第24話 普通の少女
映画のCMが延々と流れるのが終わり、本編が始まった。
季三月はスクリーンをチュロスを咥えたまま食い入るように観ている。可愛い、暗闇に照らされた美少女に俺は見惚れた。
この映画は、一人の少女が人間力を取り戻して行く物語……。ん? 季三月! お前、この主人公と変わらないじゃねぇかよ! 季三月も最初に比べたらだいぶ言葉を発するようにはなったし。
しかし季三月はあの時なんで出刃包丁を持ち出したりしたんだ? しかも逃げる為にパンツを躊躇い無く見せるとか……奇行が過ぎるぞ……相当病んでたのかな?
映画はクライマックスを迎える、アニソンの域を超越した美しい歌が流れ、平日昼間のまばらな観衆は二人が結ばれるのか見守っている、無論俺もだが。スクリーンが涙でぼやけて見えない、感情が昂ぶり「ううっ」と変な声を出してしまって、俺はその声を季三月に聴かれたかと思って彼女をチラ見した。
季三月も泣いていた、口に両手を当て、スクリーンの光に反射した涙の筋を手でたまに拭いながら。
感動的な曲と共にエンドロールか始まり、俺は顔面がびしょ濡れになったのを顔を掻く振りをして拭ったがタオルでも無いととても無理だ。
劇場内に灯りが戻り、俺はわざとらしく背伸びをして制服の腕で顔を拭いた。
季三月は感動の疲れかグッタリしてシートに深く座っている、目頭を手で押さえながら。
「はーっ 泣いちゃった」
少し恥ずかしそうに季三月は潤んだ瞳で俺を一瞥すると立ち上がり、「行こっか?」と言って歩き出した。
「大神は泣かなかったんだ」
薄暗い劇場を出口に向かいながら彼女は聞いた。
「あれくらいじゃ泣かねえよ」
明るい廊下に出て俺達は紙コップを分別して捨てロビーに向かう、季三月は俺の顔を眺めてニヤケている。
「何だよ?」
「目、真っ赤だよ? 可愛いなぁー大神君は」
「うぇ? ははっ、バレたか。マジで泣いた、顔面びしょ濡れだったし」
「何それ? びしょ濡れって言い過ぎ!」
可愛らしく笑った季三月は俺に言った。
「涙いっぱい出たから水分補給したい、これからカフェ行かない?」
「えっ⁉」
俺は絶句して立ち止まって季三月を見た。
「今日、バイト?」
彼女は首を傾げて聞いた。
「い、いや、そうじゃなくて……季三月彩子に誘われてチョットびっくりした」
「何それ? しかも何でフルネーム?」
彼女はケタケタと笑った。
「行く行く! 何か感動疲れしたし」
俺達は近場のカフェで小一時間話をした。殆どがさっき観た映画の話だったが彼女はストーリーの展開や考察を楽しそうに俺に話した。季三月の物書き目線は面白い、感動させる脚本家の構成、そんな事を熱く語っていた。
外もすっかり暗くなり二人はカフェを出て駅でお別れの時を迎える。
「何かゴメン……一方的に話しちゃって」
少し照れた様子で季三月は言った。
「全然だよ、俺も季三月の話が聴けて楽しかったよ」
「じゃあね」
季三月は身体の横で小さく手を振りホームに向かう階段を制服姿で駆け上がって行く。
俺はその背中を見えなくなるまで眺め、逆方向の階段に向かう。
同じ映画を観てその感想を大いに語り合う、きっと彼女はそれがしたかったんだろう、だから俺をカフェに誘ってくれたんだ。ずっと一人で過ごしてきた季三月がしたかった事、その時間を共有出来た事に、俺は嬉しさを噛みしめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます