追放サイド 1話 新しい標的

 さかん ゆうは、震える手足を落ち着かせるために深く息を吸う。

 肺に空気が送られ丹田たんでんに流れ込む。

 人前で話すのは――ましてや、初対面の大多数の前に出るのは緊張する。

 学生の時からそうだった。


「けど、今は違う。妹達のためにも頑張らないと」


 自分に言い聞かせるように呟き、ポケットに入れたお守りを握る。

 妹弟きょうだい達が、さかんのために縫ってくれたお守りだ。

 姿も知らない神様より、絶対効果があると優は喜び受け取った。


「兄ちゃん、命がけで稼ぐからな」


 震えが収まったさかんは、門の横に建てられた表札を見る。

【ダンジョン防衛隊――磯川班】と刻まれていた。


「クビになった隊員みたいに逃げることは――僕は絶対にしない」


【磯川班】に配属されるにあたり、人員が不足した経緯に付いて聞かされていた。

 敵を前にして背を見せ逃げだしたと。

 その話を聞いた時にさかんは、


「そんな余裕があるんだ」


 と、羨ましく思った。

 逃げ出しても誰も困らない。

 だから逃げられるんだ。

 さかんは自分は違うと首を振る。妹弟きょうだいを思うと逃げ出すなんて選択肢は有り得ない。

 だから、自分は絶対に逃げないし、死なないと決意をして【磯川班】の門を開いた。


「は……?」


 さかんが目にした光景は建物の外、中庭で大はしゃぎする隊員達の姿だった。


 自身が思っていた【ダンジョン防衛隊】と全く違う姿に驚く。

大鬼オーガ】を倒した班と聞いていたために、厳しい班なのかと思っていたが。これでは世界を守る勇者達というよりも、瓦でBBQをする陽気な人々でないか。

 来る場所を間違えたのかと何度も名称を確認するが、何度見ても掲げられた文字は変わらなかった。


「お、来たな。新人。今日はお前のためにパーティーしてんだよ」


 酒瓶を片手に一人の隊員がさかんの肩に手を回す。

 この人は確か――岩間隊員だ。

【磯川班】で【特殊装甲】を任されている人物で、もう一人の浅田隊員とのコンビネーションが光ると資料には書かれていたが……。

 赤らめた顔で、酒瓶を掲げる岩間は、とてもそんな人物には見えなかった。


「パーティーだなんて......それにお酒をそんなにのんで大丈夫なんですか?」


ダンジョン】はいつ現れるか分からない。だからこそ、24時間住み込みで勤務しているのだが、これではその意味がないではないか。

 心配するさかんに、赤らんだ顔の前で大きく手を振る。


「なーに、心配してんだ。金、金か? 安心しろ。こないだ倒した【魔物モンスター】の素材が高く売れてよ。今、俺達班は金持ちなんだ」


 酒臭い息を吐き出しながら豪快に笑う。

 この人達のペースに吞まれては駄目だと、隊員達が集まる中心でさかんは姿勢を正して自己紹介をする。


「始めまして! 自分はさかん ゆう! 20歳です! まだまだ未熟者ではございますが、ご鞭撻のほどお願いします!」


 唐突に始まった威勢のいい挨拶に【磯川班】の隊員達は笑って手を叩く。

 隊員達の真ん中。

 一際大きな椅子に座っていた人物が、ゆっくりと立ち上がり近寄ってくる。


「磯川班長!」


 これが【大鬼オーガ】を討伐した班を率いる隊長か。

 伸ばした姿勢を更に伸ばす。


「元気がいいやつは嫌いじゃない。共に【ダンジョン】から世界を救おう」


「は、はい!」


 差し出された手を握るさかん

 勤務時間中に酒を飲んで騒いでいるのは納得は行かないが、普通の班と違うことをしているからこそ、常人じゃできないことをやってのけた。

 自分の凝り固まった思考を捨てて、この輪に馴染まなければ。

 自ら進んで酒瓶を手に取り、仲間となる先輩たちに酒を注いでいく。

 

(上手く立ちまわって成果を上げる。それが世の中で一番賢い生き方だ。俺はこれまでそうやって妹弟(きょうだい)のために生きてきた。自分のプライドは二の次だ)


【磯川班】の面々と交流を深めていると、駐屯地にアラームが響く。

 感覚が長く鐘のような音。

 これは他の班からの救援要請だ。

 それに対応するためだろう。

 磯川が携帯を取り、地域を管理している【隊長】に連絡をする。


「救援要請? 【魔物モンスター】は【骨蠍スカーピオ】……?」


骨蠍スカーピオ】と言えば、エジプトに現れたことがある毒針と固い骨を持つ厄介な敵だ。そんな奴が日本にも……。 


 しかし、流石、【大鬼オーガ】を倒しただけある。

 国から頼りにされているのかと感心をするが、優の思いを裏切るようにして磯川は言った。


「俺たちは今、忙しいんだ、そんなに強敵なら、それこそ世界最強の男、【竜戦りゅうせん英雄えいゆう】にでも頼めばいいじゃないか」


 それだけ言うと磯川は電源を切った。

 優は辺りを見渡す。

 これが――忙しい理由か?

 酒、肉。

 しまいには、誰が呼んだのか、門の外から派手な格好をした女性たちが、隊員以外足を踏み入れることを許されない駐屯地に、慣れた足取りて踏み入れてきた。

 こうやって呼ばれるのは一度や二度じゃないのが一目瞭然だ。


「……気にしちゃだめだ」


 こんなところで指摘して、仲良くやっていかねばならない先輩たちの反感を買っては駄目だとお守りを握る。

 特別なことをしている。

 だから、結果が出せた。

 今、必要なのはそれだけだ。

 人の粗を探すのではなく、良い部分を吸収するんだ。

 さかんは【磯川班】に来てから何度目になるであろう自問を無理矢理に飲み込む。


「えー、こいつが今日から俺達の仲間になったさかん ゆうくんだ」


 浅田がさかんをやってきた女の子たちに紹介をする。

 一人の女性は優のことを気に入ったのか、


「あら、凄い優しくて可愛いじゃん。私、こういう中性的な子大好きなのよね~。私にだけは、お盛んになっていいんだからね」


「は、はぁ……」


「あ、なに困ったような顔してんだよ。さては、お前、実は女の子だな!」


 浅田の突っ込みに周囲は一斉に笑い声を上げる。


(お兄ちゃんは頑張るからな、妹弟みんな


 さかんが思い浮かべるのは、家で待つ5人の妹弟きょうだいの笑顔だった。

 お守りを握り、さかんもまた笑顔を浮かべて輪の中に混ざっていった。

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