14話 ハリネズミは眠りたい

「な、なんだ!?」


 帰ろうとした廊下が瓦礫で塞がれた。どうやら、今の爆音は隣接している部屋が破壊された音だったらしい。

 壁が消し飛んだ部屋を見る。

 土煙が晴れていくと、そこに立っていたのは緑のジェルに包まれた望月 朝日だった。


「どうなってんだよ!」


 ジェルに閉じ込められた望月 朝日は瞼を閉じて浮かんでいる状態だ。

 どう見ても意識があるようには見えない。

 にも関わらずに壁を破壊したということか。

 つまり、身体を動かしているのは緑色のジェル――正体は恐らく【回復涅リペアスライム】だ。


 こいつの特徴はその名の通り、身体を吹き飛ばしても一定時間すれば元に戻ること。

 倒すにはダメージを与えて吹き飛ばし、細かくなった身体を炎やバーナーで焼いていくのがベストだ。

 その手順が分かっていれば通常の【スライム】と強さは変わらない。

 だが部屋の壁を砕くほど攻撃力は高くなかったはずだ。


「そもそも、なんで【魔物モンスター】がここに?」


ダンジョン】が現れたか?

 だが、それなら直ぐに分かるだろう。【開発部隊】とはいえ【ダンジョン防衛隊】だ。見知らぬ入口を放置しておく筈がない。


「いや、今は起こったことに集中しよう。怪しいのは……アレっぽいな」


 望月 朝日の頭部に付けられたヘルメットのような装備。

 恐らくあれが【魔物モンスター】の力を引き出しているのだろう。

【特殊装甲】と同じ類の武器と考えるのが自然か。


「そしてそれを【魔物モンスター】に奪われた。そんなところか……」


 望月 朝日を観察する俺の隣に佐々木さんが並んだ。


「朝日め、また、一人で勝手に新しいことを……。イチモツ小僧、スマンな。隣の部屋に【特殊装甲】がある。それを付けて戦って貰えるかの? 他の隊員達は避難を!」


 佐々木さんは落ち着いて指示を出す。それに従う隊員たちも冷静に指示に避難していく。

 流石は班長を務めることはある。

 そこは素直に尊敬するが――


「誰がイチモツ小僧ですか!?」


 もはや背中でもなくなっていた。

 これならばだ、セナカ小僧の方がマシだった気がするんだけど……。

 呼び方に意を唱える俺に、「なんじゃ、早く取ってこんかい。その間、一人で戦う儂の身にもなってくれ」と、冷静に返されてしまった。


 確かに細かいことを突いている場合ではないか。


「そうですね。四の五の言わずに持ってきますよ!」


 俺は建物の奥に向かう。

 扉を開いて部屋の最奥部に入ると【特殊装甲】が、不用品の如く放られていた。


「【特殊装甲】は貴重なんだから……大事に扱おうよ」


 俺は手に取り身に着ける。

 素材は入っていないが、研究室に出れば何かしらの素材はあるはず。

 だけど――、


「こっちの方が勝率は高いか。おい、起きてくれ、ガイ!」


【特殊装甲】を使うより、ガイの力の方が確実だ。

 腰を叩いて背中にいるガイを呼ぶ。


「なんだよぉ~。今、折角自分の世界に戻ってたのによぉ」


 ここに来てから後半は静かだと思っていたが、どうやら昼寝をしていたらしい。自分の世界に変えることが出来た夢を見ていたのか。

 ちょこちょこと地面に転がり落ちると、緊急事態にも拘わらずに幸せそうに目を擦って笑っていた。


「ホームシックなところ悪いね。ちょっと、ヤバいんだ。協力してくれ」


「ふわぁ、どうしたよ? 【ダンジョン】が現れたのか?」


「いや、あれは違うと思う」


「なら、勝手にやってくれよ。てめぇの世界のことは、てめぇで何とかしてくれよ」


 ガイは身体を丸めて再び眠りに入る。

 俺は【魔物《モンスター》】から人を守りたいが、ガイの戦う理由は違う。

 自分の世界に帰りたい。

 身体を取り戻したい。

 俺が俺の理由で戦っているように、ガイもまた自分のために戦ってる――だから、必ず力を貸してくれるとは限らない。


「あくまでも俺達は共同戦線。だもんな……」


 俺は諦めて手近にあった剣を手に部屋から飛び出した。

 部屋から出ると佐々木さんが【特殊装甲】で、包まれた望月 朝日と戦っていた。

 望月 朝日の行動は不自然さが目立つ。

 まるで不気味の谷を見ているようだ。

 だが、どこか違和感のある動きは前線から離れていた佐々木さんでも反応は出来るようで、繰り出される打撃を回避しながら、【特殊装甲】で反撃をする。


「おう! ようやく出てきたか! 早く力を貸してくれい。老いぼれ一人にはキツい相手じゃわい!」


 口ではきついと言うが、繰り出された拳は重い。

 凄まじい轟音と共に空気が揺れ、【回復涅リペアスライム】の身体を抉り取った。これが普通の【スライム】だったならば、勝負は付いただろうが――服飛ばされた液体は直ぐに元に戻ってしまう。


「く……、やはり、若い時のようにはいかんか」


 恐らく同じことを何度も繰り返していたのか、佐々木さんは疲労から殴りかかった反動で膝を付いてしまう。

 キツいとは「強い」と言うことではなく、体力の問題だったのか。

 動きが鈍った佐々木さんに対して望月 朝日は右腕に緑の液状を集め球体を作る。

 巨大な球体となった腕はさながら【回復涅リペアスライム】そのものだ。

 緑の液体は雫を垂らして大きな口を開く。

 どうやら、佐々木さんを喰らおうとしているらしい。


「くそっ!」


【特殊装甲】に装填させるための素材を探すが、有るのは部屋の中心――炉の近くだ。

 そこまで取りに行く間に佐々木さんは食われてしまう。

 ガイの協力もない。

【特殊装甲】も使えない。


 でも……戦うしかない。

 守るしかない。

 俺は世界を守るって誓ったのだから――。


「うわああああ!」


 叫び声を上げて剣を振るう。

 だが、所詮はただの剣。

 半液体の【回復涅リペアスライム】を立ち斬ることなく、「グニュリ」とめり込み弾き返される。

 吹き飛ばされた衝撃で握っていた剣を落としてしまう。


「くそっ……」


 こうなったら身をていしてでも佐々木さんを守る。

 なにも持っていない俺に出来ることはとにかく動くこと。

 守る。

 守る。

 守る。

 守る。

 俺の頭に浮かぶのはその言葉だけ。後先考えずに佐々木さんの前に立ちはだかって両手を広げる。

 これで佐々木さんを守れれば――。


「許せないな」


 そんな声と共に【回復涅リペアスライム】が吹き飛んだ。

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