第72話 挑発

 山根の頭の傍に落下した銀色のアルミフィルムに包まれた菓子、彼女は胸の上に読んでいるマンガを閉じないようにそっと置き、袋を開けて言った。


「やった! ポッキーだ」


 袋から三本のポッキーを取り出した山根はポリポリと立て続けにそれを食べ、残りの一本を咥えたまま再びマンガを読み始めた。


 咥えたポッキーを唇でクルクルと回し、ペラペラとページを捲る山根は俺と話をする事も無くマンガに集中している。


 マジで休憩室じゃねえか、停学中で暇なんだから話くらいしてくれよ。


 俺もポッキーの袋を開け、数本まとめて口に入れボリボリとかじりながらスマホを眺めた。


 暫く静な部屋に甘い菓子の香りと咀嚼音だけが響いて、女子と二人きりでいる事に俺は無関心になっていた。


 季三月も今頃は自宅に着いている頃か? 俺はスマホでメッセージを送ろうとしたが、彼女に早坂の事を思い出さてしまうのも可哀そうかと指を動かすのを辞めた。


 スマホの画面をぼんやりと眺めているとパサッと音が聞こえ俺は山根を見た、ポッキーの袋がベッドから床に落ちている、「おい、山根――」俺は彼女に話しかけたが、途中で話すのをめた。


 スースーと寝息を立て、山根は眠っている、お転婆ガールも寝てしまえば可愛いもんだ。


 ホントに寝てるのか? また俺を驚かすトラップでも発動させようと寝たふりをしている可能性もある。俺は四つん這いになり床を歩いて山根に近づき、寝顔をマジマジと眺める。


 マジで可愛いじゃねえか、山根の寝顔。


 至近距離で彼女を眺めていると、山根はいきなり寝返りを打ち俺の方へ体を向けた。


 スカートがずり上がり太ももの殆どを露出させた彼女の姿に俺はゴクリと唾を飲み込んでしまった。


 健康美が売りな山根でもこうなるとエロい、俺は変な気を起こしそうでワザと音を立ててお茶を飲み干し、グラスをテーブルの上にコンッと置いた。


 その音にピクッと反応して瞼をゆっくりと開けた山根はハッとして目を覚まして目の前に居る俺を眺めた。


「な、何?」


 山根は俺の枕を抱いて警戒した様子で飛び起きた。


 俺は「何だよ?」と逆に聞いた。


「私の寝顔見てたでしょ! ヘンタイ!」


 顔を真っ赤にした彼女は眉間に皺を寄せ、ベッドの上で壁に背をつけて座って俺を眺めている。


「はぁ? お前が勝手に人の部屋で寝てたんじゃないか! 曲がりなりにも男の部屋で」


「い、いびきとかかいてなかった?」


 彼女は俺を覗き込むような仕草をして小さな声で聞いた。


「かいてねえよ。ただ、ちょっとお転婆が可愛く寝てたから眺めはしたけどな」


「大神って、エッチだよね。季三ちゃんも言ってたけど……」


 女子にエッチだと指摘され、俺は声を大きくして否定する。


「なっ! お、お前が寝た振りこいてんじゃねえかと思って確認してただけだって!」


 山根はプッと吹き出して言った。


「大神、過剰反応し過ぎ!」


 ニヤニヤしながら山根はベッドの上で四つん這いになり、俺に近づいて聞いた。


「何? 私の寝てる間にキスでもしようとした?」


 彼女は口をチュッと鳴らして俺をからかった。


 プルッとした唇の動きに目を奪われた俺は心拍数が一気に上がってしまい、誤魔化すために声を張る。


「バ、バカだろお前! そんな事言ってたらホントにするぞ!」


「うろたえちゃって! キスする勇気なんて無いくせに」


 山根は瞳を閉じてキスしてみなさいと言わんばかりに俺を挑発した。

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