第3話 中庭

三希は恐る恐る彩に相談した。

「彩ちゃん、私ね、佐々木君に告白してみようかな?って、思っているの。告白してもいいかな~?」


想いが募る一方で悔いのない学園生活にしたい、という気持ちも大きくなっていた。そして、何故か「好き」と胸の中でつぶやくだけで、涙が出そうになるくらい胸がいっぱいになる。苦しくなる。卒業が近い事もそう決断した原因だ。

彩は、パッと頬を紅潮させて「もちろん!」と応えると

「でもね、付き合っている人がいないかだけは確認してみるよ。それまで待ってて。ちゃんと情報を集めるから」


それが彩の答えだった。彼女は、佐々木に「彼女」という名前の女性が居て、三希に悲しい想いをしてほしくなかったのである。三希の佐々木への想いは、とても純粋で一心に佐々木のバスケを応援しているからだった。一方の三希も、

(そうだよね・・告白しても、「ごめんなさい、彼女います」は、あまりにも悲しすぎるよね。忘れたくても尾を引いてしまいそうだよなぁ。彼女に嫌悪感すら抱いてしまうかもしれない。それに彼女と幸せなのに、私のような年上の女から面倒な事言われたくないよね。でも、「ごめんなさい。無理です。知らないし、好きでもないから、つきあえない」の方が、潔く忘れる努力も出来るよね・・・多分)


何故か悪い方、悪い方にしか考えることが出来なかった。好きになった三希には告白する理由はあるが、告白される側の佐々木は、三希のことを知らない訳なので、この告白が上手くいくとはとても思えなかったのである。それでも、この溢れる想いを彼女がいないのであれば、伝えたかった。


それから数日後のことだった。彩の情報集めは完璧だった。100%の状態で三希に情報を持ってきてくれた。一体、どんな手を使ったのだろう。三希は尊敬のまなざしだった。

彩からすれば、バスケ部、バレー部の伝手をたどり各方面から情報を集めただけだ。後輩も使う、佐々木の中学の先輩、同級生からも情報を集めさせた。集めるのは容易かった。


「彼女はいません!」

彩がキッパリ、ハッキリ三希の背中を押した。

もうすぐ夏を迎える梅雨真っただ中の6月中旬だった。




~佐々木君へ・・・

はじめまして・・・私は朝、佐々木君とバスがよく一緒になる33HRの生徒です。突然のお手紙、本当にごめんなさい。

先日、県大会の北高との試合で佐々木君のバスケを初めて体育館で見ました。というより、バスケの試合を初めて見ました。

佐々木君のバスケをいつまでも応援したいと思いました。いつまでも見ていたいと思いました。

佐々木君がシュートをするときの「空中で一瞬止まるあの瞬間」を私の宝物にしたいと思いました。

私はバスケの事は全く詳しくないのですが、北高の人も含めて、あの日のコートで佐々木君のバスケが一番うまいな、って思ったことと、佐々木君のバスケに一番感動しました。何故か佐々木君しか見えませんでした。

佐々木君からバスケの話を沢山聞きたいです。佐々木君はバスケが大好きでしょう?佐々木君を見ていて、私もバスケが大好きになりました。

私はバスケが大好きな佐々木君が好きです。佐々木君のバスケスタイルが大好きです。

年上ですが、こんな私とお付き合いしていただけたら嬉しいです。

いつものバスの時間にターミナルで待っています。その時にお返事聞かせて下さい。

バレー部の彩さんにお願いして呼び出したりしてごめんなさい。

お返事待っています。

                            33HR  三希~



何度も、何度も書き直して完成させた「ラブレター」。国語の感想文だって、こんなに悩まないのに、完成させるために便箋全てを使い切って、ようやく最後の2枚に完成させた。


