23話 裸の比較はされたくない

 白丞しろすけさんが【ダンジョン】をモチーフにした漫画を描いて一か月が経過した。


 これまでに描いた物語は5つ。

 そのうち、実際に【ダンジョン】が現れたのは2つだった。

 5分の2。

 そう聞けば確率はかなり高いようにも感じるが、実際は全国を周ってその数字だ。一日に掛かった費用は【ダンジョン防衛隊】に務めていた俺の日給よりも高い計算だ。


「まあ、【ダンジョン防衛隊】の持つ情報網を使わなくてもいいことを考えれば充分だよね」


 白丞しろすけさんが漫画の続きを描いている間、しばしの休息を取るために立花りっかさんの家に戻ってきていた。

 久しぶりに見ると、タワーマンションが一層高くなっている気がする。

 この数か月で工事はしていないので、本当に気がするだけなのだけど。


「ただいまー! うん、やっぱり、我が家が落ち着くよね……って、うわ! なに、泥棒!?」


 ソファに飛び込んだ川津 海未が器用に上体を逸らしながら声を上げる。

 オットセイみたいな姿を維持して首を動かす。

 

 脱ぎっぱなしの服が何着も散り散りに放られていた。その中には当然のように下着も含まれていた。


 本来ならば、男としては魅力を感じなければいけない場面なのだろうが、ごみ袋やレトルト食品のトレイの上に置かれていては色気も何もあったものではない。

 言い方は失礼になるだろうが、ゴミ袋の上に置かれていてはどう頑張ってもゴミにしか見えない。

 全てにおいて環境が大事だ。


「まあ、おおよそ見当は付いているんだけど」


 ここのセキリティは高級そうな外観に当然比例して強固である。

 ならば、泥棒は考えられない。そもそも泥棒がお礼に下着を置いていくなんてことがあるわけがない。

 どんなサービス精神だ。

 物を盗んで代わりに下着を置いていく。一部の人間には歓迎されそうだな。


 なんて、下らない考えは捨てて、本当の答えを述べようか。

 答えは一つ。

 この家の家主である立花りっかさんが帰ってきたのだろう。姿をいないところを見ると、また仕事に向かったのだろうな。


 下着を手に取り、自分の胸に巻きつけようとし、何故かショックを受ける川津 海未を横目に服を片付けていく。

 人一人が座れる場所を確保した時、「ガチャリ」と浴室の扉が開いた。


「うん?」


「うん?」


 視線の先には、タオルを首に掛けただけの立花さんが立っていた。

 鍛えられた肉体はまるで彫刻のように凹凸があり、それでいて女性らしい柔らかさを備えていた。

 脱ぎ捨てられた下着からは想像も出来ない美しさが――


「ちょっと待ったー! とう!!」


 俺と立花りっかさんの間に、川津 海未が両手を広げてダイブする。

 床に散らばるゴミを蹴とばし着地すると、「X」のようなポーズで立花りっかさんの身体を防いだ。


「ど、どうしたの……? 急に」


「いえ、なんか結構な描写を始めた気がして」


「はっはっは。気のせいだよ」


 見惚れてしまっていたことを隠すように俺は笑って見せる。

 いや、これは仕方ないって。

 むしろ、あの状況で咄嗟に目を閉じてタオルを差し出す紳士がいたら名乗り出て欲しい。


「まあ、私は別に見られても構わないがな」


 川津 海未のガードから脚を出して誘惑するように撫でる。

 そこまでの美しさがあれば、それは見せたくもなるのも頷ける。


「駄目ー! そんな美しい肉体を見せられたら、今後、私が見せるときにがっかりされるじゃない」


「いや、見せる予定あるの!?」


 見せない理由が斜め上過ぎる。

 自分と比較されるのが嫌だったのか!?


「ま、まあ、最終的にはこの体を使うのもやぶさかじゃないと思ってるよ!」


 親指を天井に突き上げて笑う川津 海未。

 少し前に俺が身体売ると勘違いしてたやつの台詞とは思えないな。ていうか、川津 海未は絶対忘れてると思うけど……俺は覚えてるぞ?


「女の子がそんなことをいい顔で言うな!」

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