第5話 ずっと不安なの・・・

 三希は「重い女」と思われたくなくて、次の日の朝から、自分自身は同じ時間のバスに乗り、佐々木が来なくても待つことをしなかった。

その代わり、教室の三希の席から、校門が正面に見えるので、佐々木が登校してくる姿が見えたら、小さく手を振って合図した。佐々木も小さく手を上げて応えた。2人にしか分からない挨拶である。佐々木が部室に向かう事を確認すると、今度は中庭を眺めていた。佐々木は全く気付いていないが、三希は体育館に向かう佐々木と戻ってくる佐々木を見守った。そんなクルクル動きまわる三希の姿を見て、クラスメイトは三希の恋を応援するのだった。


五木にもいつしか知られて、三希の恋する姿を見て、

「あの佐々木と・・・ねぇ。意外だったよ・・意外過ぎた。俺様のおかげだぞ。アイツさぁ、最近どんどんバスケが上手くなってきているんだよな。お前のおかげかな?」

と感心していた。

三希は「彼女」として嬉しかった。絶対に彼女が出来て「何かが」ダメになる事だけは阻止したかった。

噂では、佐々木は勉学も学年で5本の指に入ると聞いている。それも維持してほしい。バスケも上達してほしい。そう願うのであった。自分のせいでダメ男になってほしくなかった。


 佐々木は、三希がサバサバしている事が意外だった。二人でいる時は、佐々木に甘えてくるにもかかわらず、何となく必要以上には自分に近付いてこない事を悟っていた。それが少し、寂しくも感じていた。三希が気を回している事など、微塵も感じていない佐々木だった。その気持ちを三希に言う勇気も佐々木にはなかった。


 学校帰りは、三希の方が断然、部活が早く終わってしまうのだが、佳子と街中を散策したりする日は、ターミナルで待つことに決めていた。

ある日、佳子と大好きな生地屋巡りをしているときに、ふと真っ青なタオルが三希の目に留まった。

佐々木から「つきあおう」という返事をもらった日に見た、あの「夏空」をすぐに思い出した。2本買い求めた。記念日でもないが、あの日は一生忘れない日で、三希にとって、あの空の青さも一緒に忘れられない思い出なのだ。勿論、三希の勝手な「思い出」と分かっていても、買わずにはいられなくて、佐々木にプレゼントしたくて衝動的に買ってしまった。


(今日の待っている時のプレゼントはこれにしよう!喜んでくれるかな?)

佐々木は、三希がターミナルに到着して程なくして到着した。三希がバス停で待っている姿を発見すると、疲れた身体も少し軽くなる気がした。

 ムスッとした顔だけど、おそらく三希にしか分からない佐々木の口角は、三希を発見すると必ず、上がる。三希はそれをちゃんと知っているから、周りはムスッとしている彼氏だな、と感じていても三希には幸せなのだ。

話し出せば、佐々木も三希の話を聞いて無表情でいられるはずもなく、とびっきりの笑顔で三希の話にただただ耳を傾けている。

今日の三希は、どこかソワソワしているな、と彼が感じた瞬間、

「佐々木君、これ、使ってくれる?」

「え?何?」

「開けてみて。何もかっこよくもないし、ひねりもないんだけど。色だけで、思わず、佐々木君に使って欲しい!って、思って買っちゃった!!衝動買い、ってやつ?」

「おぉ、タオルじゃん。ありがとう。使うね。タオルは凄く助かる」

「ほんと?よかった。直感信じて買って良かった」

三希は満足だった。

佐々木は、刺繍もロゴも何も無いタオルだったけど、夏の空と海を連想させるその色は、同時にあの日、三希に返事をして、彼女からバシバシ叩かれながら喜んでもらった日、朝練に向かう時に見上げた空を思い出していた。


 佐々木のターミナルから自宅に向かうバスは、30分おきにしか来ない。三希のバスは、10分おきに出ており、途中の「相生」という所までは、同じ路線を走る。帰りに佐々木を待つときは、必ず相生まで一緒に乗って行く。そんな三希の気持ちを察して、佐々木は街中でのデートも学校帰りに誘った。

三希が朝のバスの中で友達と行った、どこそこのカフェがよかったとか、どこそこの飲み物が美味しかったとかいう言葉を思い出しては、

「この前話していたカフェに行ってみようよ」

と誘うのであった。

佐々木は決まってアイスコーヒーを注文した。三希もアイスコーヒーが好きだったが、少しでも可愛い女でいたくて、

「レモンスカッシュお願いします」

が定番だった。


 街中を歩いているときにバスケ部の後輩が前方から見えると、三希は年上であることが佐々木に申し訳なく、佐々木に向かって一生懸命話をした。三希は、話をするときに佐々木の顔を見上げて話をする。三希が見上げるので、佐々木も自然と三希を見下ろして話を聞いてくれるからだ。そうすれば、周りを見なくて済むから、三希は必死だった。