 彩が告白の舞台となる段取りを全て組んだ。三希は運動部事情が全く分からないので、彩の指示に従うよりほかなかった。


 三希たちの高校には、2棟の校舎がある。2棟は渡り廊下でつながっている。1棟は、1,2年生の教室がある校舎なので、放課後になると人気が全くなくなる。

もう一つの校舎は、3年生の教室と文化部の活動教室、職員室があるので、人の往来がわりと多い。

2棟の間は中庭になっている。その中庭の建物沿いに体育館と部室をつなぐ通路がある。三希は、毎日、中庭を眺めているフリをして昼練習帰りにその通路を歩く佐々木を見ていた。


 彩は1、2年生の校舎の方を佐々木の呼び出し場所に選んだ。しかも、中庭も見えて、もう一つの校舎も見える場所がある階段下だ。唯一、死角となるのは、2つの校舎をつなぐ渡り廊下から校舎に移った時にある目の前の階段だ。

どこから佐々木が現れても、三希は見つけられるし、万が一、誰かが来ても隠れられる場所がある所を選んだのだ。

 水曜日は、男子バスケット部は体育館を短い時間しか使えないため、部活が終わる時間が早いのだ。そこを狙って、彩は部活が始まる前の佐々木に近づき、


「佐々木君、今日、部活が終ったら、5時にあっちの校舎の渡り廊下したの階段の所に佐々木君を待っている子がいるから、絶対に行ってあげてね。絶対だよ。先輩からのお願いだからね」

と告げてサッサとその場を立ち去ったのだった。


「先輩からのお願い」というところがミソなのである。運動部の先輩は部活が違っても「絶対」なのである。

普段、話したことがないバレー部の先輩からの突然の命令に佐々木は事態を呑み込むまでに時間がかかった。返事というよりも「はぁ???」という言葉にならないような返事をするしかなかった。


彩は彩で、周りに悟られずにさっさと確実に伝えなければならなかったので、1発勝負で佐々木が1人になるチャンスを逃さずに伝えた。まるで彩が告白するかのようだった。

佐々木に好意を持っていないからこそ、任務として遂行できるのよね、と彩は、五木の事を思い出しながら考えていた。佐々木は「つるむ」タイプではないし、誰よりも早く部活に来るから、話しかけるのは簡単だった。


 佐々木は、何となく誰かに告白されるのだろう、ことは容易に想像がついていたが、高校に入学してからというもの、バスケ一筋で恋愛など全くしていなかったし、第一、この高校は中学の各運動部の選りすぐりの集まりだから、自分など全く目立たない存在であることは自覚していた。第一無名だ。他に目立つ奴も有名な奴もいくらでもいる。最近、思い当たる節もない。一体誰が???

しかも何故バレー部の1つ上の先輩が言ってくるのだろう?バレー部の女子か?自分のクラスには、たしかバレー部などいないし。自分のクラスの女子の事もあまりよく分かっていない。誰だろう?

珍しく、部活の最中、気になって仕方なかった。練習が上の空だった。


 佐々木の彼女が居るかいないかについては、彩の情報集めも容易かったのである。なぜならば、佐々木は中学を卒業してから引っ越ししてしまったので、今の自宅の周りに知り合いがいる訳でもなかった事も情報集めを容易くさせた理由でもあった。

 5時少し前に男子バスケ部の部活は予定通り終わった。みんなは大量の汗を拭きながら水分補給したり、雑談したり、からかい合ったりしながら体育館の隅っこに集まっていった。いつものように。

佐々木は、メンバーとは違う方へ向かった。


「お~い、佐々木~どこに行くの?」

背番号10番の東田が聞いた。


「おぅ。教室に忘れ物したのを思い出したから取りに行ってくるからすぐに戻る!」


佐々木は、久しぶりの高揚感を隠せなかった。練習後の汗が止まらなかったけれど、汗を拭きながら右手にタオルを持ち、小走りに渡り廊下に向かって走った。この時間になると、教室のある校舎は薄暗くなってくる。階段上まで来て、階段下に女子生徒の人影が見えた。後ろ姿なため誰かは分からないし、「待ち人」かどうかも判断しかねる。

