第66話 衝撃

 彩子 下校



 毎日大神が送り迎えをしてくれてから数週間、早坂君は私の前に現れなくなっていた。わざとらしいほどにイチャ付いて歩いた効果があったみたい。


 クラスでも私と大神が付き合っているのは誰もが知る事となり、事実を知っているのは苗咲さんと山根さんと中倉だけだ。


 大神はフリをするのを楽しんでいるみたいで、たまに調子に乗り過ぎて私を本当の彼女と勘違いして一線を越えようとして来るけど……無料のボディーガードだと思えばそれくらいは仕方が無いかな。早坂君が諦めてくれたら、大神の頼みの一つくらいは聞いてやってもいい気はするけど。何度もデートに誘われてるのに断りっぱなしも可哀そうだし。


 だけど、今日は乗換の三笠新城駅で大神と別れて神木町まで一人。


 金曜日は彼のバイトのシフトが早い時間で一緒には帰れない。


 私はつり革を掴んだまま電車の中を確認した、混雑はしていないけど座れないくらいの人が乗っている、その中に例の彼がこちらを見ていないかを……。


 ストーカー被害者ってこんな気持ちなのかな? 私はもう付き纏われていないけど、一人になると少し怖い。


 三時半か、お腹空いたな……そうだ、あれ食べよう。


 神木町駅で電車を降り、駅外の直ぐ隣にある中華饅頭屋さんに私は立ち寄った。


 立ち上った湯気が顔に当たり、良い香りがする。


 あんまんを一つ買って私はお店の横にある赤いベンチに腰かけた。紙袋からあんまんを取り出して半分に割るいつものルーティン、これ熱すぎるんだよ、やけどしちゃうくらい。


 フーフーと黒餡に息を吹きかけ一口食べる、これだよ、これ! なんか生き返る。


「季三月さんって猫舌なんだね?」


 熱い物を食べてるのに私の体が凍り付いた、早坂君の声が聞こえたから。


「偶然だね? 僕も此処の饅頭が好きで良く買いに来るんだ」


 偶然? 嘘でしょ? つけられてたの? 体が強張って動かない。


 彼は私の隣に腰かけて饅頭をかじった、大神との思い出の場所なのに汚さないでよ。


 どうしよう、家に逃げたら自宅がバレるし……いや、もうバレてる可能性が高い。彼はきっと大神の居ない金曜日を狙ってたんだ、私達の行動を観察して……。


 怖い、何で分かってくれないの? 私が嫌がっているのが分からないの?


 私はゆっくりと深呼吸して、勇気を振り絞って言った。


「私、怖いんだ。貴方が傍に来ると……。お願いだから近づかないで!」


 自分の声が物凄く震えている、声も吸った息ほどの声量が出ない。


 体が緊張してる、でも自分ではどうしようも出来ない。


「そう言えって大神君に言われたのかい?」


 何言ってるの? この人。やっぱり話がかみ合わない、大神、助けて。


 私はキレ気味に言った。


「私に付き纏わないで、ストーカー! 警察呼ぶわよ!」


「ストーカーは大神君だろ? 僕は君を助けたいんだ、安心して」


 怖い怖い怖い! 話が通じない!


「私を助けたいなら……二度とその顔を見せないで!」


 私はベンチから立ち上がって食べ掛けのあんまんを彼に投げつけた。


 彼はあんまんを顔の前でパシッと片手で受け止め、私のかじった所をニヤついて食べた。


 キモい‼ 私は猛ダッシュで走り出した。


 背後から大きな声が聞こえる。


「有難う、季三月さん。あんまん美味しいよ」


 ひいいいっ! 頭おかし過ぎるよ、アイツ!


 涙が溢れて来た、怖すぎる! 何で? 何で私なの?


 私は体力の限界を超えて、一度も止まらずに全力疾走で数分間走り、自宅前にたどり着き、大きく肩で息をして、震える手で鍵を鍵穴に何度も失敗しながら差し込むと自宅のドアを開けて中に駆け込み、振り返らずに思いっ切りドアを閉めてロックした。


 心臓がバクバクと破裂しそうなほど脈動している、私は玄関の廊下に滑り込み、靴を足を振って脱ぎ捨てて「お母さんっ!」と叫んで居間のドアを開けて転がり込んで泣きじゃくった。 

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