第8話 いつまでも・・・
どうにか就職試験の1次筆記試験、2次試験の面接が終わり、どちらも合格して三希は、晴れて内定をもらうことが出来た。
給料含め、勤務条件も気にせずに受けてしまったのだけど、内定を受け取って、改めて確認することが出来た。周りのどんな人よりも好条件だった。さすがにホトニクスやトヨタ、日本生命には負けるけど、その次にはついている。無欲ってスゴイ!自分で呆れたものだ。
現代のようにパソコンがあるわけではなかった三希の時代。
証券会社がどんな所か分からなかったので、図書館に入り浸った。色々読み漁るうちに何となく輪郭が見えてきた。杉山からの情報も有難かった。
図書館は、佐々木の部室がある建物の隣で、部室がよく見えた。この短い期間は、一緒に帰ることにしていた。2人の高校には定時制もあったので、図書館は遅くまで開館していたからだ。情報集め兼、待ちぼうけにはもってこいの場所だった。
三希は図書館で得た情報も全て佐々木に話した。佐々木はいつも笑いながら聞いていてくれた。
そして、もうすぐクリスマス。恋人たちの季節。私達には関係ないのかな?そんな暗い気持ちがまた、三希を不安にさせていた。
「クリスマスも部活?」
「そうだよ。何だったら正月もOBとの交流試合で部活」
「え?正月も?」
ドヨンと一気に落ち込む三希に
「初詣に行こうか?」
「ほんと?行けるの?」
「クリスマスは無理だけど、初詣なら行けるよ」
「行きたいな・・・連れてって・・・」
大きなけんかをすることもなく、二人の時間は静かに流れていった。三希達3年生の3学期は、殆ど学校に登校しないので、三希は佐々木との関係が2学期で終ってしまうのではないか?という不安に押しつぶされそうだった。
佐々木は、そんな三希の気持ちに気付けていないので、元気がない三希を内心心配していた。でも、聞くことも出来ずにいた。
2学期の終わりが近付いたある朝、三希はどうしても佐々木と同じバスに乗りたくて、底冷えする寒い日だったが、いつまでもターミナルで佐々木を待った。
ところが、その日に限って、佐々木は母親に学校まで送ってもらっていたので、三希に会う事はなかった。いつもはクラスの窓から自分を見つけ出してくれていたのに、今朝はいないんだ・・くらいにしか考えていなかった。
三希はその日の夜、熱を出した。寒空の中で待ちぼうけしていたのだから無理はない。この冬一番の冷え込みの日に待っていたからだ。次の日、当たり前だが、三希は学校を休んだ。人生初である。
彩と他にいつも三希と一緒に居る女子達が、食堂へ向かった。佐々木は食事が終わると、練習の為に体育館へ向かおうとして食堂を出た。
「佐々木君、ちょっと・・・」
彩たちに呼ばれ、囲まれた。そこに三希がいないので、佐々木は一抹の不安を覚えた。
「みっちゃん、熱が出て休んでいるの。昨日の朝、どうしても佐々木君に会いたくて、一緒にバスに乗りたくて、ずっとターミナルで待っていたみたいよ。お願い。最近、凄く元気が無いみたいだから電話してあげて。今すぐ!」
「え?今?」
「そう。今。佐々木君は絶対に家に帰ってからでは忘れるでしょ?」
図星である。。。三希から毎日、佐々木の事を聞かされているから、彩たちは佐々木の性格を見抜いている。
彩たちから電話番号を聞き、食堂の前の公衆電話から電話をした。佐々木が三希に電話をしたのは、人生でこの1度きりだった。
彩たちは、電話がつながることを確認するとすぐにその場から離れた。
「もしもし・・・昨日はごめん。待っていてくれたんだね?」
「私が勝手に待っていただけだから。どうしても会いたくて・・話がしたくて・・ごめんね」
「明日は来られそう?」
「うん。熱も下がったよ。だから行ける」
「明日は俺が待っているから。ほんとゴメン」
この人は不器用だけど、マイペースで面倒くさい事も嫌いな人だけど・・でも、やっぱり好き。そんなところも含めて、やっぱり大好き。ほんのり微熱が残る中で、佐々木の優しさに触れて、三希は幸せだった。いつまでも一緒に居たい・・・ただ、一緒にいたいだけ。
次の日、三希の方が先にターミナルに到着していた。佐々木のバスの本数が少ないから仕方ない事なのだ。
「ごめん。やっぱり待たせたね?」
「私も今、到着したところだから大丈夫だよ。昨日はありがとう」
「熱は、もう大丈夫?」
「誰かさんの声が、私にはお薬みたいに効くみたいで、あれからすぐに元気になったよ」
佐々木は照れくさそうに呟いた。
「よかった」
「ごめんね。私、三学期になったら、佐々木君に会えなくなっちゃうから、それ考えたら寂しくて、一緒にバスに絶対に乗りたい!って思っちゃったの」
今の時代のように、すぐに相手に繋がれるアイテムが自宅にある固定電話のみの時代である。佐々木のように不器用な彼氏が相手であることは、相当のリスクだ。
三希の不安を煽るように、二学期は瞬く間に終わってしまった。そして、会えなくなる冬休みがやってきた。佐々木は、自分達の大会を控え、練習がさらに厳しくなっていた。「次の夏」は、もうないからだ。
年が変わった1月1日。
2つ隣の市にある神社へ初詣に二人は行った。初めての通学バス以外の乗り物「電車」に乗って、学校以外の初めての遠出。誰も邪魔する人もいない。人の目も気にしなくていい。
三希は緊張のしっぱなしだった。年末から服を何にするか、ずっと、悩んでいた。悩んだ結果、下はウールのスカートだけど、上は、ユニセックスのセーターで、佐々木とペアで着るならこんなセーターかな?と選んだ。今年の冬に買ったものだ。
佐々木の普段着を初めて見る。佐々木も三希の私服を初めて見る。お互い、どこかぎこちなかった。恥ずかしかった。
待ち合わせをして、佐々木を見つけた瞬間、三希は服選びが成功したことに狂喜乱舞した。佐々木とお揃いのコーディネイトになったのだ。本当に偶然ではあるが、色違いのセーターだった。
「紅葉通りのあそこのお店で買ったでしょ?」
「うん」
「この色見た時に、佐々木君とお揃いを着るなら色黒な私は絶対にコレ!って、思って即決だったんだ」
「俺の分は買ってないんでしょ?変なの・・・」
「買ってなくても、お互い通じ合っているってことでしょ?これが良い証拠じゃん?」
三希は、何も洋服の話もしたことが無かったのに、佐々木と見事にお揃いになったことが奇跡としか思えなかった。佐々木は、こういう事には疎いので、三希が洋服だけでこんなに喜んでいる事が不思議だったけど、喜ぶ三希を見ると、何だか自分も嬉しかった。
駅で待ち合わせをしていたので、電車に乗って、目的地に向かった。
この日まで手をつなぐことも無かったので、三希は今日こそつなげるといいな、と思っていた。一方、佐々木は正直、デートって何をしていいのか分からなかった。三希がやりたいことをやってくれたらいいのだけど、彼女が何を求めているのか、分からなかった。だから、彼女の言葉で知りたいのだ。でも、彼女は核心的な話や自分の欲望をあまり話さない。だから、三希はこれで満足しているのだと考えていた。
二人を知るもう一人の「誰か」がいたら、きっと佐々木と三希を見て、歯がゆく感じることだろう。
お正月だけあって、電車の中も電車を降りた後に乗るバスの中も混んでいた。電車の中では、過去一番、佐々木にぴったりと寄り添うしかない位、混んでいた。三希は倒れないように佐々木の腕につかまった。佐々木は三希から手紙をもらった時を思い出していた。それは、佐々木の腕を掴む三希の手がカタカタと震えていたからだ。
神社に向かうバスでは、佐々木がすぐに席を確保したので、二人で座ることが出来た。いつもの通学バスのような気分でいられて、二人は、どこかホッとしていた。
神社に着いてからは、賽銭を入れるところにたどり着くまでに時間もかかった。
(いつまでも佐々木君といられますように)
瞬く間に1月も終わり、2月のバレンタインを迎えた。その日は3年生の登校日でもあったので、三希は佐々木に手作りチョコをプレゼントした。そして、勇気を振り絞って、かねてより準備していたものを取り出した。
「これ、佐々木君にも書いてもらいたい」
と言って、卒業の時に友達や後輩に書いてもらうサイン帳を差し出した。断られることを覚悟した。
佐々木は面倒くさがりな上に手紙を嫌ったので、こういう事も嫌うのかな?と思ったからだ。
でも、佐々木は、三希の心配をよそに、すんなりとその場でサラサラと書き始めた。
「卒業おめでとう。社会人、がんばってね。これからもよろしく」
これからも繋がっていていいんだね?・・・言葉で確かめなくても、佐々木の文字が物語っていた。優しくて大きな文字だった。よかった。三希は卒業式も泣かなかった。今までみたいには会えないけど、段々、みんなの目を気にせずに会える日が来るはず。そう信じて我慢することを決心した。いつまでも一緒にいたいから。
野球部のマコトからもサイン帳に言葉を書いてもらった。
「俺が子供過ぎてごめん。一緒に居てあげられなかったことごめん。お互い、また友達として1年の頃のように仲良くできるといいね。お前のおかげで本当に学校生活が楽しかったよ。ありがとう。幸せにね」
後に聞いた話では、マコトは幼馴染や同じ中学の仲間などに、三希と添い遂げたいような話をいつもしていたらしい。だから、違うクラスのみんなは、三希とマコトが結婚するものだと思っていたようだった。三希は、マコトの気持ちを全く知らなかった。
マコトは佐々木と三希が付き合っている事は知っていた。マコトは自分が出来なかった事を佐々木がしていて、三希が幸せだったら、応援しよう!と決めていた。
(マコト君も応援してくれているのだもの・・しっかりしなくちゃ!まずは、佐々木君がインターハイに出場出来るように影となって、応援しなくちゃ。あと少し我慢したらいつまでも一緒にいられるのだから)
卒業してからの三希はどこまでも応援に駆け付けた。試合の前後に会う事もしなかったが、ただ、試合を応援するためにだけ駆け付けた。佐々木の使うタオルはいつも三希がプレゼントしたタオルしか使っていなかったし、佐々木のバスケのバッグには三希がプレゼントした2人の名前が入ったキーホルダーが揺れていた。それらを確かめられれば充分だった。
(今は私が出る幕じゃない。私はもう学生ではないのだから。佐々木君が打込めるように見守ることが私のすべき事)
会えない、話せない寂しさを必死に我慢して、「時」を待った。
佐々木は、三希が卒業してからずっと寂しかった。朝のバスにも乗っていない、いつもの時間に乗れなくても校門から上を見上げれば、手を振ってくれた彼女の姿はもうなかった。
漢字テストの日も、バスの中は寝るだけだった。一緒に勉強してくれる女(ひと)はいなかった。
どんなに試合に出ても、どんなに練習に励んでも、キラキラさせながら自分のプレイの話をしてくれる彼女はどこにもいなかった。
三希がまだ、学校にいる頃、1度、試合でシュートを外しまくった次の日に、
「佐々木君って、もしかして、シュート下手くそなの?」
と聞いてきた彼女に、腹が立つ、というよりも腹の底から笑えてきて、逆に奮起したこともあった。2度と言われたくなくて頑張った。次の試合で、シュートを決めれば、彼女が絶対にメチャクチャ喜ぶことが分かっているからだ。
だが、今は学校の外にも中にも・・体育館にも彼女の姿はどこにもなかった。
試合会場に来てくれていることは知っている。でも、試合の時はそれが心強いのに、試合が終わると急に寂しくなる。自分を俯瞰的に評価してくれる彼女の存在がこんなに大きかったなんて考えもしなかった。いつも祈るように試合を見てくれている彼女の存在は大きい。でも、普段もやっぱりそばにいてほしい。彼女の話を聞いていたい。彼女のケラケラと笑う顔や怒りながら、いつものように腕を叩かれたい。彼女に会いたい・・でも、それを言葉にすることが、どうしても出来なかった。