どうやって確かめるのだろう?と今になって、一番大切な心配事が頭をよぎった。1人でいるから彼女が「待ち人」なのだろうか?どうやって確かめようか???焦る気持ちが湧いてきた。待ち人の名前くらい聞いておけばよかった。彩からすれば、五木に名前が聞こえようものなら、常に三希の周りをうろつく五木がすぐに反応するに違いない事は、考えれば分かる事だ。だから、あえて名前を告げずに佐々木には伝言したのだった。


 佐々木の足音に三希が気付き、振り返った。

お互い「あ!」と声にならない言葉が胸の中で出た。

勿論、三希は「佐々木君が来てくれた!」の「あ!」であり、佐々木は、「どこかで見た事のある女子だ・・・」の「あ!」であった。


三希は勇気を振り絞って、階段をゆっくり降りてくる佐々木を見上げながら、

「部活後の疲れているときに呼び出してごめんなさい」

と言ってペコリとお辞儀をした。

佐々木は咄嗟に

(良かった。この人だったのか。違う人だったらどうやってその人を待てばよいか悩むところだった)

と安心したので、言葉も

「いや、大丈夫です」

と安堵の気持ちが思わず入って答えていた。三希のスリッパを見て、1つ上であることも同時に理解したからである。

三希は階段を下りて、目の前に立つ佐々木に頭も目もクラクラしそうだった。あんなに大好きな佐々木が目の前にいるのである。

(背が高~い。かっこい~い。練習着の佐々木君もやっぱり目の前で見るとユニフォームの佐々木君と同じくらいかっこいい。熱が出そうだ。バスケをやっていないとバスの中の佐々木の表情に戻るんだな。。)

見慣れた佐々木に少し安心したりもした。汗でびっしょりなのに何てカッコイイんだろう。色々な感情が湧き出てきて、それらをどうにか封印した。


「上手く伝えられないと思って、手紙に託しました。これ読んでください。今日は来てくれて本当にありがとうございます」


と言って、佐々木に手紙を差し出した。三希は自分でも、佐々木にも分かるほど手がガタガタと震えていた。

反面、佐々木は自分でも驚くほど、自然に手を出して受け取っていた。

「あ、はい・・・」


 三希は会釈して佐々木が今来た渡り廊下をめがけて階段を駆け足で上がった。時間が止まったように昇っても、昇っても階段が終らないような気がした。

渡り廊下を走っていても、砂の上を走っているような感覚だった。渡り廊下が終ると左右に廊下は分かれている。右が全校生徒の下駄箱がある昇降口へ向かう階段の方向。左は体育館の階段がある方だ。

三希は右に曲がったところで高鳴る鼓動を隠せないまま立ちすくんでいた。佐々木の自分へ向けられた声を初めて聞いた。優しい声。見上げた時の彼は、バスの中の彼ではなく、どこかぎこちない感じがした。けど、優しそうな目だった。


(佐々木君、迷惑だったかな?嫌われたら、明日からあのバスには乗れないかな。。。。)


そう考えたら、何故か涙が出て止まらなくなってしまった。緊張の糸がプツン!と切れてしまったことと、佐々木と同じ時間を共有できていた「幸せな時間」がもしかしたら、失われてしまうかもしれない恐怖からの涙であった。

三希の視線の先には中庭が見えていた。自分がいつも佐々木を見ている場所と佐々木が歩く場所。三希にとっての幸せな時間。


あの佐々木君にとうとう告白しちゃった・・・


 一方、佐々木は、呆然としていた。手元に手紙だけが残り、いつしか汗がしたたり落ちている事も忘れていて、汗が目に入った瞬間、我に返った。手紙も自分の汗で少ししんなりしている。

「あの人・・たしか同じバスに乗っていた人じゃないかな?まさか年上から告白されるなんて。。。びっくり・・・」

ボンヤリ朝のバスの光景を思い出してみた。。。が、今は一刻も早くみんなの所に戻らなくては怪しまれる。手紙は家で読むことにしようと決めた。佐々木の方が今になって緊張してきてしまった。


