第27話 意外と出来る

 季三月と山根のサッカー特訓はその後も数回行われ、球技大会の日を迎えていた。


 山根の思い付いた秘策が何かは知らないが、何時も椅子の上にしかいない季三月を地面に降ろした甲斐があったと願いたい。


 女子サッカーの一回戦が始まる、相手は三年生だが多分問題は無いだろう、球技大会の攻略法はただ一つ、運動部の人間を活躍させないことだ。


 季三月は中央の左にポジションを取っている、左利きは有利だ。その彼女の前には陸上部のフォワードがいる、季三月はパスを受けると、それしか練習していないインサイドキックで人では無く左の空いたスペースにボールを蹴り込み、陸上部員を走らせる。たらたらと走る相手ディフェンスを振り切って陸上部員はいきなりゴールを決めた。陸上部員は喜びながら季三月に駆け寄り、「ナイスパス」と言って彼女を抱きしめて背中をバシバシ叩いた。


 季三月はその行為に驚いたのか凍りついたような変な動きになって歩き出した。


 なるほどな、山根は素人集団のサッカーの試合に戦術を持ち込んだのか、他の生徒のパスは全て立ち止まった足元だけだ。相手の三年生にも上手い人はいるが個でドリブル突破をしているだけ、余り脅威にはなっていない。運動部員が何人もいるのなら話は変わって来るが、相手に季三月のパスに込められた意図を読み取れる生徒はいなかった。結果的にこのホットラインは機能しまくり、我がクラスは三連勝で準々決勝まで進んでいた。


「大神、俺達の出番が近い。体育館に行くぞ」


 俺がサッカーコートの傍で観戦していると背後から中倉のボソッとした声が聞こえた。


「えっ? マジか、これからって時に……」


 俺は校舎のでかい時計を確認する。


「季三月の生足が名残惜しいのは分からんでもないが」


「ベ、別にそんなんじゃねえよ!」


「それとも揺れる胸を見てたのか?」


馬鹿ばっかじゃねえの? 俺はアイツの活躍を見たかっただけだ」


 下心など全くなかった俺だが、中倉の言葉に過剰反応してしまい、焦ったような声を上げてしまった。


「ほう? 恥じる事は無いんだぞ大神、周りの男達を見てみろ、皆応援のフリをして季三月に夢中だ、あんなにビブスが似合う美少女が居るか?」


「何だよ、だったら皆もアイツと仲良くしてやればいいのに」


「同感だ。だけど、彼等は季三月が超変人の根暗女という噂を信じて疑わないからな。それならば映像として楽しむだけで満足って訳だ」


 まあ、季三月は男に声を掛けられた所で、硬直し、口をパクパクさせて片言の単語を発してATフィールドを発生させるだけだろうが。



 ◆     ◇     ◇



「悔し〜っ!」


 季三月は両手を握りしめ地団駄を踏んでいる。


「大健闘じゃないか季三月、上出来だよ」


 俺は自分のバスケの試合をこなし、試合が終わると直ぐに体育館から校庭に駆けつけたが、ウチのクラスの女子サッカーは負けていた。


「ボロ負けだよ、ボロ負け!」


 口を尖らせた季三月は俺に聞いた。


「大神は勝ったの?」


「負けた」


「じゃあウチのクラス全滅って事?」


「そうなるな」


「はぁ〜っ、つまんない」


「でも、そんなに熱くなるほど楽しめたんなら良かったじゃないか、最初は嫌だって言って何とかサボろうとしてたんだし」


「そうだった……ありがとね、大神。色々協力してくれて」


 季三月は汗を手で拭いながら微笑んだ。


「そうた、山根さんにもお礼言わないと!」


 そう言うと季三月は山根を探しに行った。


 あのコミュ症の季三月が自ら人と話す為に駆け出すとは……。


 彼女の心も少しづつ溶け出したみたいで、俺はその変化を手伝えた事に胸に温かくなった。

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