第7話 とくべつな秋

 それからすぐに秋がやって来て、三希たちの部活が文化祭に向けて最終大詰めの忙しさと同時に、とうとう就職試験の日も間近に迫ってきていた。


 結局、第一次校内選考で三希は落ちた。隣のクラスの山下に0.1ポイント偏差値を抜かれて、同じところを希望していた山下が権利を獲得したからだ。その企業は、男子の営業の求人も出ていて、隣のクラスの宗太が受けることになっていた。

宗太が三希をそっと廊下へ呼び出した。

「お前、校内選考落ちたんだって?」

「うん、ガッカリ・・・宗太君はがんばってね」

「おぅ。俺はよっぽど問題起こさなきゃ、100%受かるんだ。1つ上の根岸先輩に情報もらっていたんだよ。俺の事も根岸先輩は知っていて、絶対に受けろ、って言ってくれてさ。でも、女子は、学校に男子の求人を出す手前、男子だけを出すわけにいかなくて、ついでに出しているだけだから、100%落とされるんだって。落とされる事を分かって受けるのは嫌じゃん?だから、三希はラッキーなんだよ。これ、内緒な」


慰めるつもりなのかどうかは分からないけれど、何だか、大人の諸事情を聞かされた気分で三希は複雑だった。案の定、山下はその1か月後に控えている第1次試験で不合格となってしまった。


 三希は、第1希望しか出していない不安はずっと拭えなかったので、それからも毎日、進路室に通っていた。本当に狭い情報の中でしか生きてこなかったので、実際の所、どんな職業があるのかも分かっていなかったのである。世間知らずすぎであった。もっと、大人たちに聞いて情報を集めても良かったのに、それすら思いつかなかったのだ。

 ある日、三希は、担任に呼び出されて、「お前は何をやりたいんだ?」と聞かれた時も答えられるのに、それらに該当する求人が来ていない現実を突きつけられていた。最後には「キャリアウーマンになりたいです!」と応えていた。それを聞いて呆れた担任の新井は、

「お前のやりたい職業の求人は、いくつかあったぞ?校内選考が終ってしまっては、何も残っていないけどな。先生はな・・・お前を3年間見てきて思う事は、中学の頃から数学にめっぽう強いよな?他の教科はビリでも何とも思わなそうなお前が、数学に関してだけは絶対に誰にも1位の座を許したくない!みたいな負けん気は感じていたんだけどな。だとしたら、金融関係に興味はないか?」

と言われたことで、職業に「金融機関」というものがあることに気付かされたのだった。そうなのね・・・数学みたいに、「答えは1つ」とか証明問題みたいな物事を理論づけて解いていくような作業もあったりするのかな?などと「金融機関」という職業に対して思いを巡らせてみた。

勿論、銀行などの金融機関は知っているが、アルバイトもしたことがなかったから、銀行に用事もないので「職業」として意識をしてみていなかったから、選択肢から完全に外れていた。


とはいえ、夏休みも終わり、第1次選考も終わった後で残っている金融機関の就職口はあるはずもなかった。

担任の新井からは、さらに

「お前のそのガッツでJTBに直接乗り込んでみるか?私がここで働くためには何をしたら良いか?って聞いてみるのもいいんじゃないか?それも1つの手だぞ。そこに俺の力が必要だったら、いつでも力になるぞ」

と言われた。JTBから求人すら来ていないのにどうやって乗り込むというのだろう?とは三希は考えなかった。


(逆告白みたいなものね?それも1つの方法かも?)


あっさりしたものだった。世間知らずとは本当に壁が低くて怖いものである。昼休みもどうやって乗り込んでいこうか考えていた。金融機関についても、どんな仕事をするのか、想いを巡らせていた。自分がやりたいことが出来るのなら、何でもチャレンジしてみたい、とそんな事を考えていた直後の5時間目。授業が終わると、再び、担任から呼び出された。


「誰にも俺に呼び出されたことを言わずにちょっと来い!」

「え???」

進路室の隣の通称、「呼び出しの部屋」。やんちゃな生徒が呼び出されて説教される部屋に呼ばれて、座らされた。

目の前に求人票がある。

「証券会社だ!銀行よりもお前の性格に合っているんじゃないかと先生は思う。受けてみないか?」

金融機関も選択肢の中に入れて想像力を膨らませていたので、答えた。

「はい、やってみます」

「校内選考にかけるが、お前が受けられるように仕向ける。覚悟しておけよ」


 何が何だかよく分からなかった三希だが、担任がただならぬ想いがあっての言葉という事は理解出来た。

「はい、宜しくお願いします」

第2次校内選考が終わるまでは、担任が言うように誰にも言わずにいた。唯一、佐々木にだけは伝えた。佐々木は

「すごいじゃん。キャリアウーマンって感じだよね?」

佐々木に言われるとますます自信が湧く。

「頑張ってみるね。まずは選考に通らなくちゃ!」

「新井先生がそう言うからには何か、きっとあるんだよ。大丈夫!」


第2次校内選考が終了した。

三希の他にその証券会社を希望する人はいなかった。みんなは、第1次選考で落ちると、失意に堕ちる。自分に自信がなくなるからランクを下げるのである。

担任はそのカラクリを後に話した。三希は旅行会社のカラクリを聞いていたから、みんなほど落ち込んではいなかった。別に企業の人に落とされたわけではなく、3年間の成績での評価なのだから、自分の責任である。しかも「落ちこぼれ」ではない。学年ベスト10位内の人だって、上位の人と被って落ちている人もいるのだから。

試験日としては第1次選考の人も第2次選考の人も同じ日なのだから、優劣なんてないのだ。

 つまり、旅行会社を受ける、三希よりも0.1ポイント頭のいい山下も、「ラッキー」が頭から降ってきたような三希も、同じ日が試験日なのである。その上、大人の事情で山下は試験に落ちる、と決まっている。。。。


 担任からは、証券会社の情報を今働いている先輩から聞き出せ!と指令が出ていたので、誰が働いているのかを進路指導の先生から教えてもらった。連絡先を探して、早速先輩に電話をしてみた。


(そういえば、宗太君も既に働いている人から情報を集めていたっけ。行動力のある人はやっぱり違うなぁ)


 自分の行動力の鈍さ、情報力の薄さ、人脈の無さに正直凹みもした。でも、前に進まなくては!と、己を奮い立たせていた。佐々木にも、試験に当たっての心構えや前準備の情報集めの話まで細かく説明した。佐々木は、とても興味を持って聞いた。


(俺にそんな行動力、あるかな~?三希はへこたれずによくやっているよ。偉いな)


因みに宗太は、今でもその旅行会社でバリバリに働いている、根岸先輩と共に。


(私も証券会社でバリバリのキャリアウーマンになってやる!)


証券会社の先輩、杉山に電話をすると、その人は三希の部活の隣のカナタイプ部の先輩だった。

「実は、貴女が受験する事を前もって聞いていたのよぉ。だから、総務部長にすぐ、あの子は採った方がいいです、って言っちゃった。貴女、凄く真面目な事で有名だったし、うちの会社、人手不足だから、すぐ採用したいくらいなのよ。絶対に入れるよ。自信もって頑張ってね。待っているよ」

と励まされた。

どうやら、担任は証券会社の総務部長が求人を提出した時に三希を売り込んでいたらしい。三希は、心の中で担任の新井に感謝した。

 これで、自分の将来の方向性は決まり始めてきた。あとは、与えられた事を一生懸命やって「出来る女、キャリアウーマン」を目指すんだ!そして、佐々木もいずれ社会人になれば、二人で沢山一緒の時間が過ごせる。その第一歩を自分が踏み出さなくちゃ!と三希は、心に誓っていた。


 やがて、高校生活最大のイベントと言ってもよい「文化祭」がやってきた。

三希の企画能力が高かったため、和文タイプ部は例年以上に見応えのある展示物と仕掛けで大人気になった。机を重ねて作った壁の仕切りによって、4つの空間を作り出し、春夏秋冬を想わせる作品の展示と飾りで演出してみた。他に名刺を高校生向けに作ってほしい生徒には作ってみせた。大行列だった。展示物に至っては、「この作品が欲しい!」と予約が入るほどで、一番大きな2つの作品以外は、文化祭後に全て嫁入りした。絵を塗潰す技法の作品は、例年にない小規模の作品も数点作ったので好評だった。


 文化祭当日、三希は佐々木が体育館の観覧席で時間つぶしをすることを予め聞いていたので、佐々木の名刺を作って、佳子に頼みこみ、途中2時間ばかり抜けさせてもらった。

 佳子は、三希の企画力と準備でここまで部長として完璧な模擬店を出せた事に誇りを感じさせてもらっていたので、喜んで送り出した。高校生活最後の大きなイベントであることも分かっていたし、何よりも2人きりにさせてあげたかった。

 三希は逸る気持ちを抑えて、久しぶりに2人きりで会える観覧席に向かった。佐々木の他に数人しかいなかった。みんな体育館のステージの出し物を見ていた。佐々木は・・・居眠りをしていた。


そっと近寄り、しばらく隣に座っていた。

(同じクラスだったら、こんな感じで佐々木君を毎日、感じていられるんだろうな)

とか、

(このまま結婚して、こうして寝ている佐々木君を起こす時は、どんなふうに起こすのかな?)

とか考えながら、トントンと佐々木の腕を優しく叩いて起こした。


「おぉ・・」

「おはよ。佐々木君、これ見て。佐々木君の名刺、作ってみたの。どうかな?」

「お!すげぇ!かっこいいじゃん」

バスケ部員である名刺を作ってみたのだ。

「よかった。文化祭は見て回らないの?」

「かったるいよ・・」


佐々木は決して模範生&優等生ではなかったので、こうして「抜く」ことをよくしている。三希は佐々木の事を知るうちにその辺が分かってきていたので、

「言うと思った。それよりもさ、明日は、球技大会だよね。佐々木君は何に出るの?」

「ん~バレー。バスケ部はイコール、バレーに出るんだってさ。バレー部がバスケにでる、みたいな?」

明日の球技大会すら面倒くさそうである。


しかし、三希にとっては今日の文化祭といい、明日の球技大会といい、全校の行事は佐々木と一緒に居られる確率が高いから嬉しくて仕方ないのである。


「うちのクラスの男子は、バスケは硬式と軟式の野球部が出るよ」

「オレ、審判もやるよ」

「え?そうなの?じゃあ、応援がてら、佐々木君だけを堂々と見ていられるね」

「審判なんか、ちっともかっこよくないじゃん?」

「佐々木君がバスケの事やるんだったら、何でもいいの!しかも隠れてコソコソ見なくても堂々と佐々木君を見ていられるんだよ。こんな幸せな事ってある?」


佐々木は三希が何のためらいもなく、自分への好意の言葉を言ってくれることが嬉しい。どこか照れくささもあるが、その気持ちをごまかすように話題を三希に変えた。


「そっちは何やるの?」

「私は卓球。シングルスとダブルスに出るの。でも、佐々木君の試合と同じ時間の試合になっているよ、ほら」

明日のスケジュールが書かれた用紙を見せながら三希は答えた。佐々木もその用紙を一緒にのぞきこみながら

「そっか・・・応援に行けないね?」

「恥ずかしいから来なくていいよ。私も佐々木君のバレー見られないもん。本当はさ、佐々木君にコーチしてもらって、バスケに出たかったな~」

「バレーやっている所なんて、見てほしくないよ、カッコ悪い。バスケならいつでも教えてあげられるよ。でも下手くそな人には教えたくないな~」

「じゃあ、私ムリじゃん。下手くそだもん。でも、佐々木君のバスケをずっと見ているから、何となく動きは分かるようになったよ。少しだけどね・・・」

佐々木は笑った。

普段の三希の動きを見ていれば、バスケをやらせたら下手くそなことは理解出来る。しかし、彼女の観察眼はいつも面白くて長けているな、と感じていたから、バスケをやらせたら面白いかも?と想像したからだ。


