41話 英傑班


「嘘つき! 僕の村を守ってくれるっていったじゃんか!」


 少年が涙を浮かべていた。

 その視界に映るのは、消滅した自然。

 山は削れ、川は消え残されたのは巨大なクレーターだった。


 そうだ――ここには小さな村があったんだ。

 人々が暮らしていた家は消え、そこには何も残っていない。


「俺は――ごめん」


 約束したのにな。

 俺がこの村を守るって。

 なのに――村は消えた。


「悪魔が、悪魔がいたんだ。黒い鎧が」


 少年は言う。

 この光景を生み出したのは黒い悪魔だと。





「おい、リキ、目ぇ覚ませよ。リキ!!」


 俺はガイの呼ぶ声で目を覚ました。閉じていた意識に差し込む様に瞼を通じて光が目を差す。片目を開きゆっくりと光に視界を慣らす。

 白いタイル張りの天井。

 俺の視界に飛び込むようにガイが顔を覗かせた。


「ガイ……。あいつらは? あいつらは倒せたのか?」


 俺は額を押さえて想起するが、記憶に残っているのは【天使の鎧】を使うところまで。

 そこから先は何も覚えていなかった。

 意識を維持出来ない暴走。

 ガイも俺と同じようで首を振った。


「さあな。でも、救うべき相手・・・・・・には、手を出さなかったみたいだぜ?」


 ガイが首で何かを示す。

 俺は身体を起こしてその方向を見る。ガイが示した先にはベットで眠る子供達がいた。皆、気持ちよさそうに布団を被り眠っているようだ。


「この子達は……」


 俺はこの少年少女達に見覚えがあった。

 やる気を刺激され餌として利用された子供達・眠ってはいるが、大きな怪我はしていないようだ。


「良かった……」


 俺は傷付けていなかった・・・・・・・・・・・

 ガイが異世界より持ち込んだ無機物。

【天使の羽】

 見た目こそ美しいがその力は全くの逆だ。

 俺の中に眠る破壊の感情を増幅させ意識を奪う。その結果、本能に付き従う【魔物モンスター】に変わってしまう。


 記憶のない俺は事後で顛末てんまつを知るしかない。

 俺が【天使の羽】を初めて使った時は、山が消え湖が生まれた。

 地形すらも変える力は――俺には使えないらしい。


「にしても、なんで駄目なんだろーな。俺1人の時は普通に使えたんだけどさ」


「やっぱり、俺が弱いから……」


 ガイは今でこそ俺と協力をして【魔物モンスター】と戦っているが、元々、異世界では1人で戦えていたらしい。


【無機質な記憶】


 生のない物体の記憶を読み取り自身の体に再現する力は、確かに強力な効果と言えよう。

 だが、今はその身体がガイはない。

 だから、俺を依り代として使用しているのだが――。

 俺が弱いから扱えないんだ。


 だが、自分のせいだと考えているのはガイも同じだった。


「んなわけねーだろ。俺がこんな身体になっちまったからだって」


 そう言って背中の針に触れようとする。

 だが、短い手足では自分の背には届かないことに気付いたのだろう。ぐるりと球体になって俺の腹を転がり回る。


「あーあ。こんなことなら、ルーファにもっと話聞いときゃ良かったぜ」



「ルーファ? それって【天使の羽】の持ち主のこと?」


「ああ。まあ、元の世界の相棒ってとこだ。あいつ、あんまり自分のこと話さなかったからなー。俺もそんなに興味なかったし」


「へぇ……」


「なんだよ、あ、もしかして、俺のかつての相棒の話を聞いて嫉妬してるな? 安心しろ、今の俺にはリキしかいねぇ! だから、安心してくれ!」


 丸まったまま器用に跳ねる。

 うん。

 こっちこそ安心してくれ。

 俺は別に嫉妬などしていない。


 ただ、単純にあの衝動はなんなのか。

 それが聞きたかっただけだ。

 自分の内に眠る黒い衝動。

 自分で自分が分からなくなる。


「……ところでよ、俺、なんか忘れてる気がすんだけど、なんだと思う?」


「そう言われると、こっちまで何か忘れてる気がしてくるじゃないか」


 意識を失っていたから余計そう感じるのかもしれない。

 俺はベッドから立ち上がって周囲を見る。駄目だ。なにも思い浮かばない。未だに回転が鈍い頭を振るって集中しようとするが効果はなかった。

 ガイは顎に手を当て考える。


 二人そろって黙った後に、忘れていた何かを思い出す。


「「川津 海未!」」


 同時に答えに辿り着いた俺とガイ。

 そうだ。

 この場所に意識を失った子供たちがいるのであれば、同じく被害者である川津 海未がいないとおかしいではないか。

 薄暗い病室だが、流石に見落としはしない。


 なら――考えられることは一つ。


「まさか……俺達が暴走した時に……」


「馬鹿! 暴走してても俺達があいつを手に掛けるわけねぇだろうが! 寝言は寝て言え! もう一回寝かしてやろうか?」


「俺だってそう思いたいけど――」


 記憶がないのだから、絶対とは言い切れない。

【天使の鎧】なのに悪魔の証明だ。


 それに川津 海未の性格から考えると、俺達が暴走していると分かれば――身体を張って止めるだろう。


「とにかく、探しに行こう!」


 俺は病室から出ようと扉に急ぐ。