そして、佐々木たちの夏は本当に意外にも早く終わってしまった。三希が見ていても、チームに去年のような勢いはなかった。佐々木の動きは良かった。これで去年まで控えだったのか?と思うほどだった。ガードの東田のゲームメイクも相変わらず良かったのだが、単調になりがちだった。東田が、というよりも「考えて動く」チームになれていなかった。こうして見ていると、あの何の取り柄もなさそうな五木の存在も大きかったのだ、と気付く。だから、企業からスカウトマンが来ていたのだと。
ワクワクするプレイは、東田と佐々木のコンビプレイくらいだった。それでも三希は、佐々木の成長が素人なりに分かっていたので、その佐々木を見ることが幸せだった。佐々木たちのインターハイの夢は見事に砕け散った。
三希は、佐々木にかける言葉が見つからなかった。やっと2人きりになれる嬉しさはあるのだけど、それ以上に佐々木のバスケ姿が見られなくなることが何よりも悲しかった。
社会人になって初めて三希は佐々木にデートを申し込んだ。
あまりバスケの話をしたくなかったので、会社の話をたくさんした。証券マンの話。株の動きや投資家の動き。電話対応の話。金融機関の転勤の話。毎日、どんな仕事をしているのか?など。
「今度、主任が転勤するんだけどね、金融機関って1か所に3年いるのがせいぜいなところなんだって。早い人は1年みたいよ。金融機関のお仕事をする人の奥さんも大変だよね~ 転勤族、っていうの?かな?1週間以内に引っ越しなさい、なんて罰ゲームみたいだよね。しかも旦那さんが手伝えるわけではないし・・・」
と、最近主任が奥さんに引っ越しの準備を任せている事をぼやいていたので、その話をしてみた。
すると、三希のその言葉を受けて、
「俺は、そういう寂しい想いもさせたくないし、苦労も掛けたくないから、そういう職業は絶対に選ばないからね?」
と三希の顔を見て佐々木は言った。
あまりにも突然の言葉だったので顔が赤くなるのを感じた。
「うん」
と答えることが精一杯だった。
(今のって、プロポーズとかになるのかな?どう受け止めたらいいのかな?)
戸惑うばかりだった。
佐々木は素直な気持ちで一番知っていてほしい三希に伝えたかっただけのことを伝えただけだった。
それから程なくして、佐々木は就職活動に入った。三希はさらに距離を置くことにした。佐々木の内定が決まったら、そしたらやっと本当の「恋人」の季節が始まる。それまで我慢しよう。いつまでも一緒にいられるように。本当にあと少しの辛抱だから、と。
佐々木も三希の予想通り、就職活動に明け暮れた。1年前の三希同様、自分のやりたい仕事が見つからないのである。それでも、三希がそうであったように、早いうちから公務員の試験内容の勉強を始めていたことは良かった。佐々木の場合、成績優秀者なので、第1次校内選考で自分の希望が通ってしまう。自分にもその自信があったから、慎重に進めたかった。誰よりも選べる権利がある。。。でも三希にこんな時こそ話を聞きたい。でも、会えない・・・今の時代のようにスマホがあって、ラインや電話が出来たら、こんな思いもしなかっただろうけど、あの時代は、スマホも無ければ、パソコンもない。その上、男子には男子のプライドがあって、自らが電話をする、なんて出来なかったのである。何かキッカケがあればよかったのだろうけど、不器用な佐々木にそんなキッカケ作りなど高度なテクニックはなかったのである。
三希の存在の大きさに今更ながら気づかされた。彼女が自分を頼ってくれているとばかり思っていたけれど、彼女がそう思わせてくれていて、彼女が気を使ってくれていたんだ・・本当は自分が彼女に支えられていたんだ。彼女の強さに甘えていたんだ。。。今になって気付くなんて。
