その23「男女混合りれー3」

 

「ははっ……まぁ、そう落ち込むなよな、地味」


「そ、そうだよ! 仕方ないって!」


「気にするなって、めっちゃ頑張ってたよ!」


 リレーが終わり、閉会式も終わり、僕らのクラスは大会4位の順位となりそれなりの結果で体育祭自体を終わらせることも出来ていたのだが……。


 ちょうど、教室。

 僕らがいつも座っている席の前ですすり泣く地味を前に、僕ら三人は彼女を労っていた。


「そ、そんなこと……ない……わ、私の……せいで……負けちゃった…………」


「い、いやぁ……そういうわけじゃぁ、ね」


「う、うん! 地味さんはしっかり走れてたじゃん‼‼」


「ほんとだよ‼‼ 地味さんは頑張ってたよ、おれ知ってるって!」


「何を知ってるのよ……まぁ、でも胸はたくさん揺れおったことだけは私も知ってる……」


 何を言い合っているんだ。こいつら。

 空気を呼んでくれ、KYなのか?


「おい、楓。嫉妬するな」


「はぁ⁉ し、しし、嫉妬じゃないし‼‼」


「頼むから夫婦喧嘩はよそでやってくれ」


「「夫婦じゃない‼‼」」


 とまあ、泣いている女子の前で喧嘩を始めた夫婦は放っておいて……なぜ、彼女がこんな場所で泣いているかというと——それは数十分前まで遡る。




『さぁ、第4レース‼‼ 4週目に入りました‼‼ 現在一位はぶっちぎりで2年7組、二位争いは1年7組、3年5組とかなりの攻防を見せています‼‼ それぞれの思いを胸に、残り半分のレースでどうやってバトンを繋いでいくのかが見ものとなります‼‼』


 実況とコース周りの声援もさることながら、バトンを渡す瞬間の「はいっ!」という気合の籠った合図が微かに聞こえて胸の高まりを感じる。


 高ぶる緊張、飛び散る汗。

 青春の半分が詰め込まれたと言っても過言でもない最後の瞬間がもう、中盤に差し掛かっていた。


 このレースは100メートル×16人、200メートルのコースを次々に回っていく男女混合リレー。


 最後の4人が楓、地味、僕、そして最後が最速ボランチ出流という走順になっていた。


 それまでのクラスメイトが初速で伸びた順位を保持してくれたおかげで一位のまま、恐らく10メートル以上の差を付けたまま後続の後輩、先輩を置き去りにすることが出来ていた。


『現在も一位は2年7組です‼‼ さすが、理系クラスだけあって速いですね~~2位との差はすでに10メートル以上離れています‼‼ このまま残り2周、4人も頑張ってください‼‼』


 そして、最後の4人。

 遂に、楓にバトンが渡る。


「はいっ‼‼」


 バスケ部のやつがそう叫ぶと、綺麗に受け取った楓が体育館側、最も内側のレーンの土を蹴っていく。さすが、運動神経抜群だ。女子の中で一番早いわけではないが、小さな身体のおかげで足取りが軽いようにも見える。


「いけぇ、楓‼‼」


 反対側で待機している出流がそう叫ぶを見て、僕も喉に力を入れ同じように叫んだ。


「よし、そのままだぁ‼‼ 楓ぇ‼‼」


 順調に楓の番は進み、そしてようやく——。

 地味の番が来ていた。


 女子の中ではそれなりで、ぎりぎりで選ばれた彼女。

 もちろん、特段速いわけではないが僕と二人きりの特訓……なんかエロイな。じゃなくて、特訓でそれなりに足も速くなった。


 そう、今の彼女ならこのレースもなんとかなる。

 地味はやる時はやる女の子なのだ!