ふと、佐々木が思い出したように言った。

「持ち場に戻らなくても大丈夫?」

「うん。12時までは大丈夫なの。だって、私、夏休み凄く頑張ったから、今、ご褒美の時間なんだも~ん」

と言って、この夏休みに何をしていたかを説明して聞かせた。本当は部活の展示を見たい、と言ってくれたら案内しようと思っていたが、佐々木に限ってそんな事を言わないだろうな、と思っていたので説明したのだ。だから、名刺も作って持参したのだ。


「それからね・・・タカちゃんも遊びにくるみたいよ。楽しみ~。タカちゃんのホッペが可愛くてたまらないよね?大好き!」


佐々木は、自分の事を言われているわけではないけれど、何だか嬉しかった。と、同時に堂々と三希に会いに行く恋敵が羨ましかった。


久し振りに誰からも邪魔されずに2人きりの時間が流れて、三希も佐々木も幸せだった。1つ1つの学校行事が終ることが1日1日卒業に近づいているので寂しくもあったが。。。

 佐々木と並んで体育館のステージに目を向けてはいるけれど、2人とも何も見ていなかった。ステージの催しの為、体育館の中はずっと明りを落としていたので、観覧席の2人の姿は、同じ観覧席にいる生徒にしか見えていないし、同じ観覧席に居ても隣に誰がいるかなど誰も気にしていない。みんなステージに夢中になっていた。三希と佐々木だけは2人の会話と沈黙の世界を堪能していた。

2人は沈黙でも少しも嫌ではなかった。安心するのだ。隣にいてくれるだけで満たされた気持ちでいた。

 好きな人がそばにいて、沈黙が生まれたら、今までの三希であれば、「不安」しか生まれなかっただろう。でも、佐々木と出会い、寡黙な佐々木の事を知るうちに「沈黙も幸せな時間」と思えるようになったのである。「何か話さなくちゃ!」とはならなかったのだ。

幸せ過ぎてドキドキしていた。午前中の観覧席は、本当に人がいなかった。こんな一大イベントの日に2人きりでいられるなんて、幸せ過ぎて泣きそうになる。

佐々木も同じことを感じていた。中学の時に付き合っていた女子に

「もぅ!何考えているのか分からないからヤダ!!」

と怒られたことがよくあった。かといって、何を話せばよいかも分からないし、そのうち付き合う事が面倒になる。でも、三希に対しては違った。安心なのである。自分の分も三希が話してくれるから・・というのもあるのだが、それ以上の何かが佐々木を安心させていた。


 2人は気付かなかったが、すぐ近くに東田がいて、2人をじっと見ていた。


(佐々木にあんな表情をするときがあるんだ・・・全く、意外だよ。尻に敷かれているのかと思いきや、あの人、佐々木に頼りきっているんだな。メチャクチャ惚れていることが分かる。何かいいな、あんな雰囲気。応援したくなる2人って・・・こういう二人の事なんだな・・・)


