に復讐されそうなの、それで警察の人が逃げる業者をお母さんに紹介して……」


「早坂が? 捕まってるのに?」


「誰かに依頼したって話したらしいの」


「だから消えるように居なくなったのか……。でも、今日はいいのか?」


「大丈夫だよ、スマホも変えたし、通信もしていないから履歴も残らない……此処にいても足跡は残らないから」


「学校は?」


「行ってるよ、お友達を作るのが苦手だから苦労してるけどね。何処とは言えないけど……そんなに遠くでは無いよ」


「何処かは教えてはくれないのかな?」


「ごめん……まだダメなんだ……あっ! でもこれっ!」


 季三月は俯いていた顔を上げ、スマホケースに挟んでいた小さな紙切れを俺に手渡した。


 俺はその小さく折り畳まれた紙を開くと数字の羅列が記入されているのが目に入り、声を弾ませて彼女に聞いた。


「電話番号?」


 季三月はコクリと頷き、微笑んでいる。


「大神、ごめんね。私、時間無いからそろそろ帰らないと……」


「えっ? もう帰るのか?」


 名残惜しそうに季三月はベンチから立ち上がり、俺の手を掴んで引っ張り上げて言った。


「駅まで一緒に帰らない?」


 彼女の背後で夜景が煌めき、まるで星屑の中にいるようだ。


「いいよ。でも、もう少しだけ……」


 俺は季三月を抱き寄せた。


「うん、私もずっとこうしていたい……。ねえ、大神……キスして……」


 季三月は可愛らしく唇を少し尖らせて、背伸びをする。


 俺も彼女に唇を合わせようと顔を近づける。


 何度だってしたい、季三月となら…………。


「あーっ! 見てらんねーなっ!」


 中倉の声が背後で響き、俺と季三月は狼狽して顔を真っ赤にさせ、声の方角を見た。


「ホント、いちゃ付きも大概にして欲しいわ、こっちが恥ずかしくなっちゃうよ」


 山根の声も聞こえ、俺は声を裏返らせて言った。


「山根? 苗咲も⁉」


 三人は少し離れた場所から俺と季三月を眺めていた。


「季三月さんからキスせがむとか意外……」


「な、な、苗……咲さん⁉」


 季三月は顔はおろか耳まで赤くしてフリーズしかけている。


 俺は震えた声で聞いた。


「み、皆、いつの間に?」


 山根は身体を前屈みにして笑い、少し呆れた様子で答えた。


「いつの間にも何もさっきから居たし、声掛けたんだけど二人の世界にどっぷりハマってるから無視されてたんだけど!」


 俺は恐る恐る聞いた。


「え? 何時から見てたのかな……?」


 苗咲は言った。


「ベンチに座った所からだよ。もう、見せつけられてお腹いっぱいだよ」


 三人はケラケラと笑い声を上げた。


 俺は季三月の手をとって言った。


「季三月、俺達はいつも君の事を思ってる、だから此処に皆が集まったんだ。だからこれからもよろしくな!」


「ありがとう、みんな……本当に大好きだよ!」


 季三月はそう言うと涙ぐみながら皆と抱き合った。


 友達が一人もいなかった季三月が半年ほど前に俺に起こした告白実験、まさかクリスマスイブにこんな事が起こるとは誰も予想しなかっただろう。人生は予測不能だ、過去に囚われていた彼女が起こした奇跡。俺は、それに参加出来た事に嬉しさを噛みしめた。


 


 おわり

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