おにぎり言葉

あびす

おにぎり言葉

 さて、どうしたものか。

 頭を抱えている彼の名前は米田。米が名産の故郷から上京しておにぎり屋『米田おにぎり』を開いたものの客が全く入らない。このままの状況が続けば近い将来店を畳まなければ……。米田は頭を振って最悪の想像をかき消す。

「ああ小町ちゃん、そろそろ昼休憩入っていいよ……ちょっと待って。それ何食べてるの」

「向かいのパン屋さんのパンですけど」

「それはダメだろう。確かにあそこのパンは美味しいし大繁盛してるけど、うちの店が危ないって時にそれはダメだろう」

「この店が危ないのは店長が頼りないからですよ。なにか画期的なアイデアでもないと」

「じゃあ一緒に考えておくれよ」

「仕方ないですねえ。じゃあこれ食べ終わるまで待ってください」

「……はい」

 今日はおにぎり屋は臨時休業のようだ。

「じゃあまずこの店になぜお客さんが入らないのかを考えましょう」

「うーん…… 自分的には改善するとこなんてないと思うんだけどなあ」

「甘いですよ。その思い上がりがあるからお客さんが入らないんですよ」

「小町ちゃんは結構当たりが強いね」

「まずこの店の外見。今どき和風の見た目は古臭いんですよ」

「ええっ、それもひとつの味だと思ってたんだけどなあ。それに、おにぎりが美味しければお店の外見なんて関係ないでしょ」

「甘い、甘すぎますよ店長。コシヒカリより甘い。おにぎりの味で勝負ったって何種類かの味のおにぎり並べてるだけでしょ。目新しさがないんですよ。そんなんだから40過ぎてるのに奥さん出来ないんですよ」

「あんまり言うと僕泣くよ」

「それに今どきおにぎりだけってのがありえませんよ。確かにこの店のおにぎりは美味しいですけど、もっとサイドメニューも充実させなきゃ」

「いや、僕はそこだけは譲れない。故郷で受け継がれてきたこのおにぎりの美味しさを全国に伝えるためにこの店を開いたんだ」

「うわあ見てください店長。あの花屋さんのお花綺麗ですねえ」

「ねえ小町ちゃん現実逃避しないで?」

「ん?花……花言葉……はっ!?店長!!閃きましたよ!ほぼ腐りかけで首の皮一枚だけで繋がってるこの店を再建させるアイデアを!!」

「ねえ僕もう泣いていいかな?」

 数日後。

「どうぞー!米田おにぎり、新装開店でーす!花言葉なんてもう古い、これからはおにぎり言葉で大切な人に心を伝えてはいかがですかー!」

 装いを新しくした米田おにぎりの前には、珍しく人だかりができていた。集まった人達は立ててある看板を興味深そうに見つめている。

「おにぎり言葉……梅干しは『愛する』鮭は『諦めない』……」

「三角のおにぎりは『あなただけ』丸のおにぎりは『活発』……」

「なるほど、中の具や形に意味を持たせて花言葉のようにしているのか」

「面白いな。意味を組み合わせることもできるし、人への贈り物としても使える」

 小町のアイデア「おにぎり言葉」は、ひとつひとつの具や形、海苔の巻き方にまで意味を持たせるというもの。これを組み合わせる事によって、様々な想いを表現できる。このアイデアに興味を持った客が殺到し、この日『米田おにぎり』はかつてないほど忙しかったが、米田はとても満足していた。これだけヒットしたのだ。これからはどんどん客が入るだろう。これでなんとか、おにぎり屋を続けられる。故郷のみんなが聞いたら喜ぶだろうな……

 そして向かいのパン屋も『パン言葉』を始めることを今の彼はまだ知らない。

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おにぎり言葉 あびす @abyss_elze

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