だが、佐々木は後輩の姿も反応こそしないが、キャッチしていた上に三希のそんな想いも理解こそ出来なかったが、なんとなく気付いていた。


 付き合い始めてすぐに三希の誕生日がやってきた。18歳だ。佐々木にバスの中で

「今日、誕生日なの。佐々木君と2つ違いになっちゃった。最悪xxx佐々木君の誕生日、早く来ないかな~」

つまらなさそうに話す三希を見て、

「俺は秋だから当分先だよ~」

意地悪く言ってみた。

「意地悪!」

三希はまた、ツン!と佐々木の腕を小突いた。

自分の誕生日をこんなに恨めしく思う事も初めてだった。が、この3年間で一番幸せな誕生日でもあった。告白して良かった、と心から思うのであった。


 次の日、佐々木は三希が大好きなチョコレートを

「誕生日、おめでとう。1日遅れてごめんね」

と言って渡した。ラッピングもしていない、ただの板チョコである。

でも、三希はこのぶっきらぼうな佐々木が、一度だけ

「チョコが大好き!」

と三希が言った事を覚えていて、自分の為にプレゼントを用意してくれた、と思うと幸せいっぱいだった。

「ありがとう。もったいなくって食べられないよ」

「バカだなぁ。また、勝ってとってくるよ」

「え?もしかして、パチンコ?」

「そうだよ」

笑って答える佐々木に三希は少し呆れて・・

「先生に見つかったらマズイでしょ?そんな危険犯してまで、とってきてくれなくていいよぉ」

「大げさだなぁ・・」

佐々木は笑って答えた。


(この人は本当に真面目な人だな・・付き合えば付き合うほど、何だか彼女には安心させられる。お店に行ってチョコを買うのは照れるけど、パチンコの景品なら照れない・・何だろうな?)

自己分析の苦手な佐々木は考えていた。彼女が心配するのなら、パチンコもそろそろやめようかな?とも思った。


この夏は、例年に負けない位暑かった。三希は、激しい練習の佐々木の事を気遣った。自分も中学の運動部の時には、よく作り置きをして、学校から帰宅すると、まず、ソレを食べてから塾に走っていたものだった。


(そうだ!佐々木君にもアレ作ってあげよう!)


その日は帰宅すると、近所のスーパーへ行き、レモンと蜂蜜を購入した。厚すぎず、薄すぎず、レモンをスライスして、密閉容器に敷き詰めて、はちみつをトロ~リ垂らし、漬け込んだ。

翌朝、冷やしたレモンスライス入りのタッパに保冷剤を添えて、タオルで巻き、袋に詰めた。

バスの中で佐々木にコッソリ見せたら、佐々木の顔がパァっと明るくなるのが分かった。


「すげぇ。コレ食べたいと思っていたんだ。しかも冷やしてあるんだね?ありがとう」

「よかった。喜んでもらえて。いつでも作るから、言ってね」


 三希は、佐々木のサポートをすることに必死だった。でも、その必死さは絶対に見せたくなかった。付き合い始めてからも、三希は、昼練から戻る佐々木をただただ見つめていた。ベタベタとくっついて嫌われたくなかったからだ。


 三希が教官室の掃除を終えて階段を下りてくると、佐々木に出くわすことが多かった。でも、大概部活のメンバーがいたので、佐々木に何も話すことはなかった。目で互いを確認する事はあっても、決して言葉を交わすことはなかった。

そのうちにバスケ部公認のカップルとなっても、三希は立ち位置を変えることはなかった。勿論、佐々木が1人でいる時には、いくらかの会話はしたが、すぐそこが教官室なので、なかなかゆっくり会話する訳にもいかなかったのである。基本的には朝の通学のバスの中が唯一の二人の時間だった。


 三希の高校は週に1回、全校一斉に漢字テストが行われた。出題は前日に配られる新聞の印刷記事から出題される。

全校の漢字テストの日は、予め、三希が出そうな漢字問題を抽出してテスト当日に佐々木とバスの中で勉強した。三希の山カンは9割以上の確率で当たっていたから、佐々木も安心して勉強せずにバスの中で覚える事に専念していた。佐々木は学年でベスト5に入る成績優秀者だったから、バスの中での勉強だけで十分だったのだ。

週に1回のこの全校漢字テストの日は、必ず佐々木がバスに乗ってきたので、三希はその日が一番幸せだった。佐々木は視力があまり良くない為、テスト勉強をするときに三希の山カンのメモを見るため、三希に最大限顔を近づけてくるからだった。普段は三希自身が周りの目を気にしていたが、この日だけは2人でテスト勉強に没頭していた。その光景は恋人同士そのものだった。佳子も五木もそんな二人を通学のバスの中で、冷やかすことなく温かく見守っていた。三希のおかげで佐々木も毎回、満点を採ることが出来ていた。


 7月の初めに佐々木から返事をもらって、三希は7月の間、事あるごとに佐々木へ手紙を書いて、朝のバスで渡した。話足りないからである。もっと知ってほしいからである。もっと佐々木を知りたいからである。毎日、佐々木が必ずバスに乗ってくるわけではなかったからである。バスの中だけでなく、本当はもっと二人だけで過ごしたかったのである。そして、学生でいる時間は、三希にとってカウントダウンが始まっていて、「有限」だからである。その不安を埋めるかのように書き続けたのだ。


