第24話

 ジャーーーーーッ


(もったいないっ!!)


 かけ流しで溢れて消えていくお湯はたいそう贅沢な使い方。私のいた国では考えられない。

 昔はそんなことを全く思わず、きれいなお湯の中で遊べるって無邪気にいたのを思い出す。

 そんな話をリチャードとしようと思うけれど、大浴場で距離を取りながら隣り合って座る私とリチャード。

 お互い裸だと今の私たちには間に3、4人分くらいのスペースが必要なようだ。


「ふぅーーーーっ」


 リチャードがリラックスしながら息を吐く。

 リラックスしているとはいえ、浴場に剣を持ってきているのは、今が戦時中だからだろうか。


(まぁ、私って敵国の貴族だったし、なんなら、その王子と婚約してたし・・・)


 リチャードに疑われている気がして、ショックを受けた。


「あのさ・・・アリア」


「はいっ!」


 自分で誘っておいて、緊張した私は、お湯に浸かって見えるはずがなくても、大事な部分を隠してしまう。


「・・・臭かった?ボク」


 心配そうな声で尋ねてくる。リチャード。


「ええ」


 ガビーンッ


 ショックを受けるリチャードがこっちを見てくる。


(誘ってよかった)


 何を言っていいかわからない状態で、咄嗟に出た言葉だったけれど、本当に良かった。

 私は久しぶりに怖くないリチャードの顔を見れて嬉しくなる。


「ふふっ、大丈夫よ。私は嫌いじゃない匂いだったわ」


「そっ、そう?」


「ふふっ・・・はぁ~~っ」


 私はお湯を掬ってみる。綺麗なお湯。今度は天井を見ると、湯気がゆっくりと天井へと向かっていく。

 私は久しぶりにゆっくりした物をまじまじと見たかもしれない。


 戦争中ということもあって、城の中も外も慌ただしかった。そんな状況で役割の与えられていない私でも、心がそわそわしながら、何かに迫られて、頭をどんどん回転させなければならないプレッシャーのようなものを感じていた。リチャードはもっとそうに違いない。


 湯気はそんな私、そして一番忙しいリチャードに「慌てなくてもいいんだよ」とほほ笑んでいる気がした。


「懐かしいね、リチャード」


「そう・・・だねーーーっ」


 背伸びをするリチャードからの優しい声。

 あぁ、やっぱり。私はこの声がいい。

 

「よくお庭で走り回って汗掻いたものね」


「うーん、ボクはあまり掻きたくなかったけれどね、おかげで鍛えられたよ」


 ちらっと見ると、リチャードの逞しくなった上腕二頭筋と、胸板が目に映り、ドキッとしたけれど、それを気づかれないように冷静を装った。


「そっ、そうね、あの時はヒョロガキだったものね」


「あーっ、そういうこと言う?キミだってお転婆娘だったじゃないか」


 お互いクスっと笑う。

 

「初めて会った時・・・ボクはキミが嫌いだった」


「えーーーっ」


 笑いながら返事をしたけれど、ちょっとショックだ。


「ボクのペースなんかお構いなし。嫌がっているのに虫やカエルを顔の前に持ってきたりして、ボクの嫌がった顔を見て、嬉しそうに笑ってさ・・・嫌な奴だと思ってたよ」


「そう・・・」


 都合の悪いことは覚えていないようだ。私はそんな悪い奴だったとは・・・。恥ずかしい。

 私は体勢を変えて、足を組み替える。


「でもね、ボクが足をひねって怪我をしたときに、ボクをおんぶして運んだくれただろ?あの時から・・・」


 ふーっと息を吐くリチャード。


「キミのことが好きになった。そして、それは・・・今もだ」


 かっこ良かった。

 私は思わず、彼に見惚れていた。


 ジャバッ


「アリアっ!?」


 私は立ち上がった。口を真一文字にして、恥ずかしさを押し殺して、リチャードの真横まで歩いて行く。


「なんで急にそんなことを言うのよ・・・」


 私はリチャードの隣に座って、彼の肩に頭を預ける。


「あぁ・・・あの時のキミの汗の匂いを思い出して・・・ボクもキミの汗の匂いは好きだなって・・・」


「そっちじゃないわよ・・・どうしたのよ、急に告白だなんて」


 汗の匂いが好きだなんて気恥ずかしいことを言われて、ちょっと喜んでいる私はヘンタイなのだろうか。私は拗ねたようにリチャードと逆側の明後日の方向を見る。


「・・・降伏しようと思っている」


 私はびっくりして、リチャードの顔を見る。

 戦を忘れて、和やかな雰囲気だったけれど、再びリチャードの顔は暗い顔になった。


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