32話 引力に狂う

 俺は望月 朝日と並んで廊下を歩いていく。

 相変わらず電気代の節約に励んでいるのか、薄暗いままだった。果たして一体いくらの節約になっているのだろうか?


 そんなことを考えながら歩いていると、他の隊員達とすれ違う。 

 皆、疲労しているようだが、中には俺達に「がんばって」と声を掛けてくる隊員達がいた。一体、俺が何を頑張ると言うのだろうか?

 俺を誰かと間違えてるな。

 ここ最近のイレギュラーは【開発部隊】にも大きな影響を与えているようだ。


「ここが私の研究室です」


 望月 朝日に案内されたのは佐々木さんがいる中心部ではなく、彼女自身の部屋だった。


 前回、【回復涅リペアスライム】の暴走で破壊された壁は修復されており、ちゃんと部屋としての機能が維持出来ているようだ。


 中に入ると扉が開いた動きに乗って、フローラルな香りが流れてくる。

 女の子が生活してると匂いまで変わるんだな。


【磯川班】では汗と鉄の匂いだけだったな。そんな【磯川班】も――もうないのか。

 なんで、あの班だけ消えたのか――いずれ調べた方がいいかもな。

 ここから近いし、後で現場に行ってみるか。


 部屋に入ると「あの……良ければ座って」と部屋の片隅に置かれたソファを「ぽんぽん」と叩いた。

 普段はデスク作業の合間にここで休憩しているのだろうな。

 可愛らしいピンクのソファは俺を優しく受け止める。


「じゃあ、私も……」


 ちょこん。

 望月 朝日は俺の隣に座った。

 うん?

 てっきり対面になるようにデスクに座ると思ってたんだけど……。

 距離近くない?

 しかも、スカートが短いからか、上からみるとかなり際どい気がする。

 陰が俺の視線を吸い込もうとするんですけど!?


 自らが引力を発していることを自覚していないのか、望月 朝日は普通に話を始める。


「そ、それで、今日は何しに来たの? 素材を売るためじゃないって佐々木班長が言ってたけど……」


「まあ、そうだね」


「じゃあ、ひょっとして、私の開発した【回復涅リペアスライムかぶと】についてだったりするかな?」


「うん。それもあるね。その件はとても助かってるよ、ありがと」


 俺は視界をなるべく天井に移しながら礼を言う。

 上を見たまま頭を下げるからまるで、神様にでも祈ってるかのようになってしまった。

 望月 朝日神様。

 字ずら的には違和感ないな。


「本当!? 良かった……。こ、今度、データ取りに行かせてくださいね」


「是非!」


 俺の返答に「よし!」と望月 朝日は拳を握って立ち上がると、デスクに開かれたパソコンに何やら打ち込んでいく。


「次のデートの予定を取り付ける。クリア!!」


 ふふ、ふふふと笑いながらパソコンの画面に頬を擦り始めた。

 おお、興奮してらっしゃる。

 そりゃそうか。

 研究者に取ってデートって大事だもんな。

 貴重なデートを得られるとなれば興奮もする――って、え、今、デートって言ったか?


 いやいやいや。

 そんなわけないか。話の流れからして普通に考えればデータだろうが。なんだよ、デートって。

 どんな考え方すればそうなるのだ。

 望月 朝日の引力は俺の思考すらも狂わせたらしい。

 俺は自分を取り戻すためにも要件を切り出す。


「じ、実はさ。その他にもちょっと、お願いがあって」


「お願い!? なんでも、なんでも言って!!」


 再びソファに戻る。

 勢いよく戻ったからか、より、距離が近くになっていた。

 俺、平常心。


「あのさ、例えばなんだけど、【扉《ダンジョン】内で自由に動けたり、強制的に開いたりする装置とか――ないかな?」


 それがあれば――川津 海未の目的を叶える手段になるかも知れない。

 異世界に消えた人々を救うことが出来るかもしれない。

 だが、俺達が考えることは既に他の人が考えているようだった。


「開発はしてるんだけど――まだ、実戦では……」


「そっか、そうだよね……」


「何か――お困りですか?」


「まあ、ちょっとね。でも、話が聞けただけでも良かったよ、ありがと」


 俺は隣に座る望月 朝日に頭を下げる。

 開発が進んでいるなら、俺が口だしすることではない。

 俺は俺の方法で異世界で活動する方法を模索するだけだ。

 しばらくはそれが当面の目的になりそうだ。


 要件を終えた俺は、これ以上自分を見失わないためにも直ぐに帰ろうと立ち上がる。


「え、もう帰るんですか?」


「ああ。ちょっと行きたい場所が出来てね」


 そう。

 これは別に嘘じゃない。

 ここから【磯川班】の駐屯地は遠くないからな。立花りっかさんの愛車の一台であるバイク(CRF450)で行こうと思ってたのは事実だ。


「あ、そう……なんですか」


 顔を俯かせる望月 朝日。


「あ、でも、折角だから、佐々木さんにも挨拶していこうか」


 電話だけで顔を出さないのは流石に失礼か。

 佐々木さんも大変そうだけど、挨拶くらいはしておこう。


「わ、私も行きます!」


「パァ」と顔を明るく染めて、部屋を出ていく。

 そんなに俺と佐々木さんが会うのが嬉しいのか?


 ……そうか、分かったぞ?

 俺を使って自分の研究の成果をアピールしたいのか!

 白丞しろすけさんが元より持っている第六感を強化しているとは言え、【未来予知】だからな。

 これが本格始動したら一気に開発費が出るのは間違いない。

 そりゃ、科学者冥利に尽きるんだから、嬉しくなるのも当たり前か。


 俺達は部屋を出て駐屯地の中心にへと移動する。

 佐々木さんは、炉の前で男性の隊員と話していた。

 取り込み中か。

 やっぱり、忙しいんだな。

 俺は少し離れて話が終わるのを待った。距離は少し離れているが2人の会話が聞こえてくる。


「お主……今日は来ていいのか? しばらく、休めと行っただろうに」


「でも、何かしてないと落ち着かなくて……」


「だからと言って、仕事など出来る訳ないじゃろうが。こっちは儂らに任せて自分のことに集中せい」


「わ、分かりました……。ありがとうございます」


 振り返る男の顔は酷くやつれていた。

 元々が痩せているというレベルではない。顔は青く血流の動きが悪いのだろう。目の下も大きく黒く腫れている。睡眠もロクにしてないのが一目で分かる。


「あの人――なにかあったの?」


 俺は隣にいる望月 朝日に聞いた。


「うん。なんでも、子供が行方不明になったんだって」


「行方不明?」


「しかも、それがあの人の子供だけじゃなくて、他の所でも何人か子供がいなくなってるんだって」


「子供が同時に行方不明?」


 その言葉に真っ先に思いつくのは【魔物モンスター】の存在だ。

 人間がこのご時世に引き起こすと思えない。そう考えるのは誰しもが同じようで、「で、でも、【魔物モンスター】の反応はどこにもないの」と、望月 朝日が言う。


「なるほど……。だから、【ダンジョン防衛隊】も動けないんだ」


 根拠がないのに手を裂くことはない。

 普通の事件となればその領分は警察だと言い切っている姿が目に浮かぶ。


「でも……もうじきそうも言ってられなくなると思うの」


「それはどういうこと?」


 言い難そうに声を潜める望月 朝日。


「実はその家に落ちていた【葉】があるんだけど……」


「【葉】?」


「うん。その【葉】が実は――この世界のもの・・・・・・・じゃないかもしれないの。まだ、完全に解析が終わってるわけじゃないんだけど」

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