その4「感触」
「……あんた、どうしたの?」
母親からの心配の視線から察するに僕の顔がひどかったのは言わずもがなだろう。
まったく、普段は明るい僕がなぜ、こうも気分が落ち込んでいるかというと——原因は遡るまで十数時間前。
そう、昨日の休み時間だ。
僕はいじめられていた地味をなんとか助け、取り戻したと言うのにまさかの一言で僕たちの恋は終わったのである。
「いや……彼女にフラれただけだから、大丈夫」
一目惚れした相手、世界一可愛い女の子、
昔は口癖のように「リア充は爆発して散れ」と言っていた頃が懐かしい。恋愛というものがこうも難しいことだとは思わなかった。
我ながら未熟、まだまだだ。
「あんた……彼女のなんていたの?」
「え、まぁ、一昨日告白したというか……」
「へぇ……あの、あんたがねぇ……ぐすっっぷぷ」
さすが母さん、涙浮かべて……って、ん?
笑い声が聞こえたのだが……これは気のせいだろうか?
「?」
「はははっ……あんたが、彼女……ここは夢かしら……あぁ、そうねきっと私、疲れてるんだわ……こんな芋男子に彼女なんてできるわけない、そうよ、できるわけないんだからっ‼‼」
「おいおい、空耳か? 実の息子だぞ、僕。『こんな芋男子に彼女なんてできるわけない』って聞こえたんだけど?」
「もしかして、私がそれを望んでいる? ま、まさか、この子に彼女なんてできるわけないの! 私が一生もらい受けるに決まっているのだからね、婿として私の息子を――」
「……ひどいのか、ひどくないのか分からんぞ」
重度の息子好き、ソンコンとでも言っておくべきだろうか。
誰がこんな親と付き合ってやるのか……今朝も父さんの頬にキスしてイチャイチャしてただろうが、まったく。
「……もう行ってくるよ」
「え、待って――翔ちゃん!」
「わぁっ——もう、やめっ、くっつくんじゃねえ‼‼」
「待ってよぉ~~振られたんでしょぉ~~私でもいいじゃないのぉ~~‼‼」
「嫌だ、母さんには父さんがいるだろうが‼‼」
「……むぅ。あの人、最近竿の調子が悪いのよ……昔はこうもっと、突き上げてくれてね、それはもう気持ち良くて~~」
「あぁ、もう‼‼ 息子の前でそういう生々しい話はやめろ‼‼ 近所にこけたらどうするんだ‼‼」
「いいじゃない、私とあんたの仲じゃない‼‼」
「息子と母親だ‼‼ 近親相姦とかきもいから、マジどっか行けやがれ‼‼‼‼」
腰に纏わり付く母親を何とか振り払い、大急ぎでリュックを背負って玄関をけ破るように飛び出したのだった。
「んでさ、僕の母さんがなぁ~~」
「へ……へ、そうなん、ですね……優しい方……で」
「ははっ……まったく、僕はああいううるさい人が嫌いなんだよな。母さんだから付き合ってあげてるけど」
「……う、うらやましいです」
「そうか? 地味みたく魅力的な体をしているし、綺麗だとは思うが……性格が気に食わん。というか、母さんのせいでああいうタイプの人間が嫌いになったまであるなぁ……」
「……」
「ん、地味? どうした、地味?」
「……っ」
返事がないのに気づき、隣へ視線を移すとそこに居た彼女はいない。
急いで振り返り、歩いてきた道へ視線を向けるとそこには数歩前で固まった地味が立っていた。
「お、おい……どうしたんだ、地味っ」
近づき、顔を覗くと————途轍もないほどに紅潮した顔。
今にも火山が噴火しそうなくらいに熱を帯び、煙を噴き出す彼女。
「ぁ……ぇ……ぃ……あ、ぁ……んんっ‼‼」
よく見ると口がパクパクしている。
ぷっくりした桃色の唇が可愛くて今にも触りたくなr————じゃなくて! 心なしか、肩も小刻みに震えている気がする。
「……み、みみ……みりょ、魅力的……な、なんで、なんですか……っ~~~~‼‼」
「え、ど、どうしたんだ? 地味? 魅力的がどうしたって?」
「み、みみみ、魅力的っても、もう一回言った……」
「あ、あぁ、地味は魅力的だと思うぞ? 可愛いし?」
まあ、特にその巨乳が——おっと失礼、こっちは男の本音じゃなくて、建前だ、建前! そうだ、嘘だ……嫌ほんとにおっきくてモミモミしたい――じゃない‼‼
だめだ、昨日振られたし……手を付けてはいけないぞぉ‼‼ 僕の純なる心よぉ‼‼
「か、かかか……可愛い、可愛いって……あぁ、あぁぁあぁぁx……そんな!」
「え、可愛いぞ?」
「きゃ――!? か、かかわあわわわいいいいいいいい‼‼‼‼‼‼‼」
ん、どうしたんだ、急に地味のやつ。
なんでここまで叫んで、赤くなって…………あ?
「まさか、地味……照れてる?」
「んんっ——————!?」
図星すぎるくらいに大袈裟な声。
朱に染まった頬と小さく響く可愛い悲鳴。
そこで僕は思いつく。
「なぁ、地味ぃ……?」
地味の小さな肩に手を当てて耳元でこう呟く。
「可愛いぞっ」
「っ~~~~!? にゃ、ななな、なん、何言って……ぅう」
プルプルと肩を震わせながら揺れる彼女。
なんて可愛いんだと思いながらももう一回と——「可愛い」と言った僕は地味にお腹をポコポコと叩かれたのだが……胸のあまりにも柔らかく温かい感触にそれどころでもなく、どうにかなりそうだったことだけは——僕の秘密にしよう。
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