42話 無事

「なんだったんだ、あいつ。お前の同期って言ってたけど……。わざわざ、お前に自慢するために来たのか?」


 廊下に出て分かったことなのだが、俺達が眠っていた場所はビルのような構造だったようだ。しかも、街中にあるようだ。窓からは全国に展開しているショッピングモールの看板が昼間にも関わらずに輝いていた。

 それに負けじと、俺が立っているこのビルも一際大きな敷地を保持しているようだ。すぐ下には中庭が開けており、看護師や患者が日光を浴びて気持ちよさそうに歩いていた。


 川津 海未を探すために俺は階段を降りながら、ガイに答える。


「それだけ凄いんだよ、彼女は。【特殊装甲】を任された時もこんな感じだったな」


 樋本ひもと 聖火せいかが【特殊装甲】を任された時も、24時間、俺に事あるごとに見せつけてきたっけな。「なんて重いのかしら。と言っても、物理的に重いんじゃなくて、精神的に重いだけなんでしょうけど。これは付けてみないと分からないわ」みたいなことを延々と聞かされていた。


「そりゃ、嫌なヤツだな」


「でも、実際に努力してないわけじゃないから。単純に俺が嫌われてただけだと思うよ?」


「はっ。ま、人は人ってことで。俺達は俺達なりの方法で【ダンジョン】を見つけようぜ?」


 俺達は俺達なりの方法で、か。

 その結果がこれじゃないのか?


 今回は偶然、子供たちを守れたから良かった。でも、もしかしたら、その子供たちを俺が手に掛けていたかも知れないんだ。


 それにコウモリ男と戦った時もそうだ。

 結局、立花りっかさんがいなければ、俺は倒すことも、その存在を知ることもなかった。

 俺のやり方は間違えているのではないか?

 そんな考えが泡のように浮かんでは弾けを繰り返す。

 樋本ひもと 聖火せいかは、【英傑班えいけつはん】の副班長にまで上り詰めているというのに――。


「……」


「どうした? 元気ねぇな。はっ、さては同期が出世したからって余計なこと考えてんな、リキ」


「ああ……、ちょっとね」


 暴走による勝利の嫌悪感と同期の出世による劣等感。

 一度芽生えた二つの感情が――俺の心を蝕んでいく。


 侵蝕しんしょくから逃げるように足を動かし玄関に向かう。

 外にスリッパのまま外に出ると太陽が俺の顔を照らした。

 あまりの眩しさに手で目を隠す。

 

 俺はこの病院に見覚えがあった。ここは【ダンジョン防衛隊】が管理している病院の一つであり、立花りっかさんが務めている本部の近くだった。

 なるほど、だから樋本ひもと 聖火せいかがいたのか。【英傑班えいけつはん】の副班長ともなれば、本部に呼ばれることもあるだろう。


 冷たい風が頬を撫でる。

 その手はお前は無能だ、何をしても無駄だと告げるような冷たさだった。自分が世界から必要とされていない。いや、世界なんて大げさなものじゃない。

 周囲の人間からも必要とされていない。

 現実の――冷たさだった。


 ガイだって、俺じゃなくて立花りっかさんや宗源そうげん カナメと一緒に戦った方がいいはずだ。


 そう思っているのにガイに伝えようとは思えない。

 きっと俺がガイの力に縋ってるからで――。


 風を受ける俺に話しかける声があった。


「あ、リキ先輩! 目、覚ましたんだね。良かった~。心配したんだよ! 一体なにがあったのさ!?」


 俺を呼んだのは川津 海未だった。

 運動用のシャツを汗が色濃く滲ませていた。

 俺達がどれだけ心配をしていたのかは知らないのだろう。だが、いつもと変わらず元気な川津 海未を見て俺は少し安心する。

 良かった。

 俺達が手に掛けたわけじゃなかった。


 川津 海未にガイが言う。


「心配したのはこっちの台詞だぜ! 全く、こういう時は大人しく寝てろってーの」


「そんなこと出来ないよ! だって、知らない内に【魔物モンスター】に襲われたんでしょ? 自分が情けないよ」


「お前――覚えてんのか?」


「ううん。話で聞いただけ」


 川津 海未は汗を拭って続ける。


「なんでも黒い鎧の【魔物モンスター】が、私たちを襲おうとしてたんだよ! そこを【竜戦りゅうせん英雄えいゆう】が助けてくれたのよ!」


「そ、そうなのか……?」


「他に【魔物モンスター】がいたとか聞いてない?」


「うん。私が聞いたのはその一匹だけだよ」


「……」


 となると、俺達は植物男とドラウを倒せたのだろうか?