「————いけぇ‼‼」


 思いを乗せて、僕へつなぐバトンを受け取った地味。

 ぐっと力を脚に込めて、地を蹴った。砂埃が宙を舞いに、息を吐く姿が目に焼き付く。


 きっと、このまま――——。


 そう思った瞬間だった。


 地味が僕の視界から消えたのだ。


 なんだ? 何が起こった? 消えた?

 疑問符の嵐。

 神隠しにでもあったかのようにいなくなったかと思えば、周りの生徒たちが「あああ‼‼」と大声を上げていた。


「っぁ‼‼」


 地味は前のめりにバランスを崩し、地に手を付けていたのだ。

 そのまま数回ほど回転し、土埃を被り数メートルほど転がっていた。


 痛いながら、擦り傷のできた足を持ち上げて立ち上がったのも束の間。後ろからきていた男子生徒に抜かされ、次に来た生徒にも抜かれ、最終的には足を引きずる地味を四人目が追い抜かし、一気に最下位になっていた。


「っはぁ、っはぁ、っはぁ!」


 痰を絡ませながら走る姿に、僕は思わずこぶしを握り締めた。


 気が付くと、揺れる胸と共に近づいてくる彼女が目の前まで来ていて僕は前の人から10メートルほど開いたところから受け取った。


「っく!」


 



 そこからは怒涛の快進撃だった。

 しかし、100メートル6秒前半台の僕らをもってしても順位は2位。


 決勝戦の切符は掴めなかった……というわけなのだ。


「……あれは仕方ないって、な?」


「…………ぅ」


 なだめるも彼女は立ち上がらない。

 その理由も良く分かるが、とにかく2位までいけたこと、体育祭を高校生らしく楽しめたとこは素直に良いことだったと思ってほしい。


 切実に、シンプルに、なんの嘘偽りもない。


 僕はただ、その事実に喜んでほしいのだ。


 

「……地味、すごかったぞ」


「っ」


「だって、最初は100メートルめちゃくちゃ遅かったじゃん? それがいつの間にか15秒台、50メートルなんて8秒切ってたじゃん」


「そ、それは……たまたまで……」


「違うって、地味は頑張ってた。サッカーだって凄かったじゃん」


「……た、ま、たま」


「いや、そんなことない。努力の証だって」


「……」


 俯く地味。

 そんな彼女の前で、しゃがんで僕は手を握る。


 ふぅ、と吐くとビクッと肩を強張らせ、彼女は目を見開いた。


「っな……な、なに……するん、ですかっ」


「いやぁ、ほらな? あったかいだろ、手」


「手、え……」


「頑張ったから、暖かいんだって」


「……だ、だって、疲れてるだけで……」


「それが頑張ったってことじゃん……」


「……すみません」


「って、そうじゃない‼‼ とにかく、楽しかっただろ? そこで喧嘩してる夫婦みたいにさ、全力で戦えて、良かっただろ?」


 そう、そうなんだ。

 あの震える涙は嘘ではないと、僕は思っている。


 緊張の中、興奮の中。

 漏れ出た涙は嘘じゃないと信じたい。


 地味静香。

 名前の通り、静かで地味な彼女だけど——凄く頑張り屋で可愛くて、大切な僕の彼女なのだ。


 だから、僕はもっと。


「楽しかっただろ?」


 そう思ってほしい。

 そうであってほしい。


 そうじゃなくちゃ意味がない。



 いじめられて、虐げられてきた今までを覆い隠せるように、包み込めるように、大きな思い出を作ってあげたい。



 僕は、地味に幸せになってほしい。


 一目惚れして、告白したあの時からその思いだけは変わってはいない。


 だから、と。


 ぐっとこぶしを握り締めて、彼女に問う。


「青春、できただろ?」


「…………ん」


 願って、祈っていると地味は頷いた。

 震える声を押し出して、目を擦って、彼女は少しだけ笑った。


「た、た……楽しかった、です……」


 頑張れば、何でもできるはずなのだ。



 それが分かってくれたら、僕はなんでもよかった。






次回、その24「後日談とカレーライス」


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