13話 札束

 辿り着いた部屋は【研究室】と表記されているが、俺は来るたびに「研究室っていうより、鍛冶屋だな」と思ってしまう。

 その原因を担っているのは部屋の中心に置かれた炉のようなモノだ。

 実際には炉ではなく、【魔物モンスター】の素材を分析するための装置なのだが、窓から赤い光が発せられるために、そう感じてしまうのかもしれない。

 炉の横に置かれたパソコンを弄っていた老人が、俺の姿に気付いたようで目に掛けていたサングラスを外す。


「おお、お主は確か……セナカ小僧じゃな。久しぶりじゃな」


「その言い方、かなりやめて欲しいんですけど。なんか、小便小僧みたいに聞こえるんですけど? 小さいが重なって、俺が凄い小物みたいじゃないですか……」


「儂はお主の息子が小さいなど一言も言っておらんぞ?」


「俺も言ってないですけど……」


 挨拶代わりに軽口を叩くのは、この班を纏める長――佐々木さんだった。

 白い髭に少し扱けた頬。頭に掛けたサングラスから、昔、暴走族の団長を務めていた経験がありそうな風貌だ。

 こんな人が【特殊装甲】を開発したとは未だに思えない。


「そうか。まあよい。お主の息子などどうでもいいわい。 ふむ? 朝日は一緒じゃないのか?」


「いや、小物じゃないとは言ったけど、太陽を背負うほど大物でもないですよ、俺は」


 急に褒められてもな。

 まさか、俺をいい気にさせて【魔物モンスター】の素材を安く買い占めようって魂胆か?悪いがそんな単純なおべっかは効かない。


「ふん。如何にもな陰キャが何を言っておるんじゃよ。朝日はお主を迎えに行った儂の部下の名前じゃよ。望月もちづき 朝日あさひ


 ああ。あの狸顔の少女か。

 そういえば、名前聞いてなかったな。これは何とも恥ずかしいミスをしてしまった。


「相変わらず変わった奴じゃの。変態度で言えば、うちの朝日も負けてはおらんがな」


「確かにあれには負けてると思いますよ。……壁に頬を擦らせてどこかに行きましたから」


 望月 朝日の動向を教えると渋い顔をしてサングラスを下ろした。


「またか……どうせまたやらかすだろうが、今はこっちの方が大事かの。それで、お主が売りたい素材はなんじゃ?」


 大量の書類が積まれた机に寄り掛かる。

 その衝撃でいくつもの紙が崩れるが佐々木さんは気にしていないようだった。

 俺はガイの【収納】からあらかじめ出しておいた二つの素材をバックから取り出す。サングラスを親指で持ち上げながら、素材を食い入るように見つめる。


「【大鬼オーガ棍棒こんぼう】に【骨蠍スカーピオ尾針びしん】 どっちも本物じゃな……。隠れて剥ぎ取っておったとは、セナカ小僧にしてはやりおるの……。流石は【磯川班】といったところか」


「全然、褒められてる気しないんですけど……。それで、これだったらいくらで買って貰えますかね?」


 俺は頭の中で金額の換算をする。

 俺が今まで売ってきたのは主に【小鬼ゴブリン】の素材だけだ。確か一匹丸々引き渡した時は、10万とかだった気がする。

 一つの素材だけとはいえ、その強さは【小鬼ゴブリン】とは比べ物にならない。

 二匹揃えば50万は行くだろう。

 それだけあれば数か月は生活できる。

 家賃、光熱費、水道代はタダだしな。


「よし! 分かった。200万で買い取ろう!!」


「200万!?」


 予想の4倍もの額に自分でも思いがけない声量で値段を聞き返してしまった。


「当然じゃ。これがあれば、新兵器が作れるわい。それを使って開発費をふんだくってやるわ」


 そう言って佐々木さんは豪快に笑う。【特殊装甲】を開発し、【ダンジョン防衛隊】のメイン武装にへと押し上げたが、現在では他のチームが改良し、より効率のいい方法で制作を行っている。

 零から一を生み出すのが得意な佐々木さんは、一から数を積み上げることは苦手だった。だからこそ、現在は【開発部隊】の落ちこぼれと呼ばれるまでになったのだ。

 その悔しさは追放された俺と似通るものがあるかもしれない。

 お互い、自分の目標を諦めていないところなんかも特に。


「交渉成立ですね」


 すべてが理想以上に事が運んで良かった。

 最近は追放されたり、女子高生に付きまとわれたり、上司に嫌われたりと散々だったからな。

 二つの素材を渡して100万円の束を二つ受け取る。100万円の札束なんて初めてみた。きっと川津 海未も腰を抜かすことだろう。札束で自分の頬を叩く彼女の姿が目に浮かぶ。


「では、俺はこれで」


「うむ。また、いい素材が手に入ったら儂らに売ってくれ。今度はちっと安く買い取らせて貰うからの~」


「勿論。例え高値で他の人に言い寄られても、佐々木さんの方が信頼できますから」


 取引が終われば長居は無用だ。

 簡単な挨拶を終えて俺は研究室から出で行こうとする。

 だが――帰るべき道は爆音によって遮られたのだった。

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