第40話 告白

 心臓がバクバクと脈動する。


 俺は下校途中、自転車で下校している生徒が発した言葉に絶対に季三月だと思って、中倉をその場に置き去りにしたまま全力で走り、限界を超えて屋上に今到達した。


『校舎の屋上に自殺しようとしている女子が居る!』


 この言葉を聞いていなかったらと思うと寒気がする。


 心臓が口から出そうだ、これは全力疾走のせいじゃない、季三月が飛び降りてしまわないように冷静に対処する重大ミッションだからだ。


 彼女の目の周りが赤く腫れている、相当泣いたみたいだ。プールであんなに楽しそうにしてたってのに何でだよ!


 俺は自分に腹が立っていた、季三月の水着姿に浮かれていた自分に……。


「何があったんだ? 季三月」


 屋上の縁に腰かけている彼女は上半身を捻ってこちらを見ている。


 俺の問いかけに季三月は困ったような顔をして目を逸らして俯いた。


 黙っている季三月、俺は彼女が口を開くのを待った。


 背後から数人の気配を感じ俺は屋上の出入り口に目を一瞬向けると、そこには教師が四、五人こちらを覗いていた。


 俺は教師に向かって片手を伸ばし手のひらを彼らに見せて近づくなと無言で制止する。


「ゴメン、大神……。私、たまに死にたくなるんだ。何時もは誰にも分からないようにしてたんだけど今日は自分しか見えなくて失敗しちゃった……」


「どうして死にたいんだ?」


 俺はゆっくりフェンスに近寄り、季三月のすぐ傍まで到達し、しゃがんだ。彼女はフェンスの向こう側にいるから容易には近づけないが。


「私ね、幸せになると反動で死にたくなるの……。それは自分にも止められなくて…………助けて大神」


 季三月は大粒の涙をボロボロとこぼして俺に背を向けた。


「大丈夫、俺がついてるから……心配しないで」


「キミはいつも優しいね……」


 彼女は両手で顔を覆った。


「季三月彩子が死んだら俺は悲しいよ、だからこっちに来て……」


 彼女は座ったまま反応を示さない。


「季三月、振り返ってフェンス掴んで」


 俺は冷静に、静かな声で語り掛けた。


「いいのかな……私……生きてていいのかな?」


 声を震わせて彼女は言った。


「いいに決まってる!」


 俺は声を大きくして季三月に言った。


 涙で顔を濡らした彼女は振り返ってフェンスを掴んでいる俺の手を握った。


 少し湿り気のある季三月の指先はとても冷たかった、目と鼻を赤くした季三月の姿に俺はフェンスを引きちぎって抱きしめたい衝動に駆られる。


「うううっ」


 季三月は激しく肩を震わせて泣いている。


 体育の男性教師がフェンスで出来た扉の鍵を開け、季三月にゆっくりと近づいて彼女の肩をポンポンと優しく叩いて話し掛ける。


「立てるか? 季三月」


 その教師の逆側からも男性教師がフェンスを越えて季三月に近づいた。


 教師に支えながらゆっくりと立ち上がった季三月は外側を執拗にガードされながら移動してフェンスのドアを潜って待ち構える俺に抱き着いて膝を落として泣きじゃくった。


 教師は直ぐにフェンスのドアに鍵をかけ、彼女を遠巻きに囲んで見守っている。


「ご、ごめんなさい! うっ、うっ、ごめんなさい! 私……」


 俺はそっと彼女を抱きしめた。



「わ、私は……季三月彩子を殺したいんだ!」


 そう言って彼女は暫くの間、号泣し続けた。


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