 我に返った佐々木は踵を返し、三希と同じように階段を上り、渡り廊下をゆっくり渡り、心を落ち着かせて、三希とは反対の左の廊下へと進み、体育館へ向かって階段を下りた。

三希はその佐々木のバスケットシューズの足音をずっと聞いていた。

 その日の夜の三希は、告白してしまった安堵感と後悔が生まれていた。夕方の薄暗い校舎だったので、佐々木の表情を細かく確認出来なかったけど、驚いていたことは何となくわかった。迷惑がっていたのかまでは読み取ることができなかった。佐々木はもともと感情を表に出さない人間なので、感情を表に出す三希には佐々木の気持ちが全く読めなかったのである。


でも、三希の信念に「やらないで後悔するよりも、精一杯やって後悔する方がずっと健康的な後悔だ」というものがある。人を好きになる・・その人の事をもっと知りたくなる。自分の事も知ってほしいと願う・・話をしたいと思う・・ずっと一緒に居たいと思う。行動を起こさなければ、それらは何も始まらないのである。だとしたら、次に進むためには後者の告白をして後悔する方が三希の信念に従ったことになる。

勿論、相手にお付き合いしている人がいれば、この信念も別の話になる。自分の都合だけを優先させてはいけない、相手がいるのであれば。

佐々木には彼女が居ない。だとしたら、その席に立候補してもよいのではないか?

でも、ふられたら、深く傷つく。けれど、次に進むための「試練」の時間を作ることが出来る。何もしないで手をこまねいて、その彼が誰かと付き合い始めたら、何の意味もない「告白すればよかった」と、後悔する事になる。告白しなければ、一生、三希の存在すら佐々木は気付かないし、三希の「恋」はもしかしたら、三希自身も忘れてしまうくらい泡となっていつか記憶からも消えてしまうかもしれないのである。この恋は大切にしたい。こんな風に人を好きになったのは初めてだからだ。


 短い三希の人生の中で、今まで好きになった人は、優しくされた事が根底にあって、その人のカッコイイ姿を見て恋をする、何かキッカケがあって恋をする・・というのが定番だったけれど、話をしたことがない人を好きになるなんて・・・現実的な考え方の三希にはありえなかった。芸能人を好きになる感覚と同じだからだ。


 佐々木は、気になって仕方のない手紙を早く読みたかったが、まずは早く隠さなければならず、タオルに忍ばせた。何事もなかったようにみんなの集まっているところに合流し、いつものように談笑しながら、男子バスケット部の練習と入れ替えの女子バスケット部の練習が始まったので、みんなで体育館を出て、中庭のある通路を歩きながら、部室へ向かった。

部活後の買い食いが、激しい練習後の唯一の楽しみでもあるが、今日の佐々木は、それどころではなかった。


部室を出て、何となく中庭を見下ろした佐々木は、さっきまで三希と2人であそこにいたんだよな、と不思議な感覚になりながら、横目で1,2年生の校舎を見ながら、みんなと校門へ向かい、佐々木はバス停に向かった。


「あれ?今日は帰るの?」

次々声をかけられ、一瞬答えに戸惑ったが、

「おぅ、今日はパチンコに行こうかな?って思ってさ」


佐々木は、高校生が行く事を禁じられているパチンコに、最近、はまっていた。

「そっか!当たったらおごれよ!」

東田に言われ、ひきつった笑顔で応えた。自分らしくないな、とは思うが、今は誰にも言えない。


 佐々木は、部活のメンバーと別れ、家路を急いだ。バスの中で、三希の表情や話し方を思い出していた。凄く手が震えていたことを思い出した。年上なのに、やっぱり後輩に告白するにしても緊張するんだ、などと考えたりもした。どこで自分を知って、どう好きになってくれたのだろう?接点といえば、多分、バスだと思うけど、第一、話もしたことが無いし、自分はいつも寝ている。ナゾが多すぎる。それでも、真剣な表情と思い過ごしかもしれないけど、泣き出してしまいそうな表情からは「冷やかし」ではないはずなのだけど。。。バスケで鍛えた洞察力は当たっているのだろうか?


