その25「初めてのチュウ」
「お、おまたせ……」
「おお、うまそうだな‼‼」
家に到着すると、すぐさま地味はカレーを作ってくれた。昨日から仕込んであったのかは定かではないが、かなり手際も良く、ものの数十分で出来上がった。
スパイスの効いたいい香りが部屋を充満し、鼻腔を滾らせる。あまり美味しさやら高い料理の良さが分からない貧乏舌筆頭の僕ではあるがなんとなく旨そうな匂いだとは分かる。
それに、鍋ごと運んでくる地味の頬も少し朱に染まっていて、嬉しそうだった。
「えへへ……が、んばりました……」
「うんうん! なんか、食べなくても美味しそうなのが分かるよ!」
「ほんとですか?」
「ああ、もちろんな!」
「ぁ……ありがとう、ございます……」
視線を逸らして必死に照れているのを悟られないようにしているようだったが、生憎と丸見えだ。
それに「にまぁ」なんて笑ってやがるし、なんて可愛い奴なんだこいつは。
まぁ、そんなこと一目惚れした一か月前から知っていたことだがな。
「よし、せっかくだし食べるかっ! 冷める前に食べないと悪いしな!」
「あ、そうですね……はいっ、食べましょう!」
「おう!」
そう言って、地味はゆっくりとエプロンを外し……あ、そう言えば大切なこと皆に言ってなかったな。こいつのエプロン姿、マジでヤバかったぞ。たくさんの汗を吸った(それでも普通にいい匂いがしたのはなぜですか?)ジャージの上から水玉模様のエプロンを付けてたんだけど、こう、大きな大きなカブみたいなおっぱいに押し出されて、それはもう生地がパツパツになってて……もう、なんじゃこりゃって感じに――――おっと、しゃべり過ぎた。ついつい愛が零れてしまった。すまない。
「よし、もう大丈夫か?」
「はい」
「「いただきますっ」」
二人手を合わせ、いざ実食。
四度目となる彼女の家にて、彼女の手料理を食べれるのはなかなかに嬉しいことだ。
スプーンで一口分掬い、パクっと口の中へ。
すると、入れた瞬間に————って、性にもない。僕にはあまりリポーターの様な感想は言えないからもう一言で表現しよう。
「うまっ‼‼」
とにかく、うまかった。
美味しかった。
というか美味しすぎる。
母親のカレーもそれなりに旨いが、これはそれを軽く量が出来るほどに旨かった。作り方はよく分からないが、スパイスなども多様に使っているのだろう。
「ぁ、ぁ……ありが、ありがとうございますっ」
いやはや、こちらこそだってよぉ‼‼
もう、可愛すぎ‼‼
むくぅって!!
やべぇ、カレーも上手いけど、彼女がうまいわ。今日、食べちゃおうかなぁ……なんて。
「照れるなって! まじでうまいぞ、これ!」
「ほ、ほんとですか……? 一応、昨日から仕込んでて」
「やっぱり!? だからか、こんなに美味いのは!」
「……ま、まぁ……」
「いやぁ、さすがだな! 前から思ってはいたが、料理得意だよな?」
「一応……昔から、作ってきたので……」
「そうなのか?」
「はい……その、一人が多くて……両親のご飯とかもつくることもあったので、うまくなりました……」
「……お、そ、それはなんかすごいな」
あまりの自立具合に少し唖然とした。
もしかしたら、地味が勉強があまり得意ではないのはそこが原因だったりするのかもしれないな。成長速度はかなり早いんだし、所々に才能を感じるのもきっと忙しい両親譲りなのだろう。
「そんなこと、ないですよ……」
「いやいや、全然凄いと思うけどね」
「そ、そうですかね……私からしてみれば……皆さんの様に勉強とかスポーツ化できてる方がいいかなぁって」
「そうかなぁ……でも僕、料理はできないよ? 唯一できるとしたら……まぁ、多分、卵かけご飯くらい!」
「……それは料理とは言わないのでは…………?」
「え、まじ?」
「分からないです、けど……」
「いや、分からないのかよ……じゃなくてな、だからこそさ、なにも作れない僕の方から言わせてもらえば地味は凄いと思うんだけどな! もっと、自信もっていいと思うぜ?」
「……そ、そこまで言われるのは初めて……です」
「ははっ……そこまでも何も当然のこと言ってるだけだよ!」
「……?」
不服そうにこちらを見つめる地味。
そんな顔も可愛い。
「まあとにかく、凄い! 地味はとてつもなく可愛いし、凄いし、このカレーも旨い‼‼」
「っ~~~~うぅ」
おっと、爆発しそうなくらい顔が赤い。
なんて可愛いやつなんだ。
ここに来て……愛が止まらないわ。一時間前の「僕も丸くなったかな」っていう台詞、なかったことにしてくれ。
「そういうとこ、ほんとの好きだよ!」
「っ⁉」
「いやぁ、もう、好きだ」
「……それ以上はやめてください」
「やだ」
「っへ……へあ、やめてください‼‼」
「へあ、へあー? 髪がどうかしたのか?」
「…………わざとですか?」
あ、あぁ……あれれ、おかしいぞ?
急に地味の顔が強張って……右手がグーの形に……おっと、その右手を空中に上げて……構えて、どうするんだ?
おっと、振りかざしたぞ地味。
あれ、ちょっとま——!?
「————茶化さないでくださいっ‼‼」
「まt————うごっ…………」
やばっ——————
———————って、あれ?
頬が痛くない。
目を瞑り、肩を強張らせてその瞬間を待っていた僕ではあったが……何の衝撃も来ない。
というどころか、なんかお腹当たりが暖かい。
ぽよぽよしてる。
ふわふわだし、なんだこれ。
「——————え?」
「っ~~~~~~」
「な、なんで急に抱きしめ……てるん、だ?」
「し、し……」
「し?」
目の前には僕の懐に潜り込んで抱き着く地味。
真っ赤な頬に、ぎゅっと力を込めて瞼を閉じながら大きな胸を押しつけていた。
ぷるぷるな唇から発せられる一文字。
なんだろうと、待っていると————その瞬間。
時間が止まった。
「————にゅ?」
「ん‼‼」
なんで、こんなにそばに地味がいるんだ?
しかもさっきよりも抱きしめる腕の力が強い……。
そして、何も発せられない。
「んっ……んぁ……っ‼‼」
あ、喘ぎ声?
いや違う、これは————t、ち、チュウ!?
唇に何か、柔らかくて暖かくて、気持ちのいい物が‼‼
「んっ」
「にゃ、なやにじ」
駄目だ、言葉が話せない。
しかも、唇が離せない。
「ん————! ぷはっ‼‼」
「んな、んなにっ————地味、何して——!?」
数秒間、いや数十秒間? もはや何秒かは分からないが、地味と……チュウして、いた?
目の前にはやり切った顔で上がった息を整える地味。
思考停止の僕には何も言えることはなかった。
しかし、彼女は言う。
「ねぇ、か、翔君」
「名前!?」
「もうそろそろ、良いかなって……」
「べ、別にいいけど……」
「……なら、翔君? これ、お返しだから!」
真っ赤な顔。
でも、そのどこか向こう側に満足げな笑みが見える。
呆気にとられた僕に放たれた一言は、数日後の僕を驚かせることになっていたとは当時は知ることもないだろう。
次回、その最後「っていう恋愛小説はどう思う?」
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