第73話 山根の態度

 シーンとした部屋に、ベッドの軋み音が僅かに聞えた。


「ホ、ホントにするぞ!」


 山根は俺をからかうように片目を開け、笑って言った。


「やってみ?」


 俺は再び瞳を閉じた山根の肩を両手で掴んだ。その瞬間彼女の体がビクッと震えたのを俺は感じ取った。


 お前もビビってんじゃねえかよ。


 俺は目を瞑る山根の唇に指をチョンと付けて、彼女を驚かせた。


 瞼を開けた山根に俺は言った。


「こういうのは好きなやつとやらないとな?」


「私は好きだよ」


「えっ?」


 何言ってんだよ? 真顔で俺を真っ直ぐに見つめる山根、ふざけてんだろ?


 再び静まり返る部屋、静か過ぎて俺の早い心音が響いてバレそうだ。


「あはははっ、ライクだよライク! 友達として好きってこと!」


 山根は感情のこもっていないような笑い声を上げて否定した。


「何焦ってんの? ホント、大神ってからかうと面白い!」


 その時、俺のスマホから着信を告げるメロディーが聞えた、画面には季三月彩子の名前が表示されている。


 山根はその名前を見て、「早く出てあげなよ」と言ってベッドに腰掛けた。


 季三月が電話? 話が苦手な彼女は、まず電話は掛けてこない。俺は山根に見られている事に若干の居心地の悪さを感じながら電話に出た。


『あ、も、もしもし。お、お大神?』


 可愛い声が上ずって緊張気味な季三月、たった数日間声を聞かなかっただけなのに懐かしさを覚える声色。


「どうした? 電話なんて珍しいな」


『き、今日ね、早坂君が学校で自殺未遂したんだ』


「その話は知ってるよ。季三月貧血起こしたって聞いたけど大丈夫なのか?」


『う、うん。私、元々痛そうなの見るのが苦手だし……見てるだけでこっちも痛くなっちゃうから』


「いま家?」


『うん、苗咲さんに送ってもらったよ、大神はバイト先?』


「まだ家に居るよ、バイトはこれから」


 山根は頬杖を付いてジッとこっちを黙って見ている、多分電話の内容は丸聞こえだ。


『ね、ねえ、こ、こ今度――』


 電話の向こうで季三月の深呼吸が聞こえる。


『会いたい……』


 え? 季三月からの予想外の一言に俺は頭が真っ白になる。


 山根は、ふぅ~んと無言で頷き意味深な態度で微笑み、ベッドから降りて俺の部屋のドアを開けた。


 廊下に出た山根はいきなり大きな声で「私、先行ってるから。またね大神」と言って階段を降りて行った。


『え? 誰? 山根さんが居るの?』


 あいつ、ワザとだろ! 


「ああ、山根が教えてくれたんだ、季三月が倒れたって」


『…………それだけ?』


「え?」


『い、いや、何でもない。じゃあね大神』


「季三――」


 電話が切れた、季三月から会いたいって言ってくれたのに。山根は何であんなデカイ声出したんだよ? 邪魔するみたいに……。


 ジェラってんのか? いや、そんな訳無いか、どうせまた俺達を混乱させて楽しんでるだけだ。山根は俺達の味方だ、何時も困った時に助けてくれる良い奴だ。


 たまに訳の分からない行動をするのがあいつのとりえだし。今回もそれが出ただけだ、少しは空気読んでくれよ、まったく。


 俺はため息を付いて立ち上がり、バイト先へ向かった。

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