 ところが、佐々木は、三希の不安をよそに、年下である意識もしていなかったし、三希が卒業してもこの関係が続くと信じているので何も気持ちに変わりはなかった。三希の不安とは逆にもっと、一緒に居たいくらいだった。あとは、ひたすらバスケに打ち込むだけだった。三希の事もまるで年寄りの夫婦のように「いてくれるだけでいい」存在で、彼女が何を求めているのかを探る事はしなかった。


 それからのバスケ部は、五木達3年生の夏が県大会準優勝となり、インターハイのチケットを逃してしまったのである。五木たちの夏は終わり、文字通り佐々木たちの時代になった。

三希から毎日のようにくる手紙にも目を通すが、佐々木は三希ともっと話をしたかった。手紙の内容の話を直に話したかったのである。


「いつもいつも手紙くれるけど、こうして会っているじゃん?その時に話をすればいいのに・・・」


言ってみた。すると、三希が悲しく笑いながら

「私もそうしたいよ。でも・・・」

その時には、言葉にはしなかった。バスの中で喧嘩をしたくないし、言い合いもしたくなかったからである。


バスを降りてから、三希は少し機嫌悪く佐々木に向かって言った。

「佐々木君は気にしてないかもしれないけど、私は年上な事が気になって仕方ないの。だから、もっと話をしたいけど、出来ないから手紙に書いて、その時間を埋めているんだよ。分かって・・・ずっと不安なの」

「それでも、俺は直接話がしたいよ」


 佐々木の目を見ると真っすぐに三希をみつめていた。この目を見ると、恋している三希はそれだけでのぼせそうになるし、佐々木の言う事も充分、理解出来た。2人の時間を大切にしてくれている事も伝わる。三希が告白した時もそうだった。佐々木は直接、話を聞くことを好んでいたのだ。

「うん、分かった・・明日からそうするね。ごめんね」


三希は佐々木から嫌われたかもしれないという不安が一気に押し寄せた。同時に「もっとそばにいたいよ」と強く思っていた。でも、バスケや勉強の邪魔だけは絶対にしたくない。結局、その後も佐々木との時間のスタンスは変わらなかった。

 人を好きになるという事は、相手を独占したくなる気持ちと相手から嫌われたくない気持ちとで大きな壁に押しつぶされそうな不安でいっぱいになるものだ。アンバランスになる。

 本当は、思っている事を素直に佐々木にそのまま伝えていれば良かっただけなのに、三希は自分自身に「年上」というプレッシャーを与えて、周りの目を気にしすぎていたおかげで、気持ちと行動がギクシャクしていた。

 佐々木は、自分自身は三希に安心していたので、彼女の不安をよそに素の自分でいることが多かった。彼女の不安を理解しようともしていなかったし、知らなかった。佐々木は言葉数が圧倒的に少ない。兄弟がいない1人っ子で、父親はタクシードライバー。母親はスナックのママ。どう考えても1人でいる時間が多いから、会話の多い家庭でない事は想像できる。だから、三希のように真っすぐに自分に向かってくる人と、どう接して良いのか分からなかった。ただ、傍にいてほしいとは思っていた。

それを言葉に出してはいなかった。お互いがもっとさらけ出して話が出来ていれば、もともとの価値観は近いので分かり合えるのも早かったはずである。そこが2人の未熟さなのだった。


 それからも三希は、男子バスケ部の試合は1人でも応援に出向いていた。体育教師である監督にだけは見つからないように細心の注意を払った。

ある日、いつものように体育館の上から試合を見ていたら、三希や佐々木の世代の父兄が三希の隣に来た。三希は、椅子もない場所だったので立って応援しながら見ていた。誰もいなかったので、小さな声ではあるが

「お願い!佐々木君シュート決めて!」

とつぶやいていたりしていたので、驚いて黙った。


 その父兄の男性は、誰が見ても職業がすぐに分かるいで立ちで現れた。タクシー運転手だ。佐々木の父親である。

三希はその時まで、佐々木の父親であることは知らなかったのだが、試合を見ながら、その男性の小さく漏れる言葉が、佐々木に対してのみ向けられている言葉だったので、すぐに分かった。三希は声を出せない分、祈るように見ていた。点が入れば、小さく「ヨシ!」と言ってガッツポーズをする程度に我慢した。

試合に夢中になっていたら、いつの間にか佐々木の父親も消えていた。


別の試合の時は、佐々木の母親にも偶然会う事になった。父親の時と同じように試合中であった。

父親と一緒に現われた母親は、やはり「スナックのママ」だった。母親は、あまり長居をせずにすぐに立ち去った。


(あの人たちといずれ、私はうまくやっていかなくちゃ!)

三希は、考えたりもした。佐々木に無関心ではない両親に何故かホッとしていた。

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