 はやる気持ちを抑える間もなく、家に着くなり空腹を満たす前に三希からの手紙の封を開けた。

言葉で告白されることは中学時代にあったが、手紙は初めてだった。手紙を広げると、三希の文字はとても綺麗な女性の文字だったので、驚いた。クラスの女子が書く丸っこい文字とは違って、初めて見る大人の女性の文字だった。それが、何故か佐々木の心の中に温かいものを感じさせられるのであった。

短い文章の中に自分への想いが書かれていた。けれど、想いの深さまでは読み取ることが出来なかった。

ただ、凄く嬉しかったことは、自分のバスケを好きになってくれたことだった。自分のバスケが人の心を動かすことが出来た事が凄く嬉しかった。佐々木は言葉にこそ出したことは無かったが、自分のバスケの技術は先輩に負けていないという自信がどこかにあった。が、いつも控えの背番号しかもらえなかったことに悔しさは誰よりもあった。

絶対に負けていないのに。。。その悔しさをチームメイトの高田に教えてもらったパチンコにぶつけて憂さ晴らしをするようになったのも事実だ。

 でも、彼女は自分のバスケを認めてくれた。自分が試合にそんなに出ていないにも関わらず、である。他の選手が沢山いる中で控えの自分だけを見てくれていた。三希の文字から自分の胸の中に温かいものを感じていた。


 佐々木は自分でも自分の考え方を上手く表現出来なかったのだが、三希に自分をもっと知ってほしい、と思った。三希に対して表現できない「愛おしさ」のような感情が生まれた事も事実だった。今日、初めて知った存在の彼女に対して思う感情としては変だけれど、年上の彼女に対して思うのも変だけど、でも、彼女の手紙の内容とあの眼差しから伝わる何かがそう感じさせた。


 自分は、一生バスケと向き合っていきたい。それがどんな形でもいいと思っている。彼女となる人は、それを理解してくれる女性でなくてはいけない、とどこかで願っていた。でも、まだ高校生だから、そんな将来の話など仲間にも親にも決して言う事はなかった。上手く表現できない漠然としたものだったからでもある。でも、三希の文章を読んで、自分が望んでいた事って、こういう事なのだろうな、と気付かされたのである。


彼女の手紙からは、自分のバスケに対する姿勢に好意を持ってくれたことは理解出来たけれど、自分の性格はどうなのだろう?自分の事を何も知らないのに付き合いたいと何故、思えるのだろう?三希の真っすぐな瞳からは、からかっている素振りも全く見えなかったし、むしろとても真っすぐに気持ちを伝えてくれたとは思うけど、本当に自分で大丈夫なのだろうか?

彼女の事を全く知らないけれど、彼女もそれは同じであって・・・。自分は彼女と付き合いたいのだろうか?好きなのだろうか?頭の中がグルグルしていた。


三希が不安を抱えていたように、佐々木もその夜、不安を抱えていたのだった。


 次の日、佐々木はいつもの時間に家を出ることが出来ず、いつものバスに乗れなかった。ずっと考えていたら、眠れなくなって、寝坊してしまったのだった。それによって、待っている三希の気持ちを考える余裕はその時の佐々木には全くなかった。しかも、すぐに返事をしなければならない事にも気付きもしなかった。

「今日はお母さんに送ってもらおう・・・頭の中がグルグルしてダメだ・・・」


一方の三希はいつもの時間に現れなかった佐々木に呆然となり、

(ふられちゃった・・・佐々木君がバスの時間を変える必要はないんだけどな・・・ふられるにしても言葉で伝えてほしいな・・・)

 2つ先の停留所から佳子が乗車するなり、三希は涙が溢れ出てきてしまった。佳子は慌てた。


「どうしたの?みっちゃん?何かあったの?」


恋をすると、どうしてこんなに涙もろくなってしまうのだろう?

