第9話 二重と孤独


 ガイはそう言って鎧から光の粒子を放出させる。すると、それは俺の両手の指先に集まり次第に黒みを増していく。


『【二重武装――土鬼つちおに黒爪こくそう】!!』


「それ、倒したばっかりの! え、なんで!」


 川津 海未が見覚えのある爪に驚きの声を上げる。

 そうか。

 そう言えば彼女には、ちゃんとガイの能力の説明をしていなかったから勘違いしていたか。


 ガイの持つ能力は【強靭な鎧を身に纏い戦闘力を上げる】ことではない。


 ガイの能力は【無機物の記憶】


 無機物に意識を向けることで、無機物から記憶を読み取りその力を行使できる能力だ。



 例えばこの【鎧】。

 これはかつて世界を救った勇者が身に着けていた鎧だ。

 ガイはこの【鎧】に意識を移すことで、過去に世界を救った勇者の力を借りることが可能となる。


 それはこの黒爪も同じ。

 先ほど倒したばかりの【土鬼グロット】から剥ぎ取っていた爪に意識を集中することで、壁を簡単に掘り砕く爪が宿る。 


 勇者の鎧と土鬼の黒爪。

 この二つがあればどれだけ【骨蠍スカーピオ】が強固でもダメージを与えることが出来る。


「もっとも、鎧と二個同時は負担が大きいんだけどね」


『ああ、だからさっさと行くぜ!』


 俺は両手をクロスさせて爪で切り裂く。

 攻撃に合わせるようにしてガイが叫んだ。


『喰らえ! 【楽髪苦爪らくがみくづめ】!】


 尾に付いた毒針で俺を迎撃しようとするが、毒針は俺の黒爪に当たる。

 だが、いくら毒針でも体内に入らなければ意味はない。

 ダイヤの如く固い黒爪に弾かれた毒針ごと砕いて突き進む。

 尾と鋏を引き裂かれた【骨蠍】は【ダンジョン】の中に消えていった。


「……」


 残された骨尾こつびと鋏が、虚しく地に落ちている。

 俺は戦利品である尾を掴んだ。

 すると、尾は光の粒子となって消える。これもまた、【勇者の鎧】が持つ能力の一つ。

 簡単に言えばRPGなどであるアイテムボックスに移動させている状況らしい。

 なんともまあ便利な能力だ。

 回収を終えた俺は直ぐにその場を立ち去り、鎧を脱いで海賊船の遊具にへと戻る。


「うお~! あんな技隠してたなら、教えてくれても良かったじゃないっすか!」


 俺の姿を見つけた川津 海未が両手をぶんぶんと上下させながら近づいてくる。


「別に隠してたわけじゃないさ。スキルって言葉に興奮して説明を最後までさせなかっただけだろ」


「え、そうだっけ?」


「話はあとでするから、取り敢えずガイを頼む」


 2つ同時に能力を発動した反動か、ガイはだらりと両手両足を広げて眠っていた。

 深い眠りについたガイを川津 海未に任せて俺は蒔田さんの元へ向かった。


「蒔田さん、無事、防衛できそうですね」


 主要な武器を失った【骨蠍スカーピオ】ならば、仮に再び姿を見せても、【ダンジョン】が閉じるまで防衛することは簡単だろう。

 俺が採取しなかった鋏は、蒔田班で使ってもらうとしよう。蒔田さんなら磯川さんと違って有意義に使ってくれるはず。


「蒔田さん?」


 俺の言葉に返事をしない。

 呆然と立ち尽くし、【ダンジョン】を見つめていた。


「大丈夫ですか? 今の戦いでどこか怪我でも?」


「……今のは一体。あの【魔物モンスター】は……」


「【骨蠍スカーピオ】の他にも何かいました……?」


 何も知らない風を装い惚ける俺に、蒔田さんの表情が険しくなる。

 それは明確な怒りを持って俺に向けられていた。


「「何かいましたか?」だって? 僕は君を何度も呼んだ。貴重な【特殊装甲】を持っているから。でも、君は姿を現さなかった。未知の【魔物モンスター】の姿も見ていないなんて……」


「……」


「敵を前に逃げるっているのは本当だったんだね。磯川くんの嘘だと思ってただけど……。見損なった。もう二度と僕たちの班に関わらないでくれ」


 蒔田さんはそれだけ言い残すと俺に背を向けて歩いていく。

 俺と蒔田さんの話が終わったのを見計らってか川津 海未が歩いてきた。


「その、まあ、話ちょっと聞こえちゃったけど、大丈夫?」


 ガイを頭に乗せて、俺の背中を優しく擦りながら続ける。


「例え【ダンジョン防衛隊】の人たちが何も知らないで先輩を責めても、私は真実を知ってるから、ずっと先輩の近くにいるよ!」


「川津 海未……」


 俺は例え追い出されても、一人になっても平気だと思っていたが、その言葉で心が軽くなるのを感じた。

 誰かが近くで分かってくれるだけで、こんなにも心が軽くなるのか……。


「だから――それ、私に貸してくれない?」


 川津 海未は最後のそう言って俺の右手を指さした。

 彼女が欲したのは手に付けたままの【特殊装甲】。

 どうやら目的は自分でも戦うための武器だったらしい。


「はぁ……」


 俺は救われた心を隠すために大きなため息を吐くと、【特殊装甲】を置いて、黙って海の見える公園から離れていった。


「あ、ちょっと、先輩~! 置いてかないでよ!」


 背中に受ける潮風と波音がとても心地よく感じた。

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