12話 科学少女、壁に擦れる

「さてと。繋がってくれればいいんだけど」


 俺は目の前にある建物を見上げて呟いた。

 大小様々な正方形が積み重ねて作られた建築物。子供が積み上げた積み木のような外観だった。

 ここが秘密裏に【魔物モンスター】の素材を売買してくれる研究者がいる【開発部隊】だ。


 俺はスマホを取り出し目的の人物の名を探す。

 名前は佐々木ささき あつし

 この【開発部隊】の班長だ。

 名前を選択して通話ボタンを押すと、呼び出し音が流れた。

 数回コールが響くが反応はない。

 相手が出なければ強引にでも乗り込むつもりだったのだが、通話を切ろうとした時、画面に通話時間が表示された。

 良かった。

 繋がったようだ。


『この連絡先を知ってるということは裏の話じゃな? 素材ははなんじゃ? 儂も暇でないんでな』


 電話に応じる挨拶もなく要件を切り出した。【開発部隊】はどこも忙しいからしょうがないか。


「素材は【大鬼オーガ】と【骨蠍スカーピオ】です」


「なに!? ふむ。確かに倒されたと話を聞いていたが……。なるほど、こっそり盗っていたモノがおったか! これが本当ならば楽しくなりそうじゃ。ならば、すぐにここに来るとよい!」


「ええ、すでに門の前にいるんですけど、隊員証がなくて入れないんですよ」


『隊員証がない……? 隊員証を忘れたのか。分かったわい。迎えをそっちに向かわせよう』


 その言葉と共に電話が切れた。


「お、どうだった? 順調に進みそうか? リキ?」


「まあ、今のところはね。それよりもガイ。分かってると思うけど、中に入ったら声を出さないのは勿論、外にも出てこないでよね」


「たっく、わーってるよ。俺が今までそんなヘマしたことあったか?」


「あったから言ってるんだよ。しかも、ついこないだね」


「分かったってば」


 ガイはそう言って俺の服の中に消えていった。

 本当に分かってるのかな?

 ここは【開発部隊】。見つかったらどんな目に合うのか……。解剖されて身体の中を弄り回されるのは必須だ。


 俺がガイに忠告を終えてから数分後。

 一人の少女が建物から姿を見せた。

 明らかにサイズが一回り大きい白衣が真っ先に目に付いた。

 年齢は20歳前後。

 川津 海未と変わらないくらいか。

 肩まで伸びた髪はウェーブ掛かっており、顔はタヌキ顔に分類されるだろう。

 最近流行ってるらしい顔の系統だと岩間か浅田が言っていた気がする。


「あなたは……『セナカ』さんですね」


 やってきた少女は俺の顔を見るなり名前を呼んだ。


「ふん? なんで俺の名前を?」


「何度か磯川さん達と一緒に来ていた所をみてたので……」


 視線を合わせずにくぐもった声で少女は言う。如何にも人と話す経験が少ないと分かる声だ。

 どうやら俺と同じで、コミュニケーションが苦手なタイプらしい。


 俺はこの子を見た記憶はないが、どうやら、何度か来た時に知られていたらしい。

 その時に、俺が『セナカ』と呼ばれているのを聞いていたのか。

 って、なにが、「俺の名前を?」だよ。当たり前のように『セナカ』を自分の名前と認識してしまっていた。

 自分で自分がびっくりだ。


「顔と名前を覚えてくれていたのは嬉しいんだけど、俺の名前は瀬名 力だよ。出来れば、その呼び方やめて欲しいんだけどな」


「で、でも、に、逃げてばかりで使えないから、そう呼んでくれと磯川さんがおっしゃってましたから。磯川さんはお得意さまなので覚えておこうと」

 


「なるほどね。覚えていた理由に納得だよ」


 あの人……、こういうところはマメなんだよな

 報告書やらの雑務は人に押し付けてたくせに……。


「磯川さんは、最近もよくここを利用するの?」 


「はい。以前よりも頻度は多くなってます。【特殊装甲――大鬼おおおに腕力わんりょく】のお陰で敵を多く倒せるようになったと」


「まあ、【大鬼】は強力な【魔物モンスター】だからね」


大鬼オーガ】を倒したという大義をフルに活用しているらしい。

 救援要請を断るくせに、素材を持っているということは、勝手に【ダンジョン】に向かっていると言うこと。

 そこで手に入れた素材を売って、自分だけが得をする。

 そこまで己の利益しか追求していないことには尊敬すら覚えるよ。


「どうぞ……中へ」


 そう言って正方形の積まれた建築物の扉を開ける。

 見た目こそいびつであるが中は普通だ。少しでも開発費に回すとかで、廊下の電球の数を減らし照度を落としているために、異常なほど廊下が暗い。

 そんな廊下を進んでいると唐突に前を歩く少女が、「グフっ!!」と笑い声を上げて壁に頭をこすりつける

 恍惚な表情で頬を壁にこすりつける少女。

 なんだろう。

 一言で言うと「ヤバい人」だ。


「そうよ……。 こ、これを試したらいいんじゃないの。ふふふ、流石私の頭。天才と呼ぶに相応しいわ」


 頬をこすりつけたまま歩いていく少女。

 これは、うん。

 多分、関わらない方がいい気がする。恐怖に距離を取るが、足を止めた俺に関わらず少女はどこかに消えて行った。

 離れられて少し安心だ。

 でも、


「ちょっと、道分からないから一人にされると困るんだけど……。困った。どうしようか、ガイ?」


 ガイに相談しようとしたが、どうやら眠っているようで俺の呼びかけに返答はなかった。起こして相談したい気持ちもあるが、ヘマをすると言ってしまった以上自分から、ましてや眠ってるところを起こしてまで頼るのはなんかな。

 ガイが小ばかに笑うだろうし。


「まあ、ここに来たのは初めてじゃないし、なんとかなるか」


 数か月前に来た記憶を頼りに道を進んでいく。迷子になるのではないかと不安になったが、問題なく辿り着くことが出来た。

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