誤解

第19話 バイト

 俺は人生初のバイト初日を迎えて緊張していた。


 自宅から近い職場を探し、見つけたのがこのお洒落からは程遠いサラリーマンが大挙して押し寄せる『和食、秋水』のキッチン補助の仕事。


 そこでいきなり同じバイトの女子に声を掛けられた。


「大神? やっぱりそうだ」


「山根か?」


「久しぶり!」


 着物風ウエイトレス姿のスラリと背の高い女子、中学時代の同級生だった山根美来やまねみくじゃないか。


「何か雰囲気変わったな」


「可愛くなった? なんてね」


 おどけて見せた彼女は俺の前でグラビアアイドルのようなポーズを決める。


 確かに中学時代よりは可愛くなった気がする、以前はポーイッシュなショートヘアーが似合う体育会系少女だったが、今は肩まで伸ばした黒髪が和服姿の制服に似合っている。


「あれ? 山根、部活動してないのか?」


「うん。私、才能無いからもう辞めたんだ。肌に悪いから紫外線も浴びたく無いし」


 そう言って彼女は両手で頬を挟んで笑った。


 俺は聞いた。


「高校はどこ行ってるんだっけ?」


「えーっ! 本気で言ってるの? 大神と同じ高校だよ。私、存在感無いのかな? 二組に居るのに」


 そう言えばそうだったっけ、山根の印象が変わったから気が付かなかったのかも。


「山根さん、これ三番テーブルに運んで!」


 チーフに声を掛けられた彼女は、慣れた手つきでお膳を運んだ。



 ◇     ◇     ◆



 四時間の労働、人生初めてのバイトはとても疲れたが、俺はどうしても金を稼ぐ必要があった。季三月ともっと色んな所に行きたいし……兎に角彼女を楽しませたい、それには小遣いだけでは足りない、まだ何処に行くと約束した訳でも無いと言うのに。


 季三月とはあれ以来まともに話をしていない、彼女が口をつぐんでいるいるというのもあるが、俺自身、季三月に何て声を掛けたらいいのか分からなくなっていたからだ。


 何かきっかけが有れば……。


 そうだ、小説を貸してくれるって季三月があの時言ってたっけ? でも、あんな事があったからもう覚えていないのかもな。


 俺はバイト先のロッカールームを出てタイムカードを押した、時間を印紙する音がバイトを始めた事を実感させる。外は真っ暗だ、母さんは俺がバイトを始める事に始めは反対した、成績も大して良く無い俺の学力が低下しかねないと。でも父さんが働くのも勉強の一つと後押ししてくれた。何時も無口な父さん、今は感謝しか無い。


 明日こそ季三月といっぱい話そう、俺は帰り道に彼女のほぼ無表情な笑顔を思い出した。


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