 いや、操られていただけの植物男はともかく、ドラウがそう簡単にやられるとは思えない。あの奇人は絶対に生きている。


「にしても、【竜戦りゅうせん英雄えいゆう】ってやべぇな。傍証状態の俺達を倒したってことだろ?」


「うん。でも、こうして俺達が治療受けられてるってことは、多分、正体はバレてないと思うけど……」


 もしも、宗源 カナメの手で俺達が負けたのであれば、正体がバレてここで治療など受けさせて貰えていないはず。

 拘束され閉じ込められて尋問されるのは確実だ。

 ということは、逃げることには成功したが、途中で倒れたところを助けられたってことか。【ダンジョン防衛隊】にとって、俺も植物男に狙われた被害者の1人という訳だ。


 今回の一件は全て――運が良かっただけの話。

 俺の実力などどこにも関与はしていない。


「なになに!? なんの話してるの?」


「いや、俺はなにも出来ない人間だなって話だよ」


「何言ってるのさ! 役に立ってないのは私だよ! だから今度は【魔物モンスター】に狙われても意識を失わないようにトレーニングを続けてるの! 私に休み暇はない。燃えているんだよ!!」


「燃えてんなー。そのやる気、リキに分けてやってくれよ」


 捻くれた考えをする俺にガイが言う。


「え、どうかしたの?」


「いや、それがよ」


 川津 海未の質問に答えるようにガイが説明する。

【黒い鎧】こそ俺達であること。その状態になると意識を失い、破壊衝動にのみ付き従う暴走状態になるということ。

 そしてつい先ほど、同期である樋本ひもと 聖火せいかが現れたこと。


 話を聞き終えた川津 海未は目を輝かせる。


「え! 【英傑班えいけつはん】の副班長がここにいたの! うわ、大人しく寝てればよかったよ! トレーニングなんてしてる場合じゃなかったよ!」


 会えなかったことが余程悔しいのか、子供のように地団駄を踏む。


「あん? 【英傑班えいけつはん】のこと、海未は知ってんのか?」


「知ってるも何も、私、最初はそこに入りたくて、【門扉クローズダンジョン】に行ったんだよ!」


 そう言えば初めて会った時、憧れている人がいると言っていた気がする。

 その人物こそ【英傑少女えいけつしょうじょ】だった訳だ。

 いや、憧れているならばちゃんとした手順で【ダンジョン防衛隊】に入隊すべきだと思うが、その過程を付き飛ばして会いに行くあたり、川津 海未らしいか。


「それに使うと暴走する【天使てんしはね】! いやー、そんなものいつ手に入れてたの? 私に全然説明なかったじゃん!」


「いやーよ。これは元々、俺が持っていたんだよ。それに暴走するのは経験してたからな。あんまり人に言えるもんじゃねぇんだよ」


「ふん? でも、最初から持って使った経験あるなら、なんでその【天使の羽】は消滅しないの?」


「さーな。何故か消えねぇんだ。羽一枚しかないのに、俺達の消耗に耐えうる力を持ってるのかもな」


「ふーん。ようするに、それだけ強力ってことだね!」


 自身の持つ疑問に納得できる着地点を見つけたのか、川津 海未は笑顔で何度も頷いた。


「何気に私、【スキル】以外のガイ師匠の異世界話初めて聞いたかも!」


「そうだっけか? ま、俺は過去は振り返らないタイプだからな。リキとは違って」


 ガイは口に手を当てて意地悪く笑った。


「なんとデリカシーのないことを……」


「本当のことだ」


 川津 海未とガイは二人並んで病院の中にへと入っていった。

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【ヒーロー追放】防衛隊から追放された俺、「ざまぁ」そっちのけで世界を守っていたら、後釜の防衛隊員に復讐を誓われていた @yayuS

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