その24「後日談とカレー」
体育祭が終わったその日、クラスでは打ち上げとしてお疲れ様会が開かれる算段になっていたのだがあまり気の進まない地味を見かねて僕は彼女と二人だけで帰ることにした。
「じゃあ、また来週な~~」
「あいよ、楽しんできて~~」
「またね~~翔ぅ」
「あーい」
適当に挨拶を済ませ、僕は地味の元へ向かった。
どのクラスも同じように駅の方や高校周辺の焼肉屋さんで打ち上げをしているせいか、帰り道はほとんど人がいなかった。
「……いやぁ、終わったなぁ」
「そ、そうですね…………」
コクっと頷いた地味。
こちらに顔も向けずに、テクテクと隣を歩く彼女に僕も歩幅を合わせた。
「……あの」
「ん、どうした?」
すると、前を向いたまま彼女はこういった。
「ありがとう、ございます……」
「え、あぁ、それはまぁ……」
「た、助かりました……その、私……こういう学校行事は好きじゃなかったので、色々で来たことは……凄く良かったです」
そうか、それか。
少しうれしそうな声色で呟く地味を横目に僕も笑みを浮かべる。
「それは……良かったよ」
「……楽しかったです」
「なら、僕も頑張った甲斐があった」
「はい……」
溶けてなくなっていく余韻。
小風がするりと吹いて、彼女のスカートをふわりとはためかせる。
それはパンツが見えるか見えないかくらい、ギリギリのところまで舞い上がり僕の目線を釘付けにする。
しかし、そんな僕の変態チックな行動に——いや、変態ではないか、高校生ならこのくらい普通で……ってそれはいい。とにかく、僕の思春期ならではの行動に地味は全く動じず、もはや気づいているかも定かではなかった。
その目の先には欠けていく夕日しかなく、たまにすれ違う人の足音が聞こえるだけ。
隣、約30センチ。
こんなにも近くにいるのに何を考えているのかは僕には分かりかねていた。
「なぁ、何を見てるんだ?」
そういう時こそ、素直に聞いてみるもの。
僕は地味の顔を覗き、早速そう言った。
「……何も、見てないです…………」
「そんなわけないだろ?」
「そんなわけ、あるんです……」
「は、はぁ……」
「いや、まぁ……その夕日がきれいだなって……」
「見てるじゃん……」
「や、別に……注視していたわけじゃ…………ない、です……し」
「見てる事実は変わらないだろ?」
「……は、はい…………」
そう言うと、地味は不服そうに頷いた。
「ははっ……なんて顔してるんだよ」
「っそ、それは……鈴木君にそう、言われたからで……」
「え、僕は普通に何見てるのかなぁ~~って聞いただけだよ?」
「……ひ、ひどいです……いじわる、です……」
「はははっ、ごめんって。そんなに落ち込むなって~~おもらしの件もあったからってぃいいいいたたたたた‼‼‼」
「……」
揶揄ったつもりなのだが……どうやら地味は本気で怒っているらしい。
右脚に鈍痛が走り、思わず叫んだが無言で睨みつける圧は変わらない。
「ふ、踏むなよ!」
「……いじわる」
「わ、悪かったって……冗談だから!」
「冗談でも、ついていいのと……そうじゃないの、あります……」
もっともだ。
正論すぎて何も言えないほどにもっともなことだ。
「ごめん、悪かった」
「……むぅ…………ひどいですよ、ほんと」
「ははは……」
夕陽が沈み、一気に暗くなる札幌の街。
街頭や建物の照明に照らされながら、ゆっくりとその道を歩いていく僕たち。
からかったせいで少し機嫌を損ねてしまい、そこからは何も話さなくなった地味を隣にしくしくと静寂の時を過ごしていた。
そんな静かな道を歩いていると僕はふと、思った。
いやはや、思い出してみれば凄いことなのかもしれない、と。
最初は誰に対しても一定の距離を保っていた彼女がここまで人と、まあ僕とだが……親密な関係を持てるとは思ってもいなかった。気が弱いからと言って、最初の告白を受け入れてくれるとも思ってなかったし、ちゃんとした関係に発展するときに、彼女から言ってくれたことは今でも嬉しく思っている。
こんなに、友達の様に話すこともなかったのに、いっちょ前に照れて、微笑んで、怒って——そんな高校生として当たり前の会話をできるようになっているとも思っていなかった。
人間、変われないと言うが——そんなことはないと思う。
彼女の様に、少しずつ変われるかもしれないのだから。
「あの、鈴木君……」
「え、はい!?」
「……びっくりした?」
「え、ぁ……うん」
「へへっ……私の、かちぃ……」
にまっと口角があがる。
嬉しそうに微笑んだ彼女に呆気を取られ、僕はその場でぼーっとしていた。
「その、それで……私から、お願いがあるんですけど……」
「お、お願い?」
まさか、結婚!?
女性は16歳から結婚できるし、婚約の約束でもあるのだろうか!
なんて、いつもの僕なら笑いながらドキドキさせて考えるのだろうが、地味の微笑ましい顔に負けて、黙りこけていた。
「……はい。その、今……みんなは楽しんでいるでしょうし、その……私たちも……」
うん。
やっぱり、エロい誘いなのか?
二人きり、夜の大作戦‼‼
てか?
って、悪い考えすら浮かんでこない。
どうやら僕も丸くなったのだろう。
「今夜、私の家で……二人だけで、打ち上げしませんか?」
「地味の、家で?」
「はい……私、カレー作ろうかなって思っていたので……好きですか? カレー?」
彼女のカレー、地味が作るカレー。
嫌いなはずがない。
「も、もちろんっ」
当たり前のように二つ返事で頷いた僕は、子猫の様にテクテクと彼女の後ろをついていったのだった。
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