 扉を開くために手を伸ばした時――病室の扉は勝手に開かれた。


「海未か!?」


 このタイミングだ。

 川津 海未かも知れない。

 ガイが期待で声を上げる。

 だが――そこに立っていたのは川津 海未では無かった。

 金色の髪をツインテールにした猫目の女性。

【ダンジョン防衛隊】の隊服を身に包み、俺のことを見下していた。

 尚、この表現は比喩ではなく物理的に見下ろしているのだ。男性の平均身長な俺より数センチほど高い。


 見下す表情は鋭く俺に言う。


「あら? 今、そのハリネズミが喋ってなかった?」


「……今、喋ったのは俺だよ。それよりも、久しぶりだな――樋本ひもと 聖火せいか


「やれやれ、気安く名前を呼ばないで貰ってもいいかしら? コレ・・が目に入らないの?」


「と、悪いな。今の俺は何も目に入らないんだ。話はまた今度、ゆっくりしよう」


 久しぶりの同期との会合だ。

 少しくらいなら話に付き合うのが世間一般の礼儀であろうが、今は礼儀など気にしている場合ではない。

 川津 海未を探すのが優先だ。


 俺は入口に立つ樋本ひもと 聖火せいかの横を抜けて廊下に出る。

 俺と身体がすれ違う瞬間に、俺の袖を掴み脇を締めて引き寄せる。身体の位置が入れ替わり、そのまま壁に背が付いた。

 そして、顔の横に「バン!」と樋本ひもと 聖火せいかの細く白い腕が突き出された。

 

 これは……壁ドンというヤツか。


「……壁ドンなんて、今どきやる人いるんだね」


「ええ。勿論。私たち【英傑班えいけつはん】では日常茶飯事よ」


「これが日常って……」


 どんな班だよ、その【英傑班えいけつはん】って……。

 いや、ちょっと待て。

 英傑ってまさか――。


「ふふ。気付いたみたいね。私がいるのは【英傑少女えいけつしょうじょ】が率

いるチームよ。脳内菜園が得意なあなたでもその凄さが分かったかしら」


「……なんだよ、脳内菜園って」


「そんなのそのままの意味に決まってるじゃない。実際の苦労から逃げて、妄想で植物の成長を楽しんで、スーパーで買った植物を我が子のように食べる異常者ってことよ」


「それは確かに異常者だな。それ以上に……お前の異様な想像力に俺は驚くよ。四文字に随分な意味が込められてるんだな」


「あら、それは四字熟語の意味を教えてくださいって言ってるのかしら?」


「違うよ! 想像が捻くれてるなって嫌味だよ!」


 俺は樋本ひもと 聖火せいかが苦手だった。

 マイペースさならば、川津 海未も負けていないが、この高圧的で自信家なところは俺にないから羨ましい。

 って、そうだ。

 だから、早く川津 海未を探さなければ。


「悪いな。もうちょっと話していたい気持ちはあるんだが、見ての通り急いでるんだ。だから、その――開放してもらってもいいか?」


 顔が近いし、いつまでも壁ドンされているのは恥ずかしい。

 俺の言葉に樋本ひもと 聖火せいかは、


「そう……。じゃあ、最後に――」


 と、俺の顎に手を当てて顔を近づける。

 壁ドンの次は顎クイか。

 お前は少女漫画の住人かと言いたくなるが、しかし、その美貌はそう言っても差し支えはないと俺は自動判別してしまった。

 耳元で囁くように言う。


「コレが――目に入らない?」


 グワン!

 顔を凄い速さで捻られた。

 顎クイよりもアイアンクローに近い格好で俺は、樋本ひもと 聖火せいかの肩に視線を向けられる。 

 そこについていたのは黄色い腕章。

 どうやらこれを見せたかったらしい。


「……副班長の証」


「そう。つまり私は【英傑班えいけつはん】で二番目に強いのよ」


【英傑班】。

【ダンジョン防衛隊】に勤めていなくても彼女たちが何をしているのかは、ほどんどの人間が知っているだろう。


門扉クローズダンジョン】の防衛。


 それが【英傑少女えいけつ】に与えられた使命だった。そして、彼女が指揮するグループもまた同じ使命に付いており、【ダンジョン防衛隊】の中でもエリートだけが集められていた。


 その中で一番ってことだろ。

 同期であるはずなのに、片方おれはクビになり、片方せいかはエリート街道まっしぐら。

 本当、社会ってのは分からない。

 でも、俺がしたいのは出世じゃない。

 人々を守ることだ。

 そう思ってこれまで戦ってきたけど――なぜだろう?

 今の俺には樋本ひもと 聖火せいかの出世が酷く妬ましい。


 そんな俺の心を見抜いているのだろう。

 樋本ひもと 聖火せいかは余裕の笑みを浮かべる。 


「で、あなたは今、どこの班でどの階級にいるのかしら?」


「俺は今――無職なんだ」


 俺が【ダンジョン防衛隊】をクビになったことを知らなかったのだろうか?

 猫目を丸くして驚く。


「無職って!! あなた、本当にそれでいいわけ!?」


「俺はいいと――思ってたんだよ」


 俺はそう言って樋本ひもと 聖火せいかの腕を潜る。

 なにか言い返してくると思ったが何も言わず、ただ俺の背を見つめていた。

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