佐々木が寂しさを感じるころ、クラスに佐々木へ思いを寄せる佳代子が彼に1歩ずつ近づいていた。佳代子の父親は地元の信用金庫の支店長。立派な父親の元で彼女も父親の信用金庫に就職の希望を出していた。佐々木が就職活動で悩む姿を見て、佳代子は自分の家庭環境の事を彼に話し始め、佐々木の関心を一心に自分へ向けた。
三希と同じように狭い世間で暮らしてきた佐々木は、佳代子の話す知らない世界に夢中になって、彼女の話を聞いた。あっけなく金融機関の魅力に取りつかれ、成績優秀者にしか受験資格が与えられない労働金庫への応募をすることにした。労働金庫は、三希たちの高校では成績優秀者である学年トップクラスの者にしか応募できない難関だった。
もし、三希が佐々木の応募先を知ったのなら、
「佐々木君、転勤が無い所じゃなかったの?佐々木君はそれで大丈夫なの?バスケは続けられるの?」
と聞いただろう。
三希はそんな佐々木の事情も知らず、初めての賞与をもらったので、佐々木に会えない寂しさを紛らわすために、幼馴染の浩司が住む、車で2時間離れた街に遊びに行く事にした。
浩司に会いに行くというよりも、浩司の両親に三希は中学まで、とてもかわいがってもらっていたので、無事に社会人になれたことを報告するために会いに行きたかったのである。浩司に会う事は目的の中の割合としてはゼロ%であった。
なぜなら、浩司は幼馴染と言っても、6歳も年上なので、実際、今会ったところで思い出せるかどうか三希は自信がなかった。
浩司の両親は三希が来たことを泣いて喜んだ。帰りは浩司と一緒に三希が見えなくなるまで見送った。
翌月には、浩司一家が、三希の自宅へ遊びに来た。浩司の両親は三希の両親との久しぶりの再会を喜んだ。浩司は
「久しぶりの故郷だから、街中を案内してくれない?」
と言って、三希を誘った。
「いいよ、別に」
三希は浩司に特別な感情もないし、三希ですら日々移り変わる街中は迷子になりそうだったりするから、10年以上街中で遊ぶことのなかった浩司を思いやって引き受けた。
幼馴染だから共通話題も勿論沢山ある。社会人になったばかりの三希にとって6年先に社会に出ている浩司は大先輩だ。学ぶことも多かった。
三希と浩司が街中を楽しく会話をしながら歩いていると、正面から学校帰りの佐々木が歩いてきた。
「あ!佐々木君だ!」
三希は浩司の存在を忘れて佐々木に一目散に駆け寄った。
「そろそろ校内選考決まるころだよね?」
「うん、もう決まって、労働金庫を受けることにしたんだ」
「え??・・さすがだね。成績トップの人しか受けられないところだからね。でも、佐々木君、働くところは、そこで大丈夫なの?」
「え?大丈夫だよ」
「そっか・・・試験、頑張ってね。私、応援しているよ」
三希は一抹の不安があった。何とも言えない不安だった。佐々木の様子も変だった。去り際の笑顔が寂しそうだった。
歩いて去っていく佐々木を見送って、ふと浩司の存在に気付いた。
「あ、こうちゃん、ごめんね」
「誰?みっちゃんのもしかして彼?」
「うん。そうなの。すっごいカッコイイでしょ?1つ下だから、彼が内定をもらうまでは、会うのを我慢しようって決めていたんだけど、彼、転勤するような所は就職しないって言っていたのに、銀行を受けるんだって…何だか心配」
「追わなくていいの?彼、誤解したかもよ。俺がいたから」
「え?それはないよ~。こうちゃんはどこから見ても彼氏には見えないし、お兄さんだよ~」
笑って答えてはいたけど、三希は、そんな浩司の言葉よりも佐々木の選択と表情が心配でならなかった。
一方の佐々木は、屈辱に似た感情でいた。
