その18「体育祭1」


 翌日。

 ついに、待ちに待った体育祭の日がやってきた。


 まあ、待ちに待っていたのは僕や出流や楓、その辺の体育系の奴らだけなのだったのだが……とりあえずはいいとしよう。


「よぉ、大丈夫か翔っ!」


「おう、調子はどうだ、出流?」


「あぁ、まあ俺はぼちぼちだなぁ」


「そうか、僕も似たような感じかなぁ」


「奇遇だなっ」


「そうだなっ」


「――っ私を、忘れるなぁ‼‼」


 すると、互いに拳を交わした僕たちの間に颯爽と現れた女子が一人。


「うお、びっくりしたぁ」


「おう、楓!」


「うん、出流! それと、翔……」


「おい、なんで僕の名前だけそんなテンション低いんだよ……」


「まぁ、なんでかなぁ。前から翔ばっかり私の名前を呼んでくれないからねっ? その返しよ!」


「乙女なのか、楓?」


「んな‼‼ んなわけないでしょ? 私が翔に対する好意なんてミジンコ以下ね!」


「さすがにそれは傷つくぞ?」


「ははっ、まぁまぁそこまでに~~」


 割り込んだ出流。それを横目にいつも通りのでっかい態度で鼻息を鳴らす楓。


 まったく、僕だって一端の高校生なんだからそうも元気よく言われたら案外傷つく。もっと、控えてほしいものだ。


「あぁ、そうだっ。翔は良いのか?」


「ん、なにが?」


「なにがって……今日はそれぞれ自由行動だからよ? 場所も決まってないわけじゃん?」


「まあ、そうだな」


「それで……あの子は一緒じゃないのか?」


「あ、あの子……?」


 あの子? 出流が声量低めで言うもんだから一体何だかと思えば……。


 どこか苦そうな笑みを浮かべているのが少々気持ちが悪いが、僕はもう一度訪ねる。


「あの子って、誰だよ? 僕は普通にここだけど……」


「翔がそこに居ることは分かってるよ……ボケてるのか?」


「ボケてねぇ……普通に意味が分からないんだ」


「まあとにかくあの子だよ、あの女の子っ……ほら、いつも一緒にご飯食べてる子!」


 ご飯……あ、まさか地味のことか。


「地味か?」


「そうそう、地味さん、地味さん!」


「それがどうかしたのか?」


「え、いやぁ……別に何でもないんだけどな……」


「は、はぁ……何でもないなら言うなよ」


「いや、そうじゃなくて! 何時も一緒だろ? 結構一緒に帰ってるみたいだし、ゴールデンウィークだって一回も遊ばなかったじゃん。その、なんか色々あるからてっきり体育祭も一緒かなぁって……?」


「まぁ、会う約束はしてるけど……それが何か?」


「うおぉ、お熱いね」


「なんだよ、その言いたげな顔……」


「いや、なんでもねぇ……とにかく頑張ってくれってことだ。じゃ、俺たち早速バスケの試合あるから! 先行っとくわ!」


「え、ちょっ――」


「またぁ~~」


 僕が追いかける間もなく、直ぐに消えていく二人。その背中を呆然と眺める僕は一人、教室に取り残されたのだった。






 しかし、どうしたものか。


 僕が出るクラス対抗リレーとバトミントンの試合はまだまだ先、午後の部だ。


 教室には誰もいないし、女子も男子もそれぞれ見たい競技の応援に行っている。地味のサッカーはもうあるはずなのだが……あいつ、昨日の別れ際に。


『あ、ありがとうございましたっ!』


『おう、別にこのくらいは何ともないぞ?』


『そ、それで……』


『ん、どうした地味?』


『あの…………わ、私の競技のことで…………』


『当日のか? 全然応援に行くけど……』


『そ、それで……応援には来ないでください‼‼ 絶対に‼‼』


『え……僕、行きたいんだけど……』


『と、とにかく絶対……ですっ‼‼ それでは、また‼‼』


 と颯爽と言い捨てて、すぐに走っていった。


 あれが本音と建前の裏返し、女の子特有のそれだったとしても顔は結構必死だったし……彼女に限ってそう言うことはないだろう。


 



 とまあ、そんなこんなで行く当てがない。


 出流と楓のやつを見に行ってもいいが……なんかムカつくし、あまり気は進まない。


「どうしたものか……」


 人が数人しかいない閑散とした教室。


 それに、ここの居心地は悪くはないが、さすがにずっと留まっているわけにはいかない。


 



 そう一人で考え込んでいると、ガラガラと引き戸が開く音がした。


 パっと開いたほうに目を向けると——僕は唖然とした。


「……地味、なんでここ、に…………」


「っ……」


 上下長そで長ズボンの学校指定ジャージ、合計18000円(税込)を着て、丸眼鏡を外していた地味がそこに立っていた。


「ぁ、ぁ……」


 漏れる声、どこか悲しそうで苦しそうな姿。

 思わず、僕は立ち上がった。


「……おいっ、どうした!!」


 涙ぐむ地味に向かって走り出し、身体を抱き寄せる。


 瞳からぽつりと涙を垂らす彼女、まさか――またあいつらがいじめを‼‼


「大丈夫かっ! 地味‼‼」


「っ——ぅ」


 そう思うと力が強まり、腕に力が入る。


 ぎゅっと思い切り抱きしめると地味が苦しそうに唸った。


 教室の数人が抱きしめた僕と抱きしめられながら涙を流し赤くなる地味の姿を驚愕の意で見つめているとも知らずに……羞恥もなく抱きしめ合っていると。


 地味が重い口を開く。


「……た、助けて……く、く…………ださいっ」




















次回、その19「体育祭2」。

 地味静香、成長の回!?



 


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