第22話

「それは・・・忠義の・・・ためです」


 平時の際はもちろん、戦場とは言え、暗殺は不文律。暗黙のルールで禁止されている。

 それは、大国が必ず勝つためのルール。

 

 小国がジャイアントキリングできないようにという意味合いもあるが・・・賞賛される行為ではない。もちろん、それで私の中のセントリウスの評価が下がることはないし、嫌いになんてなることは決してない。

 ないが・・・リチャードのあの悲しそうな顔を見るとやるせなくなる。


「ザクセンブルク国王は・・・我主レイナス・ブラッド様の半年に及ぶ救援要請に応じなかった。奴がちょっと、ほんのわずかでも旦那様にかけてくださっていれば・・・ブラッド様は・・・っ」


 セントリウスは叫びたかっただろう。けれど、私の身を案じてか淡々と、唇を震わせながら話してくれた。


「こんな危険まで冒して・・・そもそもの原因は・・・」


 私はあの憎い全ての元凶の男の顔を思い出す。

 思い出すと、胸が嫌な気持ちで締め付けられる。


「ええ、エドワード王子でございます。しかしエドワード王子を暗殺すれば、レイナス家の名に傷が・・・つきます。ただ、押し入られた時・・・あなたの傍にいれなかったことは・・・旦那様に申し開きが立ちませぬ」


 馬鹿な理屈。

 誰かが、みんなが知らず知らずのうちに作ってしまった価値観。貴族が自分の主君である王族に歯向かうことは名を穢す。従者であり家族であるセントリウスは少しでもレイナス家のことを想い、棘な道、いや、道なき道を進んだのだろう。


「でも・・・あなたまでこんなことになってしまえば・・・私は・・・」


 おそらく、エドワード王子たちも私の家に押し入る時に、セントリウスのいないところを狙ったのだろう。だからあの時は私が家族の代表としてみんなを守ろうと孤軍奮闘していたけれど、結果は無力だった。追い出されたときは不安で悔しくて寂しかったけれど、セントリウスを咎める気なんて全くなかった。


 だからこうして、お互いに生きて会えたことが本当に嬉しいのに・・・なのに・・・。


「私は、ブラッド様を敬愛しておりました・・・っ。この道、例え棘の道でも・・・あの世の行く先がアリア様たちと違えど・・・後悔はありませぬ」


 これ以上は何も言えない。


「でも、こうしてあなたと会えて、本当に・・・嬉しかったわ」


 私は鉄格子の隙間からセントリウスに手を伸ばす。

 セントリウスも近づいてきてくれて、手を伸ばしてくれる。

 

 いつも白い手袋をしていたセントリウス。

 時々外して見えたしわしわの優しい手は、さらに苦労を重ねてしわが増えていたけれど、私の大好きな手だ。


「幸せに・・・なってくださいませ。ゆめゆめ、私と同じ道に来ぬよう・・・祈っております」


「いいえ、あなたは絶対天国へ行くわ。あなたを地獄になんて落としたら、絶対お父様やお母様が神様に抗議するし、私も抗議するもの」


「そう言っていただけるだけで・・・・・・心は皆様と供に」



―――次の日、ザクセンブルク王の略式葬儀と共にセントリウスは処刑された。

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