(誰なんだよ!会社の人かな?三希は何とも思っていなさそうだけど、同じ男として・・・あの人は三希のことを好きなはずだ。俺に向ける目つきに敵意を感じた。年上の大人って感じだったけど・・・)
久し振りに会えた三希の事よりも佐々木は隣の浩司が気になって仕方なかった。2人の歯車が少しずつ狂い始めていた。
浩司親子はその日のうちに帰って行った。
次の日、佳代子が
「私は、信用金庫を受けるから佐々木君と同じ金融関係になるね。佐々木君は成績もいいから絶対に合格するよ」
どこか元気のない佐々木を励ました。佳代子はかなり積極的に佐々木にアプローチをかけた。風の便りに年上の彼女が居ることは聞いていたけど、今の佐々木を見る限りは微塵も感じないから、きっと別れたのだろう、と決めつけていた。席が偶然隣になったことが、2人の距離を縮めるキッカケにはなったのだが、佳代子は離れて並べる机を佐々木とくっつけていた。教室全体を見た時に、2人の席の所だけ違和感があった。
佐々木も積極的な佳代子に初めは困惑することも多かったが、いつしか三希との距離を感じるようになって、逆に佳代子のしっかりしたところが同級生としては凄いな、と思うようになっていたし、支えでもあった。何よりも明るいし、動じない所が凄い。佐々木と佳代子の歯車が噛み合い始めるまでに時間はあまり必要なかった。佳代子から告白されて、佐々木はそれを受けとめた。佐々木は心の支えが必要だった。特に三希という存在に出会ってしまってからは、誰かにそばにいてほしいと望んでいた。三希が佐々木と会えない事を我慢している、などとは考えもしなかったのだ。
大林と東田はそんな佐々木に憤慨していた。
「お前、三希さんと別れたのか?」
「どっちでもいいじゃん」
大林も東田も三希がどれだけ佐々木を好きであるか、三希の行動をずっと見てきて知っていたから別れるなんて信じられなかった。
特に大林は、いつからかバスで三希と一緒になる度に話をするようになり、三希から散々、佐々木の話を聞かされ、逆にクラスでの佐々木の事を質問攻めにあったり、想いの深さを毎回感じさせられていた。そして、何よりも三希と話をしていると大林自身も元気が出た。佐々木がつき合っていた理由もよく理解出来ていた。
東田は「俺‥確かめる」と大林につぶやいた。
その日の夜、三希の自宅に電話をした。
「あれ~?東田君が電話くれるなんて初めてだよね? 何かあったの?」
「佐々木が別の彼女と付き合い始めていること、三希さんは知っているの?」
「え?・・・そうなの?・・・」
一瞬で凍り付いた。付き合い始めた頃のあの何とも言えない不安な毎日が「形」となって表れたことがショックだった。
「やっぱり知らなかったんだ。何で佐々木を放っているんですか?」
「放ってなんかないよ。私は社会人だから、佐々木君も私に色々モノを言われる事がいやじゃないかな?って思って、距離を置いていたの。内定が決まったら、何を捨ててでも会いに行こう!って決めていたの。。。そっか・・・あと少しの辛抱だと思っていたのに、彼女が出来ちゃったんだね・・・負けか。やっぱり年上なんて嫌だったのかな? 会えない事ガマンしてたのに・・」
「そんなことないですよ。三希さんと居るときの佐々木は本当に幸せそうだったし、みんな2人を応援していました。佐々木をからかっていたけど、みんな凄く羨ましがっていましたよ。俺は三希さんといる時の佐々木の方が好きだった」
「そっか・・・ありがとね、東田君。私ね、初めはね、佐々木君のバスケスタイルが大好きで、付き合い始めたら、佐々木君自身の事も凄く大好きになってね、でも、年上な事が本当に嫌で、早く佐々木君が就職してくれないかな、って待っていたの。この前、6つ上の幼馴染が遠くから遊びに来ていて、街中を二人で歩いていたら、バッタリ佐々木君に会ったのよ。幼馴染が2人でいたところを見て、佐々木君はきっと誤解しているよ、って言っていたの。誤解したのかな?私、そんな軽い女じゃないよ。それに、その時に佐々木君が労働金庫を受けるって聞いて凄く心配になったの。バスケ続けられるかな・・・心配。東田君、佐々木君は大丈夫かな?そこに就職したら、大好きなバスケ続けられるのかな?」
