その19「体育祭2 た、助けてください!」


「……た、助けて……く、く…………ださいっ……」


 

 抱き着いた地味から放たれた一言はこうだった。

 

「ど、どうした……っ」


「ぁ、ぁの……い、い、一点取ったら……すごく人がっ!!」


「……え」


 息を荒げながら言う地味。



 しかし、同時に僕は思う。



 言っていることと表情が一致していないぞ、と。


 一点決めた。地味はそう言ったのだ。それはゴールデンウィークに僕と地味が二人三脚で頑張った結果、しっかりと残す形で決めてくれたと言うことだ。


 それはいいことだ。誇らしいことだろう。


「た、助けて……ください!!」


「ぅぇっ……!」


 だが、だがだ。

 

 見てくれ、僕の体に縋り付く地味。


 その表情から見える悲壮感。言っていることが表情に合っていない。


 しかし、彼女の必死さ故、どうやら思っていることは本当のようだった。


 それに……胸がムニムニしすぎだ。加えて指摘だが……地味はもっと自分の体の成長具合を考えて欲しいな。


 まあ、毎度のことだがな。


「って……そうじゃない!」


「え? た、助け……て、くれない,んですかっ……」


「あ、え……あぁ違う違う! そうじゃないって!!」


「ぅ……ぅ、ほんとですかぁ……?」


「ぁぁ、もう。そうだって! だからな、こんなところで泣くなって!」


「ん……ぐすんっ……ぅぅ」


 そんな彼女の姿を横目にふと、後ろを向いてみると……そこには先ほどまでサッカーの一回戦を戦っていた女子が怒涛の勢いで走ってきていた。


 瞬間、背筋に悪寒が走り僕ですら腰が抜け落ちそうになったがなんとか持ち堪えて、泣き縋る地味の手を握る。


「っ……ぇ、はぇ!?」


「もう、ほらっ! こい!!」


 そして、その瞬間より僕と地味VSクラスの女子たちによる大駆けっこ大会が始まったのだった。


「っはぁっはぁっはぁ……ここまで、来たらっ……大丈夫っ……だろ」


「っはぁ……っはぁ……は、はいっ……」


「ふぅ……流石に、疲れたなっ」


「は、早いですっ……鈴木、くんは……」


 狭い密室に漂う熱い空気。


 そんな熱と走った疲れにうなされていた僕たちは体育館近くにある人一人入れる分のスペースしかない用具箱の中にいた。


「にしても……狭いな……」


「うぅ……うぁ」


「っ! じ、地味! 当たってるって!!」


「ひぇ!? あ……う、動けないっ……ですっ……」


「ちょ、わ、わかった! あんまり無闇に動くなっ!」


「は、はい……うぅ」


 しかし、当の僕たちは暑さどうこうよりも肌が触れ合う距離の方にドキドキしていた。


 もしや心臓の音すら聞こえているのでは? そんな要らぬ心配さえ生まれてくる。


「どこ行ったんだろ地味さん……」


「地味ちゃんの度上げしないといけないのに……」


「私、写真撮りたい!!」


 にしても、この人気ぶり。

 この前まで地味でクラスの影を担ってきた人間とは思えない。


 ちょうど胸元あたりで怯える地味に目くばせすると、凄まじい勢いで頭をブルブルと振った。


「ぁぁ! 揺らすな、地味!」


「っ……す、すみません」


 そんな音に外の女子は……


「今音が?」


「え、ほんとだ」


「どこから……」


 やばい。

 非常にやばい状況だ。


 このままでは僕が地味でウブな女の子を人目の少ない場所、さらに肌が触れ合うような密室に連れ込んできゃっきゃうふふしているクソバカ性欲変態認定されてしまう!


 いくら付き合っているとはいえ、流石に状況が状況だ。体育祭の最中に女の子連れ込んでいたら弁解の余地がない!


「っ」


「ひゃうっ!」


「う……ちょ、地味っ」


「わ、わたぃ……も、もれっ……」


「いいから、頼む‼‼」


「んん、んんんん‼‼」


 僕は急いで地味の口元を右手で覆った。

 んんん、と呻く彼女には申し訳ないが————ここで叫ぶのはやめてくれ‼‼


 ん、それに暖かく柔らかい気持ちのいい感覚がみぞおちに……おっふ。


 って、そうでもない‼‼


「ん、また音が……?」

「ねえねえこっちから聞こえない?」

「うわっ、なにこの用具箱怪しい〜〜」


 やばいやばいやばい。

 声が近づいてくる。外の様子は見れないがきっともう手前まで来てる!!

 

 ごめんなさい、お母さんお父さん。

 先立つ不幸————いや、先立つ刑務所入りをごめんなさい!!


 僕こと鈴木翔は地味で初心な女子高生を拉致監禁しきゃっきゃうふふしておっぱいを独り占めした罪に問われます!! あぁもう最悪だぁ、さようなら!!


 手に汗握る展開もここまでか、最後に地味の息遣いを聞けてよかった……と走馬灯が脳裏を駆け巡ったそのときだった。


「おいおい、何やってるんだ! お前たち〜〜! 決勝トーナメント出場したんだって〜〜!」


 陽気でちょっとダンディな声。

 そう、救世主。


 声からして……女子生徒に大人気なおじさん先生、数学科の吉村先生の登場だ。


「あ、先生!!」

「よっしーじゃん!」

「すごいっしょ、よっしー!!」


 途端にやっていたことも忘れ、離れていくクラスの女子。


 遠ざかっていく足音と声に僕はため息を漏らした。

 

「ふ、ふぅ……助かったぁ」


 ようやく熱気の篭もったこの密室からデレると思った最中。


 ふと、啜り泣く声がした。


「うぅ、うぅ……ぅっん…………」


「ん、あぁ……ごめん、じm……?」


 その瞬間、僕の口が急にしゃべるのをやめた。

 目の前には生まれたての小鹿の様に足をプルプルと揺らし、身体を丸める地味。


 さらに、その下。


 そこに答えは描かれていた。


「じ、じみ……?」


 そう言うと、地味は今にも泣きそうな顔をあげる。

 無言の圧。

 しかし、僕には十二分に伝わっていた。


 ど、どうすれば……いいんですか?


 きっと地味はそう言っている。


「……ぁ」


 刹那、鼻腔を刺激するアンモニア臭。

 再び、地味の顔を覗く。


 もはやダムは決壊していた。


 ————まぁ、二つの意味で。


 つまり、何が言いたいかというと……乙女である純粋無垢な地味っ子がお嫁に行けなくなったということだ。


 じゃあ、僕がもらってやろうか――――って、今はそんなこと言ってられないだろうが‼‼




「——おおおおおお、ま、待ってろ‼‼ 僕が、今っ、着替えを‼‼」


「——ま、待って……うぅ……」


「っいや、き、着替えないと……」


「わ、私も……お、おいて……いかない、で……」


 地味の頬に涙が一滴。

 未だにぷるぷると震えるその姿を前に、僕は一度深呼吸をする。


「ふぅ……はぁ……」


「な、ど……どぅ……するん、で、で……すか?」


「よし、掴まれ」


「ぇ」


「いいから、ほらっ!」


 そして、僕は彼女を抱きかかえる。

 跡が見えないように自らの腕を犠牲にして、その華奢でパツパツな身体を大きく持ち上げて——僕は全力で、保健室へ走っていく。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼‼」


「っ~~~~~~‼‼」









 昨日はサボってしまい、すみません!!

 次回、その20「気にしなくていいんだって、おもらしなんていつやってm——ひごふぁ!?」




 

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