元々、東田は恋愛するなら年上の人、と決めていたので、内心佐々木が羨ましかったのである。

あっという間に2時間が経とうとしていて、時計を確認した時に東田の存在に気付いた三希は慌てて、東田に会釈をした。


「佐々木君、持ち場に戻るね。タカちゃんももうすぐ来るから。明日の球技大会も私は楽しみにしてる♪じゃあね」

「うん」


佐々木はけだるそうに三希に手を振った。

東田はニヤニヤしながら佐々木の隣に座った。

「お邪魔だったかな・・・」

「んな訳ないよ。もう戻らなくちゃいけない時間だったから」

「凄く楽しそうに話すんだね、三希さんって」

「そうなんだよ。しかもよくしゃべるし、よく笑う。いつも面白いんだよね、話が」

「いや、お前もそんなに話すヤツじゃなかったよな・・」

そう言われて、今、三希との空気感のまま東田と話している自分に佐々木自身も戸惑って照れ臭くなった。

文化祭は、大盛況の中で幕を閉じた。



次の日は、予定通り球技大会が行われた。

 三希の卓球の試合の時は、佐々木はバレーの試合だった。丁度、お互いが試合会場に向かう時に体育館の通路でバッタリ会った。三希が初めて佐々木のバスケの試合を観たあの場所だ。

「頑張ってね」とお互い声をかけあった。

佐々木は第1体育館へ、三希は第2体育館へと向かった。

 三希は団体戦の1試合目に自分のシングルスを持ってきた。ダブルスも出なくちゃいけなかったからである。自分の試合が勝利で終わるとすぐに第2体育館を抜け出し、バレーの試合が行われている第1体育館に向かった。丁度、佐々木がサーブを打つところだった。

(カッコイイ!)

佐々木が何をやっても三希の中では「かっこいい佐々木」にしか見えない。三希の中のエネルギーである。少しでも姿や声を確認できれば、その後、凄く頑張れるのである。自分にとって「ご褒美」のような存在なのだ。

佐々木の姿を見届けたので、自分の第2体育館に戻った。シングルスは三希の後の3試合は全て負けてしまった。ここで団体戦の負けは決定だったが、最後のダブルスもやらなくてはいけなかった。三希と男子で組む混合ダブルスだ。サインを出しながら、果敢にスマッシュを打ちまくる三希。元来、負けん気が強い三希は、高校に入学してからは、この「負けん気」を数学のテストくらいにしか出さなかった。優劣を競う事に高校受験で疲れてしまって、「人は人、自分は自分」と思えるようになっていた。それは、この高校の校風でもあった。

そんな三希に久し振りに火がついてしまった。しかも、もう「負け」と決まっているから尚更火がついたのだった。

卓球の団体戦を終え、ふたを開けてみたら、三希のシングルスとダブルスの試合が勝利で、あとは完敗だった。


三希は、試合終了の挨拶もそこそこに、すぐに第1体育館に向かった。だが、佐々木のバレーの試合も終わっていて、結果は負けだった。

佐々木はすでにバスケのユニフォームに着替えて、審判の準備をしていた。みんなが体操服なので、審判は部活のユニフォームを着用して分かりやすくしていた。久しぶりの佐々木のユニフォーム姿に三希はドキドキしていた。

一方の佐々木も、昨日の文化祭に続き、今日の球技大会まで普段、日中になかなか会えない三希と共に時間を過ごせることはどこか、くすぐったい気分だった。あの階段下の告白の日から三希の自分へ向ける眼差しは変わらず、真っすぐに見つめてくれるからである。


三希のクラスの男子バスケの試合の主審を佐々木が担当した。

「佐々木~俺たちの方を大目に見てくれよ~」

と五木が叫んだ。

佐々木は笑って返していた。全く、何という先輩だ!

三希は自分のクラスの応援でなく、佐々木の審判の姿に見惚れていた。彩や佳子に呆れられていた。

審判といえどもボールをさばくので、三希はそのたびにドキドキしていたし、誰かに見られて佐々木を取られてしまうのではないかしら?と心配になったりもした。彩は

「だ~れも佐々木君の事なんか見てないよ。みっちゃんくらいだから安心して」

三希の不安そうにキョロキョロする顔を見て、笑いながら忠告した。


佐々木の審判をやっている姿を見た時に佐々木が三希に言っていた

「例え審判でもいいからバスケに一生関わっていきたい」

と言っていた言葉を三希は思い出していた。


(この人と一緒に居たら、精神的に満たされた毎日が過ごせるんだろうなぁ。子供たちもこんなお父さんの事を尊敬するんだろうな。私がちゃ~んと、お父さんは子供の頃に描いた夢に向かって進んでいるよ、って言ってあげなくちゃ!)