普段、勝気な性格の三希は、決して人前で泣く事なんてしない。絶対にこらえるのだ。そんな三希が明らかに泣いているので、佳子も慌てたのである。


「実は、昨日、佐々木君に告白したの。手紙でね。いつものバスの時間にターミナルで待っているから返事がほしいことも書いたんだけど、今朝、来なかったの」


佳子は内心、(それだけでこんなに元気がなくなっちゃうんだ・・)と思ったけれど、素直な気持ちとして言った。


「だって、みっちゃん、佐々木君は大体この時間には乗ってくるけど、みっちゃんみたいに毎日、確実にこの時間、ではないじゃん?佐々木君からしたらどの時間?って、なっているかもよ。ちゃんと何時何分のバスに乗ります、とかって書いてあれば分かるけどさぁ、書いたの?」


優しい佳子である。三希が前向きになるように実に的確な答えだ。

ところが、普段、他の事には何でもポジティブに考える三希でも、自分の恋の行方については、俄然、後ろ向きなのである。。。自己防衛本能が備わっているのだろうか。自分に自信がない分、自分が傷つくときの傷を最小限にする方法を自然と身につけているのである。首を横に振りながら、

「佳子ちゃん、ありがとう。佐々木君の答えは分かった。でも、なるべく早く心の整理が出来るように努力するね」

と言って、三希は「失恋モード」に自分の気持ちを切り替えようと懸命だった。折角、大好きになったのに・・・大切にしたい気持ちなのに・・・。

佳子は半ば呆れて、(そんなじゃないと思うけどな、ちゃんと話を聞いてみたらいいのに・・・)と呆れていた。


教室に行くと、彩が三希を心待ちにしていた。


「みっちゃん、手紙を渡せたよね? 大丈夫だったでしょ?あの体育館で私しか絶対に気付いていないけど、佐々木君、手紙をタオルに隠していたよ。タオルがあるのに、汗を拭こうともしてなかったもん。私ずっと見ていたんだ。初々しくてさぁ。私がドキドキしちゃったよ。で、どうだったの?」


自分の告白舞台が上手くいったことに彩は興奮していた。誰も知らない秘密を知った優越感に似たものを感じていた。だから、何もかも上手くいくと確信めいたことを感じていた。ところが、三希の顔は浮かない様子だった・・


「近くで見る佐々木君は背が高くてかっこよくて、優しそうだったよ。年下になんか見えなかった。声も聴けたし・・・でも、今朝のバスに乗ってきてくれなかったから、きっと迷惑だったみたい。避けられているよ。きっと、ふられちゃう。ごめんね、彩ちゃん」


彩も佳子と同様に「考えすぎだよぉ」と必死に三希を元気づけるのだった。根拠のない慰めであることは重々分かってはいるが、こう元気づけるしか、三希から聞く佐々木の真意が分からないからしかたなかった。


 次の日もそのまた次の日も佐々木はバスに乗ってくることはなかった。三希の元気はどんどん失われていった。


 佐々木の中では、どうしても自分の性格を知ったら、自分への気持ちが冷めるのではないだろうか?という不安が拭えなかった。三希の文字からはその感覚が伝わってこなかったからである。話したこともないのだから当然である。

彼女の言葉を声で聴きたいと思った。そしたら、この不安もなかったかもしれない。。。と漠然と思うのだった。

手紙をもらった時の彼女の声と手は震えていたけれど、どこか芯がしっかりしている印象があった。佐々木の中で声も何故か印象に残っていた。


それでも、練習に身が入らない自分にイライラしていた。表には出さないけれど調子が悪かった。

(どうでもいい女子からの告白だったら、こんなじゃないだろ?すぐに断るじゃん?)

と自身に問いかけてみたりもした。

相手は違う学年なのだから、後腐れもないわけだし。貴女のことをよく知らないから、って断ってもいいじゃん?それでも、断る理由がないのは、どこかで断りたくないのは、自分はつきあいたい、と感じているのではないか?というのが佐々木の中のボンヤリした結論だった。彼女に確かめよう。

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