16話 からい復讐 

 軍資金を手に入れた俺は、気持ち豊かに拠点にへと帰ってきた。

 手元には現金200万。

 帰る場所は成功者の象徴とも言えるタワーマンション。数日前まで橋の下で眠っていたのが嘘のような状態だ。


「ただいま」


「お帰り~。どうだった!? 資金は手に入った!?」


 部屋に入るなり川津 海未が玄関に向けて顔を出した。

 良かった。特に怒ってる様子はなさそうだ。彼女がいると話がややこしくなりそうだと、こっそりと朝一番で出かけたのだが、要らぬ気遣いだったのかも知れない。

 てっきり、恨みごとの一つや二つを吐かれると思っていたから拍子抜けだった。

 俺は肩の荷を下ろして応える。


「予想よりも多いくらいだよ」


「それに、【竜戦《りゅうせん》の英雄《えいゆう》】にも会えたしな」


 ガイが俺の肩から廊下に向けて飛び降りる。

 ちょこちょこと慣れた手つきで洗面所に向かうと、自動アルコール噴霧器の下を潜って全身に消毒をした。

 大雑把な正確なくせに妙な所は綺麗好きなのだ。

 一度、ドラム式洗濯機に自らを飛び込ませたくらいだしな。


「ガイ、余計なこと言うな」


「余計なことは言ってねぇよ。事実だ、事実」


【竜戦の英雄】なんて、如何にも川津 海未が好きそうな内容だ。一仕事終えたコンディションでテンション高い川津 海未の相手は辛い。


 だが、川津 海未は一瞬目を輝かせ廊下にへ半歩出てきたが、直ぐに身体を戻して、「早く手洗ってこっちきてよ」と、顔もリビングにへと戻した。


「ふん?」


 予想外の対応に俺とガイは揃って首を傾げた。

 ガイを見習い手洗い、うがいを終え、俺はリビングにへと入る。

 すると、俺達を出迎えたのはいい香りだった。


「すげぇ!! これ、海未が作ったのかよ! やるなぁ~」


 ダイニングテーブルには隙間がないほどに並べられた料理の数々が置かれていた。

 鮮やかに赤身を帯びたローストビーフ。

 ポテトサラダにたまごサラダ。

 タコのカルパッチョに鮭のホイル焼き。

 更にはハンバーグに餃子まで。

 和洋中がテーブルに介していた。

 俺はそれらの料理を見て、ガイに素早く指示をする。


「まて、ガイ。もしかしたら、これは全部購入品かもしれない。ごみ箱を探って袋やレシートが残ってないか探すんだ!」


「合点招致!!」


 ガイは素早くゴミ箱へと向かい蓋を開ける。中には確かに料理のゴミが捨てられていたが、出来合いの物は一つもなかった。

 その事実に驚愕の表情を浮かべるガイ。


「って、ことは、やっぱり海未が作ったのか……」


「そうだよ! なんで、真っ先にごみ箱を漁りに行くの! それ、ちょっと失礼過ぎない?」


 川津 海未がキッチンの前で悲し気な表情を浮かべる。

 置いてかれて、自分に出来ることはと料理を作って待っていた少女に向かい、少し悪ふざけが過ぎたと反省する。

 ガイと俺は二人同時に頭を下げた。 


「ごめん。ちょっとふざけ過ぎた」


「わりぃな。リキが探せっていうから」


 心なしかガイは俺に罪を被せようとしている気もするが……。だが、俺が指示したのは事実。言い訳をせずに受け入れよう。

 俺は黙って席に着いた。

 川津 海未は俺の正面に座ると、


「二人なら絶対上手くいくと信じてたから……御馳走で帰りを迎えてあげたいって思ったのに……」


 そう言って俯いた。

 置いて行かれたことを恨むのではなく、自分に出来ることを考え実行した相手に俺は勝手に思い込んでなんて失礼なことを……。

 今の俺に出来ることは目の前の御馳走を美味しく食べることだ。


「こんなに沢山作ってくれたんだから、美味しく頂かせて貰うよ」


 これだけあると何から食べていいか迷ってしまう。

 箸を手に取り、どれにしようかと悩む俺に川津 海未が言った。


「どうせなら、私が一番得意な料理を食べて欲しいんだ」


「得意な料理?」


「うん。私、昔からハンバーグ作るの好きで、今では得意料理なんだ」


「ハンバーグね。彼女が作ってくれたら一番喜ぶ料理だよね。じゃあ、お言葉に甘えて……」


 デミグラスソースがかかったハンバーグは、ソースと香ばしい肉の香りが唾液の分泌を促す。

 箸で真ん中を切ると肉汁が溢れだす。

 おいおい。

 どこにこれだけの液体が閉じ込められていたんだよ。唾液に肉を飛び込ませるように大きな一切れを放り込んだ。

 すると――、


「辛っ!!」


 猛烈な痛みを伴う辛さが俺の口を襲った。

 痛みに水で冷まそうとする俺を、


「引っかかった、引っかかった!」


 バンバンと両手を叩き口を大きく開けて笑いながら広いリビングを駆けまわる川津 海未。悶える俺の姿が楽しいのかガイも参加して走り回っていった。


「私を置いてくから、そうなるんだよー!」


 さっきまでの悲しそうな表情はどうしたというのか。

 笑い過ぎて涙を浮かべた瞳を拭う。


「おい、リキ。口が赤く腫れてんぞ~。ハハッハ」


「しょ、しょうもないことを……」


 置いてかれたことに対する復讐は随分と手が掛かっていた。

 思い通りにことが進んだことに満足したのか、席について料理を食べ始めた。辛みが増していたのは俺だけのようで、川津 海未は自身の席に置かれたハンバーグを美味しそうに頬張った。


「はぁー。面白かった。それで、【竜戦《りゅうせん》の英雄《えいゆう》】とどうして会ったの!?」


「この状態で話戻す!?」


【竜戦《りゅうせん》の英雄《えいゆう》】に興味はあったようだが、俺に復讐をするために堪えていたようだ。

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