泣きそうになる・・・ずっと不安だった気持ちがこみ上げてくる。もう、どうしようもないくらいに。。。
「三希さん、大丈夫ですか?佐々木に誤解解きましょうか?今なら間に合うかもしれないでしょ?」
本当はそうしたかった。でも、彼女を考えると、そうも出来なかった。東田が言うように離れていた自分に非がある・・・三希は争いごとが好きではなかった。自分が身を引く事で佐々木が幸せになるのであればそれで良かった。
「東田君、もういいの。幼馴染がいたあの時、佐々木君のバッグには私のキーホルダーがついていたもん。その後で彼女と付き合ったのなら、佐々木君は何か区切りをつけたんだと思う。私、我慢強く待たなければ良かったね」
「そうですよ。待たなければよかったのに…。学校にいた頃のように、いつも佐々木の傍にいてほしかったです。でも、これも運命ならば、三希さんも早く元気出してくださいね。俺で力になれることあるのなら、いつでも言ってくださいね?」
東田の声はどこまでも優しかった。ずっと2人を見て来てくれた東田なりの優しさだった。ガードとして「見える」景色もあったからだった。
東田は大林に事の次第を話した。大林は寂しそうに呟いた。
「俺も三希さんと同じバスだから、今度会社帰りの彼女に会ったら、元気づけるよ」
「そうしてくれ・・・聞いていてたまらなかった。。。」
東田は、三希に言わなくていいと言われたけど、黙ってはいられなかったので、佐々木を呼び出した。
「三希さん、お前が佳代子と付き合っている事を知って、ひどく落ち込んでいたぞ。お前の内定をひたすら待っていただけなのに。この前、お前に会った時に一緒に居た男の人の事を誤解していたとしたら、その人は幼馴染だって言っていた。お前の就職先の事もバスケの事も心配していたぞ。俺に佐々木の就職先は、佐々木にバスケを続けさせてくれる環境を与える職場なのか?ってひどく心配していた。あんなにお前なんかの事を今でも心配してくれる人なのに、お前は。。。」
「放っておいてくれよ。大丈夫だから。それにあの男の人は絶対に彼女に惚れている。もう、俺ではダメなんだ・・・」
東田は佐々木に一瞥してその場を立ち去った。
それから程なくして・・・佐々木は、人生初めての就職試験に見事に落ちた。担任も佐々木の両親も、そして佳代子も晴天の霹靂だった。佐々木は、落ち込む間もなく、次の応募先を決めなければならなかった。すぐに地元の大手の自動車会社の経理課を受けることにした。そこは、転勤もなく、得意な経理の仕事に没頭できる上にバスケも続けられる。程なくしてその企業に合格した。佐々木は内心、ホッとしていた。三希があの時に言っていた「大丈夫?」の意味が十分すぎる程分かっていたからだ。自分で自分の夢を壊すところだった。彼女にずっと傍にいてもらって、コントロールをしてもらっていたら、こんな回り道しなくて済んだのに。彼女が聞いたら呆れるだろうな。。。でも、これでバスケは続けられる。
佐々木の朗報は、三希の元に大林によって届けられた。
彼女は心から喜んだ。そして、泣いていた。
「大林君、私ね、安心した。銀行に入行したら、佐々木君はきっとバスケを続けられない、って思っていたの。でも、そっちなら大好きなバスケを続けられるね?絶対に大丈夫だよね?よかった。本当に良かった。私ね、佐々木君にはずっとバスケをやっていてほしいの。彼女のいない所でそっと(おめでとう)って佐々木君に言う事できる?」
「佐々木は幸せだよね。別れた彼女がこんなに心配してくれているんだからな~。ちゃんと三希さんの気持ちは伝えますよ。それに三希さん、大丈夫ですよ、あいつは。彼女がピッタリ近くにいつも貼りついているし」
