その5「進級初日の試験」


「う……うぅ……うぅぅ……ん‼‼」


 僕の左隣、地味静香じみしずかが喉をぎゅるぎゅると鳴らしたのは——まさに先日の進級試験の解答が返ってきた直後の事だった。


「……ん、どうした、地味?」


「ぁ……ぁぅ、ぇ……て、てて、テストがぁ……」


 涙目を浮かべ、プルプルと小刻みに震えながら今にも崩れそうな顔をした地味。


 途端に僕の喉を通る生唾を感じ、ふと思う。

 食べちゃいたい、と。

 どうして君はそんなにもかわいいのだと、この前振られてしまったにもかかわらず思ってしまう。


 いや、別に別れたって言うわけではない! 彼女の事より知って、もっと仲良くなるための別れ……これは終わりの始まりっていうやつなのだ!


「……ぅぅ」


 おっと、失礼。

 本音が駄々洩れしてしまった……すまない。


「ぷるぷる……」


「……ん、ぇ?」


「あぁ、いや……なんでもない」


「ぇ……ん、な……n……?」


 おっと、またまた失礼。


 いやな、だってこの子めっちゃ可愛いんだもん!!

 ねえねえ見てよ、あの乳‼‼


 涙を浮かべた顔をこちらに向け、ポカンと口を頬けている地味の胸が震えた体の小刻みなリズムに合わせて、プルンプルンっと揺れている。


 揺れる度、真っ白で光沢な波が起こって僕の心の中にある何かを震わせるのだが……それは言わずもがな、男なら分かることだろう。


 そして何より、今にも崩れそうな顔‼‼


 若干恐怖しているのがこう、なんというか……心底グッとくる。文字通り、心の底からな!


 いやはや、今更なのかもしれないが——僕は少しSっ気があるのかもしれないな。


 


「——いや、何でもないんだが、ほんとに大丈夫か? 地味?」


「ぁ……そうだ……てて、テスト……が……」


「——テ、テストが?」


「ひ……ひひ、ひひひ……低い……ですっ」


 そう言い切ると、うるうるとした震わせた瞳をこちらへ向けながら、テスト用紙を見せてきた。


 そして、そこに書いてあったのは赤く書かれた2桁の数字。

 僕の脳裏に一直線で


【27点】


 知る人と知る、経験した人は数少ない赤点と呼ばれる数字。


 僕は一回もたどり着いたことない負の頂に彼女の答案は立っていたようだった。





 ――その日の放課後。


 僕たちは……いや、僕はなぜか……彼女の家に上がっていた。


「お、おじゃましま——って、え?」


「ど……どど、どうした……んですか?」


「え、いやぁ……なんで僕が地味の家に上がってるのかってな」


「私……その、一人、暮らし……だから……」


「そ、そうなのか……すごい、広いけど」


 おろおろと何の気なく僕を上げた地味曰く、一人で住んでいるらしいがその部屋はかなり広く、内装は1LDKとかなり豪華なものだった。


 一面の棚には本が並んでいるだけで、後はテーブルや電子レンジ、そして冷蔵庫と生活必需品だけの簡素な部屋。


 僕の部屋とは真逆で、ぐちゃぐちゃとしていないのが少々羨ましい。


「ひ、広くは……ないよ……べつに……」


「そうか? 結構だと思うぞ?」


 僕がそう言ったが彼女はそんなことはないと首を横に振る。


「ち……ちが……ぅ」


 ん、どうやら僕は勘違いしていたようだ。もっとこう芋っぽくて可愛いから、どこか田舎育ちなのではないかと思っていたのだが——この感じじゃどうもそんなわけはないらしい。


 僕が頭の中でいろいろと考えていると、地味は何かに気付いたかのように立ち上がった。


「……ぁっ、えっと……お茶、いれるから……待ってて、ください」


「あぁ、気にするなよ」


「……ん」


「……ふぅ……そっか」


「な、なに?」


「いや、なんでもないよ……こっちの話だ」


「……ぅ、んっ」


 こくりと頷くと地味はキッチンへ消えていく。




 それから数分が経ち、リビングにて待っている僕に彼女が麦茶を入れてトレイに二つのコップを持ってきた。


「ありがと……」


「ん……大丈夫、です」


 そう呟いて、地味はもう一度頷いてキッチンへトレイを戻しに行った。


 すこし冷えた空気に包まれながら口へ運ぶキンキンになった麦茶。くっと喉を通り、胃へと溜まっていく。


「それで、地味……明日の追試の事なんだが、僕でいいのか?」


「……う、うん……わ、私は馬鹿だから……教えてほしい……ですっ」


「まぁ、地味がそういうならそうさせてもらうよ……とりあえず、教科書開いてくれ」


 そう言って、僕たち二人。


 付き合ってもいない地味子と僕の男女は地味の家にて開催された第一回テスト勉強会に出席したのだった。



 続く 次回、その5②「結局、勉強してなくない?」

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