24話 本気で注意

 落ち着きを取り戻すために、立花りっかさんは浴室に戻り衣服を身に着け、俺と川津 海未は部屋の片付けに精を出した。


 10分後。

 ある程度片づけを終え、テーブルに座り紅茶を啜る三人。「ふう」と、一口呑み終えると立花りっかさんが話始める。


「ふむ。それで、君たちはどこに言っていたんだ? ま、ままま、まさか、ふ、二人でデートかな?」


 カチャカチャとカップを揺らしながら問う。

 本人としては平静を装っているつもりなのだろう。表情こそクールなままだが、手の震えが隠せていなかった。


 全く。

 俺の保護者代わりとして心配しているのだろうが、そこは余計なお世話だ。

 もっともデートをする余裕など今の俺にはないけどな。

 とはいえ、素直に【ダンジョン】を探してたと言えないし……。なんて答えるのが正解なのだろうと顎に手を当てると、俺よりも早く川津 海未が答えた。 


「いや、なんで私がこの人とデートしなきゃいけないんですか!」


「さっき、身体見せるとか言ってたのに、ここは冷たいんだ!?」


 身体を見せる決意をしていたのに、デートと思われるのは嫌なのか。

 違いが良く分からないな……。


「そんなの冗談に決まってるじゃん! そんなことも分からないほど下心に支配されてるの?!」


「されてないよ! その1人相撲な言い掛かりやめてくれないかな?」


「か、身体見せて1人相撲って……!!」


 川津 海未は、「きゃあ」と頬を手の平で覆って顔を隠す。

 呆れた俺は立花りっかさんに視線を戻した。


「ま、まあ、仲良さそうで、うん、まあ、安心したよ」


「それより――立花さんが帰ってきてるの珍しいですね」


 立花りっかさんは複数の班を纏める隊長として、基本は本部に泊まり込んでいることが多い。

 休日も家に帰るのが面倒だと帰ってこない人間だ。

 そんな立花りっかさんがこうして帰宅していると言うことは、なにか行き詰まったと言えるだろう。

 俺の予想通りに神妙な面持ちに変わる。


「まあ、な」


「結構深刻そうですね」


「ああ。実はだな……。いや、君に話していいか悩むが――。しかし、君も無関係とは言えないからな」


「俺が無関係じゃない?」


 俺は何か立花りっかさんを困らせることをしてしまったのだろうか?

 クビになっても迷惑を書けるとか、ある意味才能があるな。


 チラリと川津 海未に目を向ける。

【ダンジョン防衛隊】と関わりがない彼女に話をしてもいいか悩んでいるのだろうが、わざわざ追い出す必要もないと注意を念押した。


「だから、ここで話すことは口外禁止で頼む。口は災いの元というが、話さないと始まらないこともあると思う私だからな」


 そう言って彼女は話始める。

 彼女が口にした内容。

 それは、【磯川班】が消滅したということだった。


「消滅ですか」


「ああ。人も建物も全て跡形もなくな」


「建物までなんて――そんなの、人間が引き落とす限度を超えてますよ!」


 地面に転がっていた封筒からいくつかの写真を取り出す。

 大きく拡大された写真は、かつて、【磯川駐屯地】があった場所の地図であった。だが、現在は消滅という言葉以外に現わしようがないほど何もなかった。

 建物も。

 門も。

 全てが消えていた。

 人が残っている気配もない。


「こんなことが……? 磯川さん達は無事なんですか?」


「行方不明だ」


 つまり、彼らもまた建物と同じように消えてしまったと言うことか。

 希望的観測を言えば生きている可能性がある。

 だが、生きていると素直に信じられるほど俺達は子供ではなかった。


「こんなことが出来るのは【魔物モンスター】だけ……ですよね?」


「ああ。しかし、近くに【ダンジョン】はない……。あったとしても、【磯川班】だけを狙うなんて、これまでにはないことだ」


魔物モンスター】は人を襲うことはあれど、誰かを狙うことはない。

 なるほど。

 一人で頭を抱えたくなる気持ちも分かる。

 俺がなにか力に慣れればいいのだが……。


「それだけでもう、手一杯なのに、蒔田からは未知の【鎧】を来た【魔物モンスター】が現れたとも聞く。【ダンジョン】がなくとも自在に動けるそいつらが、この件になにか関係しているのではないかと私は思うのだが――」


「ソンナコトモアルンデスネー」


 わざとらしく惚ける川津 海未。

 棒読みどころか何故かカタコトになっていた。上手に誤魔化せないならば会話に入ってくるなと思うが、それはそれで不自然か。


「蒔田さんが連絡を……?」


「そうか。君もその場にいたんだったな。ならば、もし、どこかで見かけたらすぐに私に報告してくれ」


「勿論です」


 ふう。カップを手に持ってなくて良かったよ。もしも手にしてたら、立花りっかさんよりも震えたことだろう。

 まあ、蒔田さんは真面目だから報告はしているか。

 今後とも、力を使うときは気を付けないとマズいな。今度は俺達が狙われる羽目になってしまう。


 注意しようと決意を改める俺に、駄目押しするかのように立花りっかさんが付け加える。


「そんなやつらが現れたから、今、【ダンジョン防衛隊】は大急ぎでな。二人の英雄にも招集を掛けているところだ」


「……」


 二人の英雄か。

竜戦りゅうせん英雄えいゆう】と【英傑少女えいけつしょうじょ


 彼らが本気を出せば倒せない【魔物モンスター】はいないとまでされているからな。実際の強さを見た後だと、その話が後ひれないことだと分かる。

 うん。

 マジで俺も気を付けないと、そんな英雄たちと戦うことになったら大変だ。


「それで、改めて私から提案なのだが――君もまた【ダンジョン防衛隊】を目指したらどうだ? そこのお嬢さんも一緒にだ」


「それでだ。君もまた一からダンジョン防衛隊を目指したらどうだ? そこのお嬢さんも一緒にだ」


「……もう一度、ですか」


 戻ったとしても俺はまた、隠れて戦うだろう。【ダンジョン防衛隊】の情報網と白丞しろすけさんの予知が加われば、防衛できる数も違う。


「ああ。前と同じ立場とはいかないが、一から受けるのであれば、それくらいは許して貰えるよう交渉しよう」


 俺よりも先に断ったのは川津 海未だった。

 きっぱりと、迷うことなく断った。


「嬉しいお誘いですけど、私はお断りします! だって、私が目指してるのは【ダンジョン防衛隊】でなくて、【探究者】ですから。ちょっと前までなら嬉しかったかも知れないけど、今はもう、大丈夫です」


「ほう……。そうか」


「お誘い、ありがとうございます」


 躊躇うことなく断る川津 海未の意思に、立花りっかさんが笑う。


「ふふ。君はきっぱりと断るのだな、面白――」


 その時だった。

 立花りっかさんの携帯電話が警報のように鳴り響いた。

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