「貼りついているの?」
「そう、貼りついているの。先生からも毎日注意されているんだけど、離れやしない。何かムカツク!」
「大林君、彼女の事が好きなの?」
「違いますよ!あぁいうタイプは好きじゃないです。場所もわきまえずイチャイチャしているとむかつきません? 佐々木と三希さんの時は何か応援したくなる2人だったけど、真逆だから、あの2人はアンチが多いですよ、クラスの中でも。あまり良く思われてないですよ。佐々木もどうしたものか・・・」
「そうなんだね。。。私はそうできる彼女が羨ましいな。私には出来なかったから。でも、本当にこれで佐々木君の事は諦める。ありがとう、大林君。私、仕事がんばるね。バリバリのキャリアウーマンになってやるんだ!」
心底、そう思っていた。佐々木には絶対にバスケを続けてほしい。あの佐々木とのバスケの時間は、やっぱり三希だけの時間であることには間違いはない。佳代子は、現役の佐々木を知らない。佐々木のバスケの全てを知らない。
「佐々木君、確実にシュートを決める方法ってある?」
「あるよ」
「じゃあ、どうやってやるの?教えてよ!」
バスの中で手取り足取りシュートのフォームを教えてもらえたのも三希だけに違いない。佐々木に教えてもらったおかげで、授業のバスケで先生にも女子バスケ部の友達にも三希は凄く褒められた。
「お前、ちびのくせにいい動きするなぁ。シュートも上手いことするなぁ」
佐々木に体育教師の田中から褒められたことを報告すると、とても喜んでいた。
「監督の元にいる名プレイヤーからの直々の指導だから当たり前じゃん!って、言いたかったぁ・・・」
と、天を仰ぎながら両手を絡めて祈るような仕草をする彼女を見て、佐々木は優しく笑っていた。
漢字の勉強を一緒にしていたのも三希だけ。バスケットボールを拭く姿を知っているのも、けだるそうに歩く姿も三希しか知らない。
プロポーズをしてもらえたことも絶対に嘘じゃないはず。
三希はこの1年間の思い出を大切に、大切にしようと決めた。佐々木の事も嫌いにならなかった。佳代子に対しても恨めしく思う事も無かった。全ては、佐々木がそれで幸せになれるのだったら、それでよかった。
いつまでもバスケを続けてほしい。それだけだ。
きっと、銀行を受ける気になったのも、背伸びをして彼女に合わせようとしたのだろう。
大林は、次の日に佐々木の元へ行き、三希の言葉を伝えた。
「三希さんが(おめでとう)って無茶苦茶喜んで言っていたよ。彼女が居ない隙に伝えてほしい、って。バスケが出来るね、ってさ。幸せ者だな~佐々木は。別れた彼氏の内定をあんなに泣きながら、喜んで祝福できるなんて、本当に俺は驚いたよ」
「たしかに・・そうだな。彼女には感謝しかないな。大林、ありがとな」
佳代子のいない僅かな隙の男だけの会話だったが、佐々木は嬉しそうに三希と付き合っていたころのような表情に戻っていた。そして、遠くを見ていた。大林はその佐々木の視線の先に三希の笑っている姿が見えた気がした。佐々木があの頃の表情に戻っていたので、嬉しかった。
佐々木も勿論、佳代子との関係を続けることには引っかかる気持ちはあった。そして、三希に何もしてあげられなかった不甲斐なさもあった。彼女の想いを受け止めきれなかった自分にも気付いていた。三希と付き合う事を決める前に感じていた不安は、多分、今のこの「結果」だったのかもしれない。それは、彼女がどうとかではなく、自分が彼女の想いを受け止められるかどうかの不安だったのだ。彼女に甘えてばかりいたのだ、いつまでも。自分が「彼女を守る自信」がなかったからである。いつまでも一緒にいたかった。自分のバスケをいつまでも見守っていてほしかった。
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