第34話 かなづちな彼女

 階段をひたすら上り、ビルの五階相当の高さまで昇った俺達は、プールのスタッフに入場ゲートで貰った蛍光オレンジの腕輪を見せた。


 この腕輪が有れば施設内はオールフリーで楽しめる。


 待ち時間は無く、直ぐに自分たちに順番が回り、山根が二人乗りの浮き輪を頼み、スタッフは少し大きめの浮き輪を乗り口にセットした。 


 二人乗り用の大きな浮き輪に乗った山根と季三月。


 季三月は怖がって山根の後ろに抱きついている。


「やっぱり怖いよ!」


 季三月は山根の背中にギューッと強くしがみつき、彼女の大きな胸が潰れている。


 可愛い女子が連結されている何とも目のやり場に困る映像。


「3・2・1、ゴー!」


 プールの女性スタッフが二人を送り出し、季三月と山根の乗った浮き輪は悲鳴と共に水の流れる青いトンネルに吸い込まれて消えた。


 中倉と俺も次々に浮き輪に乗り出発する、二人乗りか……恋人同士でもない限り無理だよな。


 俺はそんな事を考えつつ、一人ウォータースライダーのチューブ内を振り回されている。


 そして気が付けば浮き輪は出口に排出され、お約束の回転転覆。


 水面に出た俺を山根と季三月がプールサイドで笑って出迎え、俺に手を伸ばして引き上げる。


 季三月は笑いを堪えきれず、肩をひくひくさせながら言った。


「大神、なんか地味!」


「そうそう、リアクション全く無いんだもん」


 山根も爆笑する。


 中倉は言った。


「大神のリアクションの薄さは今に始まった事では無い、だけど面白かったぞ」


「何だよそれ? 褒めてるつもりかよ!」


 何か腑に落ちねえな、だけど季三月が喜んでるから悪い気はしない。


 俺は言った。


「季三月は怖くなかったのか?」


「うん、最初は怖かったけど、だんだん楽しくなって来たよ」


 それを聞いた山根はニヤニヤして言った。


「季三ちゃん私にしがみつき過ぎて、すっごく体に手の跡付いてたけどね。もしかして私の背中におっぱいの跡付いてない?」


「そ、そんな訳無いじゃない!」


「冗談だって! それより、あそこ! 凄い波じゃない? 行ってみようよ!」


 山根は季三月の手を引っ張って、まるで彼氏のようにプール内を連れ回す。


「大神、季三月取られたな」


 中倉が俺の背中をバシバシ叩いて一人で喜んでいる。


「ああ、ちょっと予想外だけど季三月が楽しいならそれでいいよ」


「大神! お前、健気だな!」


「うるせー、放っとけ!」



 ◇     ◆     ◇



 ゴム製の浜に波が押し寄せる、女子二人は胸の高さ程の水深でイチャイチャしているように見えたが、山根が押し寄せる波に挑戦するかの如くいきなり泳ぎ始めた。


 季三月は手持ち無沙汰でその場に取り残され、キョロキョロと辺りを見回し、俺を発見すると「おーい!」と細い手を振って微笑んだ。


 俺は泳いで季三月の傍まで近づいた。


「凄い、海みたいだね」


 季三月が楽しそうに波が来るたびにジャンプして水が顔にかかるのを交わしながら言った。


「山根の所まで泳ごうぜ!」


 俺は季三月の手を引き泳ごうとすると、彼女は急に慌てて俺にしがみ付いて来た。


「嫌だ。足、底に届かないよ!」


 小柄な季三月は焦って怖がっている。


「大げさだなぁ、浮かんでたらいいだろ?」


「ダメダメ! 私、泳げないんだもん」


 泣きそうな顔になった彼女は本当に怖がって俺の背中にギュッと抱き着いて離れない。


「ちょっと! 戻ってって!」


 少し怒った季三月は声を張って体を強張らせる。


「ごめんごめん、分かったよ。でもな季三月、力抜けば浮かぶんだぞ、やってみ?」


「意地悪しないで! ねえ! 早く!」


 俺の背中に彼女の柔らかさと体温が伝わる、でもこれは余り喜べないシチュエーション。



 俺は季三月を怒らせてしまった。

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