第68話 報酬

 季三月の事が心配になった俺は翌日彼女の元へ向かおうと連絡したが、季三月は大丈夫の一点張りで会ってはくれなかった。


 毎日送り迎えしている俺に気を使ったのだろうか?


 結局この土日は彼女に会えずじまい。俺はモヤモヤした気分で過ごし、月曜日の朝を迎えていた。


 季三月は今朝、母親に車で高校まで送って貰うらしく、俺は何時もより少し遅く家を出た。


 本当は休みたいだろうに、単位不足になりそうな季三月に高校を休む余裕は余り無い。


 それでも俺は彼女を高校の玄関で守るために時間に余裕を持って出かけている。早坂は知っているのだろうか、学校がストーカー行為を把握した事を。


 高校に着いた俺は季三月が来るのを玄関の外階段の柱に寄りかかって待っていた、もちろん早坂が現れるのも。


 季三月を乗せた青い車が門を通り抜け来客者駐車場に停車した。


 俺が車に向かって歩き出すと、季三月と母親が車のドアを開けて降り、季三月はニコリと笑って可愛く小刻みに手を振り、母親は俺を見るなり頭を下げた。


「大神君、いつも有難うね」


 彼女のお母さんは少し疲れたような顔で微笑んでいる。


「大神! お早う」


 季三月は明るく挨拶をして来た、思ったより元気そうで俺はホッと胸をなでおろす。二日間の休息が薬になったようだ。


 一応元気そうな彼女に俺は聞いた。


「季三月、大丈夫?」


 車のドアをバンッと閉めた彼女は俺の直ぐ傍に近寄り、「大丈夫だよ、もう立ち直ったから」と言って腕を両手で掴んで来た。うわっ! お母さんが見てるのにベタベタして良いのか?


「そ、そうか。じゃ、教室行こうぜ」


「ゴメン大神。私とお母さん、先生達と話しあるから先に行ってて」


 あれ? それもそうか……事情聴取と今後の対策を話し合うのかも知れないな。


「オーケー、先行ってる」


 俺は二人から離れて教室に向かった。



 ◇     ◇     ◇



「良いのか? 食って」


 目の前に豪華なお弁当が輝きを放っている、季三月は彼女のお母さんが俺の為に作ってくれていた弁当を図書室の大きな机に広げ、割り箸を俺に手渡した。


 久々に図書室に来たのは訳がある、その弁当は二人分が一つの容器に入っていて、二人で弁当を突かなければならないからだ。


 流石に教室でそれをするのは恥ずかしい、俺と季三月は一応付き合っている事にはなっているが登下校時に早坂に見せ付ける為だけにイチャついた素振りをしていただけだ。


 クラスメイトの前では特段何も見せ付けたりはしていない。


 季三月は水筒のお茶を紙コップに注いで俺に手渡して言った。


「じゃ、食べよ?」


「お、おう。頂きます」


 割り箸を割った俺は唐揚げを箸で摘んだ。


 げっ! 早速季三月と同じ唐揚げ箸で掴んでんじゃねえか!


「あっ! ちょっと!」


 季三月が箸に力を込める、それが面白かった俺も箸を強く握った。


 唐揚げ一つを取り合い、俺の割り箸がパキッと折れた。


「もう、何やってんのよ!」


「ゴメン、何か面白くて……」


 折れた割り箸を弁当箱から拾い、俺は短くなった箸を持ち直す。


「お箸もう無いよ……はい!」


 季三月は唐揚げを箸で摘んで俺の口の前に差し出した。


 こ、これは男なら誰もが夢見るシチュエーション。


 俺は言った。


「あのセリフ言ってくれない?」


「あのセリフ? なんの事?」


「こういう時に女の子がよく言うやつ」


 ハッとした季三月は顔を赤くして目を逸した。


「あ、あ〜ん……」


 チラッと俺を見た季三月の表情……ヤバ、可愛い過ぎる。


 唐揚げをパクッと食べた俺は、「次、玉子焼き食いたい」と彼女に言った。


「痛っ!」


 脛に激痛が走った、お前の靴硬いって!


「自分で食べな」


 俺の脛に蹴りを入れた季三月は玉子焼きを割り箸で突き刺して自分の口に運んだ。

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