ん?子供達?お父さん?

三希は自分の妄想がとてつもなく先に進んでいる事に自分で呆れてしまっていたけど、でも、「たしかなもの」という自信もあって、心は満たされていた。審判をする佐々木に向かって心で呟いた。

(佐々木君、幸せをありがとう)


球技大会が終わった後の学校の帰り道は、ターミナルで待ち合わせをしておしゃべりに花が咲いた。三希の部活が忙しかったこともあって、なかなか朝も会えなかったりしていたからだ。

「佐々木君のバレー、実はチラッと見ちゃったんだぁ」

「え?だって試合・・・」

「団体戦だから1試合目にやって、抜けて見に行ったら、丁度サーブ打つところだったの。かっこよかったよぉ」

「実は俺も・・・」

「え?佐々木君は抜けられないでしょ?」

「団体戦の最後、かな?ダブルスの試合見たよ。チームは負けちゃっていたけど、ダブルスは勝っていたね。うまいじゃん?」

「シングルも私は勝ったよ。実は、中学の時に卓球をやっていたの。恥ずかしいんだけどさ」

「そっか・・・あれはマイラケットなんだね?」

「うん、ほら!」

と言って、バッグからラケットを出して見せた。

「勉強ばっかりの中学時代で憂さ晴らし出来た唯一のものかな?それにしても、見られていたなんて恥ずかしい」

「同じクラスの大林がさ・・・知っているかな?多分、家に向かうバスが一緒だと思うよ」

「え?私と?」

「そう。その大林が言ってきたんだ」

「そうなの?全然知らなかった。大林君って言われてもどの人かも分からないよ。で、その大林君が?」

「卓球場で彼女が今、試合している!って、大林も卓球だったから、教えてくれて見に行けた」

「ぎゃあ・・・もっとしおらしく戦えばよかった。ラケット持つと男子にも負けたくなくなっちゃうんだよね?はずかしい・・」

佐々木は三希のそういうところも好きだった。三希のラケットのラバーに触れながら彼女の話を聞いていた。こういう時間がとてつもなく好きだと思った。


「それよりも、うちのクラスのバスケ・・・よくあれで勝てたよね~五木が外野でウルサイ、ウルサイ・・・ごめんね」

「実はさ、あの試合、かなり贔屓して審判したんだよ」

「え?うちのクラスが勝てるように?」

「もちろんさ」

「全く気付かなかった。何で?」

「何でって、五木先輩もいるし・・あと・・・。素人には分からない位の沢山のエコひいきだよ」


佐々木がその先を話してくれない事も三希は承知していた。充分分かっているから、それだけでいいのだ。


「ありがと。佐々木君の折角のご好意も無駄になっちゃったけどね。次の試合であっけなく・・・」

「あの試合は、逆に東田が五木先輩のクラスを厳しくしていたんだよ。部活中の恨みを晴らす、って言っていたから」

「東田君らしいね?」


もうすぐ就職試験。根拠のない自信はあるけれど、でも、初めての体験で不安はいっぱいだ。佐々木にすがりたい気持ちもある。この人は甘えたかったら、甘えさせてくれるのだろうか?言いようのない不安が押し寄せていた。

試験の内容は公務員試験と同じような問題傾向であることも、杉山からの情報としてつかんでいた。あとは全力投球するのみ!


(佐々木君、どうか私に勇気と希望を与えて下さい。そして、貴方の優秀な頭脳のカケラだけでも・・・)

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