第17話 過呼吸

「季三月の告白が演技だってのは理解してる、だから友達じゃダメかな?」


 可愛く頬を染めていた季三月だったが、彼女はすぐに顔を曇らせ落ち着きなく自分の体を抱きしめた。


「……駄目だよ、大神が不幸になっちゃうから」


「不幸上等! そんなの俺が跳ね返す。な? だからいいだろ?」


 伏し目がちに佇む季三月、彼女の親友が死んだ事が深い傷になり友人認定を拒むのだろうか、それなら無理強いするのはちょっと違うか。


「じゃあ知り合いって事で」


「知り合い?」


 季三月は俺を見上げた。


「ああ、何かあったら情報交換できる。そんな間柄、どうかな?」


 瞳を小刻みに揺らしフリーズ仕掛けている季三月、俺は彼女が納得して答えを出すまで暫し待つ。


「……いいよ」


 季三月はゆっくりと制服のポケットからスマホを取り出し、俺をSNSに登録してくれた。


「ところで本買ったの?」


 少しだけ首を傾げ、彼女が聞いてきた。


「い、いや……それが……買って無い」


「何それ?」


「何か訳分かんなくなって……新刊は高いしファンタジーも迷って選べなかった」


「そっか……じゃあ、私の本、貸してあげる。気に入るか分かんないけど」


「ありがてえ、恩に切るよ、季三月」


 俺は季三月に手を合わせた。


「じゃ、帰る」


 うわ、この切り替えの速さ、やっぱり俺は知り合いの域を出ないらしい。


 書店の外に出た俺達はそのまま駅へ向かった。付き合ってくれたお礼にお茶でもと季三月を誘ってみたが答えは『帰る』だった、それもそうか……もう6時前、晩飯が待っている。


 歩道を二人は無言で歩いく、会話が無い事に俺は焦らなくなって来た、これが季三月のペースだから。


 駅が近づき別れが迫る、また明日教室で会える、明日また季三月と話そう。


 その時、耳障りなタイヤの鳴く音が大きく響きわたり車同士の追突事故が起きた。


 俺はその音に振り返ると、追突されたドライバーは声を荒げて車を降りて後ろの車を覗き込んでいる。


「何だよ、びっくりしたな、季三月」


 振り返ると彼女は俺の視界に居なかった、少し後ろの歩道でしゃがみ込んで口を抑えて震えている。


「どうした? 季三月」


 俺は彼女に駆け寄り様子を伺う、息が物凄く荒い、このままだと過呼吸でぶっ倒れるぞ。


 これってもしかしてフラッシュバックか? 


「大丈夫だぞ季三月、事故は君に起こっていない、安心して」


 季三月の肩を抱き、俺は近くの建物の階段に座らせる。


「ゆっくり息をして、深呼吸、深呼吸」


 彼女は震えながら俺に抱き着いて来た。


「心配ない、俺が付いてるから」


 俺もそっと彼女を抱きしめる。


「大丈夫ですか?」


 通りすがりの若い女性が俺達に声を掛けて来た。


「過呼吸がひどいわね」


 その女性はしゃがみ込んで季三月の背中を擦る。


「ゆっくり、長ーく息を吐いて、そう」


 数分間季三月を見てくれた女性のお陰で、季三月の症状は改善して来た。


「多分、もう大丈夫だと思うけど。歩けなかったら救急車呼んだ方がいいかもね」


「だ、大丈夫…………です」


 季三月は、か細い声で答えた。


 俺は通りすがりの若い女性に言った。


「すみません、助かりました」


「いいって、いいって。私も昔、過呼吸持ちだったから放っておけなくて……あなた彼氏? 今日は彼女を家まで送ってあげて」


 そう言って彼女は立ち上がると、軽く手を振って駅に向かって歩き出したので、俺は座ったまま頭を下げて礼をした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る