その17「ライトノベルと言えばこれでしょ?」


 そして、現在午前11時10分。


 僕たち二人は先の揉み合いも忘れたかのように歪みあっていた。



「おいおい、ラブコメならとらドラ! だろ!!」


「な、何を言ってるんですかっ‼‼ ラブコメジャンルならやっぱり……こ、これです‼‼ 絶対にさくら荘じゃないですか‼‼」


「いやぁ、確かにだ。確かに、その小説は最高に面白いけどなっ‼ でも、でもだ‼‼ ラブコメのラブという観点で一対一の恋愛が見れるこの作品は最高に素晴らしいとは思わないのか⁉」


「ち、違いますっ‼‼ そうじゃないですっ‼‼ 私が思うに……い、いや——一般的にラブコメで重要なのはコメの部分ですっ——それで考えるなら、絶対にさくら荘に掛け合いですっ‼‼」


「うぅ……地味ィ、お前……っ」


「うぅ……鈴木君っ……」


「じゃ、じゃあ——こっちはどう思う⁉ ローファンだ!」


「ろ、ローファンですか……それならやっぱりとあるシリーズじゃないですか?」


「と、とある? あぁ、あのよく聞くレールガンとかなんとかの……」


「っ‼‼」


 パシンっ!

 途端に飛んできた平手打ち。見事に僕の顔は90度反転し、頬はじんじんと痛みを帯びる。


「——ってぇ……な、何するんだよ‼‼ 地味‼‼」


「だ、だって……とあるはレールガンだって……言うから……」


「べ、別に間違えたこと言ってないでしょうが‼‼ 僕はただ知っている作品をっ」


「ま、まさか……とあるはレールガンしかないと思って……ます、ですか‼‼」


 興奮のあまり日本語がおかしいぞ。

 地味が鼻から白い息履いてるのなんて初めて見た、まるで暴れ牛みたいだ。


「あとは……いんで、なんとか?」


「い、いん……インデックスです‼‼」


 バコンっ!

 音を鳴らし、両足を地面に叩きつけ、地味は子供の様に地団駄を踏んだ。


「——あぁ、それ!」


「そ、それじゃないですっ‼‼ ほんと……なんでわからない……」


「ま、まぁ……そこは未開拓でな……」


「……あ、あ、呆れましたよ、鈴木君っ……。いつ……もアニメの話、ばっかりしていたので…………こ、のくらい、普通だと思ってました……」


「か、勝手に期待裏切られたみたいな顔されてもなぁ……」


「と——とにかくですっ‼‼ とある魔術の禁書目録を見たことも読んだこともないでアニメなんて――――語らないでくださいっ‼‼」


「んぐっ……悔しいがなんも言えない……」


「ふんっ!」


 やっぱり闘牛だな。

 ずんっと重心を落として、鼻息を吐き、仁王立ちする当たり、地味子じゃなくて闘牛だ。


「って……最初の話はどこ行きやがった! 僕が進めるならはたらく魔王さま! だな‼‼」


「うっ……あ、あれですかぁ……」


「な、何で不服そうな顔しているんだよっ……」


「私は……んん、微妙ですっ……」


「んなっ‼‼ クソ面白いだろ、あれは‼‼」


「……」


「まずはあの設定がだなぁ、凝っていなさそうで凝ってるところなんてもうゾクゾクしちゃうし、名前がまず面白い‼‼ そこからあの作品が始まるってわけだ!」


「……分かりません」


「んぐぁ‼‼」


 ストレートが過ぎる一言だった。

 真顔で、さも冷静に言われるとどうとも言えない。


「……」


「……」


 無言で睨み合う僕ら二人。

 音のない戦闘が繰り広げられていった中、突如。


 店内放送が鳴った。


「ラノベコーナーにてうるさいとの苦情が入っております。店内での話し声には十分注意してくださるようお願い申し上げます……繰り返します」


 結局、ラノベコーナーで体力を使い果たした僕たちは顔を真っ赤にして、本屋に併設された珈琲店へそそくさと向かったのだった。








 というわけで、珈琲店に来た僕たち。

 店員さんの粋な計らいなのか、外が一望できる窓際の席に座らせてもらっていた。


 笑顔でウインクとは……さすが珈琲屋、オシャレには目がないようだ。


 席に座り、適当にメニュー表を眺めていると年上の綺麗なお姉さんが僕らの元へ注文を取りに来た。


「いらっしゃいませ、ご注文は?」


「あぁ、えとぉ……地味はどうする?」


「え、ぁ……そ、そうです、ね…………お、オレンジジュースで」


「……僕は、ブラック、キリマンジャロで」


「ぁ————当店はキリマンジャロは扱っていないのですが……っぷす」


 こいつ、今。

 笑いやがったぞ。

 綺麗なお姉さんが堪え切れずに笑い出した。


「んあ」


「え、っと……ど、ど……どうしますか、ねっ?」


 堪え切れてねぇし。

 それに……目の前の地味もなんかクスクス笑ってるし‼‼


「……じゃ、じゃあ……僕は、その……アイスコーヒーで……」


「か、しこまり――ましたぁ」


 笑みを溢し、肩を震わして消えていくお姉さん店員、その後姿を顔を真っ赤に染めた僕は唖然と眺めていた。


「……ど、どうして……そんなこと……っ」


 いなくなると地味が一言。

 そんな彼女の言葉に僕の肩はビクンと揺れた。


「わ、笑うなよ……ちょっとやってみたかっただけだ……」


「っ……変なことやりたかったんですね……」


「だ、だめかよ……」


「いやっ……まぁ、その……面白いなぁ……と」


「っく……オレンジジュース飲んでるくせにっ」


「それはまぁ……あ、あんまり……コーヒーが好きじゃないので」


「下がおこちゃまなんじゃないのか?」


「……ちがいます……しんがいですっ」


「ははっ……地味のそう言っちゃって~~、まったく」


「ど、どっちも……どっちですっ」


「……まぁ、そうだな」


 そして、コーヒーが来てからのラノベの話も白熱して、より一層、地味との仲は深まったような気がする一日となったのだった。


 



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