10話 探り合いは夜景の中で

「約束は約束。住む場所の提供しよう。だが――逃げたことは感心できないな。君がそんな臆病者だとは思わなかったぞ? 瀬名隊員」


 立花りっかさんはそう言うと鋭い視線で俺を睨んだ。

 腰に届くほど長いポニーテールが揺れる。

 ポニーテールと言えば可愛らしいイメージを持ってしまうが、立花りっかさんの場合は、武士という方が似合うお人だった。


「……」


「どうした? なにも言い返せないのか? 沈黙は金と言うが、自ら黙って金を取りに行く人間を信用できるかと問われれば、私は否定せざるを得ない。それに君も男だ反論の一つでもしてみたらどうだ?」


「いや、立花りっかさんは彼氏とかが、言い訳したら許さないタイプな気しますけど……」


【蒔田班】の救援を終えた俺は、立花りっかさんに呼び出され、都心にあるマンションにへと訪れていた。

 俺では一生かけても生活できないような豪華さだ。

 これがタワマンって奴か。

 しかも、立花りっかさんが住んでいるのは、頂点に近い階層だった。

 窓から人々が暮らす明かりが輝いている。

 この夜景を美しいと思う人間が稼げるのだろうな。俺だったら夜景が眩しくて寝れないだけだ。……カーテンも高級品なので遮光性が高いのだろうけど。


「ふ。君も変わっているな。怒られているのに人の彼氏の心配なんて。それとも、10年間独り身な私を馬鹿にしているのか? だったら、流石の私も怒らざるを得ないぞ?」


 ただですら剣呑な立花りっかさんの視線がより鋭くなる。

 もはや『呑』は消えて剣だ。

 侍が鞘から刃を抜いた状態だ。

 こんな美人になら斬られても本望か。


「と、まあ、冗談はこのくらいにしておこう」


「今の冗談だったんですか?」


 立花りっかさんの冗談はいつも分かりにくい。


「そうに決まっているだろう。君はおかしなことを聞くんだな」


 立花りっかさんはそう言ってアイランドキッチンに向かいコップを二つ取り出した。

 飲み物を用意しようとしてくれているようだ。冷蔵庫を開けるが中は空だったようで、キッチンにある棚を端から覗いていく。

 隅々まで探すが、目当ての飲料は無かったようで、水道から水を汲んで俺に差し出した。


「君には水で充分だ」


「いや、絶対何もなかっただけですよね……」


 何故、変な所でプライドを保とうとするのだろうか。

 素直に何もなかったと言えばそれでいいだろうに。


「ふん。この私が水を出しただけでも有難いと思ってくれていいんだぞ?」


 追及を許さぬ視線で俺を睨む。

 黙って飲めと言うことか。


「そうですよね……。あ、ありがとうございます」


 俺は差し出されたコップを受け取り頭を下げた。

 視線で切り捨てられた俺は出された水を一気飲みする。


「ゴホっ、ゴホっ」


 気道に入って咽た。

 緊張した状態で一気飲みするもんじゃないな。

 苦しむ俺を見て満足したのか、立花りっかさんは話を進める。


「全く日頃から素行の悪い【磯川班】の報告だったからこそ、私が庇えていたのに……【蒔田班】でも同じことをするとは」


「か、、庇っててくれたんですか?」


「勿論だ。その証拠に隊員証の強引な回収などなかっただろう? 本来なら、【特殊装甲】を付けた隊員が君の隊員証を回収に向かってた筈だ」


「【特殊装甲】を人間に使用するのは禁止じゃ……?」


「例外もあるのだよ。それだけ【ダンジョン防衛隊】の責務は重いし、悪用できるからな。素直に返さない人間もいる。故に必然と言わざるを得ないんだ」


 そうなのか……。意外に管理が厳しいんだな。

 ただ危険と引き換えに給料がいいだけの組織かと思っていたが違うらしい。


 コトンと音を立ててコップを置く立花りっかさん。

 そして恐らく、俺を呼んだであろう1番の目的を切り出す。


「だから、隊員証を私に預けて欲しいんだ。その代わりにこの住居だけじゃなくて車庫に置いてある私の愛車達を好きに使ってくれて構わない」


「別に返すのはいいですけど……」


「君がどれだけこの仕事に入れ込んでいるのかは、よく分かってるつもりだ。だが、それ以上に最近の行いが.……って、いいのか!?」


「まあ、はい」


 元より俺は隊員証を何かに使うつもりはなかった。

 あれば便利ではあったかも知れないが、返すのを拒むほどではない。

 むしろ、【ダンジョン防衛隊】の隊員でなくなった俺に対して、組織の上層部で仕事をこなす立花りっかさんが、そこまでしてくれていいのかと心配になってしまう。

 交換条件としては釣り合わないにも程がある。


「逆にそこまでして貰っていいんですか?」


「構わないさ。最後まで君を見捨てる気はない。……それが彼との約束でもあるからな。にしても、君があっさり引くとは何か裏がありそうだな」


「エ、ナニモナイデスヨ?」


 白々しい答えが沈黙を誘う。

 部屋が無駄に広いと沈黙するのも早いようだ。

 そう感じたのは俺だけじゃないのようで、立花りっかさんが「キッ」と俺を睨んで言う。 


「今は何を聞いても無駄、か。なら、なんでもして貰えるとは思わないでくれ。食料とか必要なのは自分で揃えるんだ」


「それくらいは。住む場所と移動手段を提供して貰えるだけでもう充分ですよ。あ、俺からももう一つお願いがありまして……」


「なんだ? なんでも言ってみろ。聞くのは恥ではないからな。恥じるべきは聞くことを拒む行為の方だ」


「あの、一緒にここで生活したい人がいるんですけどいいですか?」


 立花りっかさんは殆んどこの家には帰らない。

 しかし、だからと言って勝手に俺以外の人間を招き入れていい気はしないだろう。だから、川津 海未の存在を早めに伝えておくことにしたのだ。


「ああ。構わないぞ」


「良かった。じゃあ、ちょっと待ってください」


 俺はスマホを操作して川津 海未を呼ぶ。

 どうやら、この家はオートロックなようで内側からしか開けられないと連絡があった。

 立花りっかさんにドアの解除方法の説明を受けて川津 海未を建物の中に招き入れた。


「凄い! こんな所で暮らせるの! 私、オートロックって初めてだよ!!」


「じょ、女子高生だと!?」


 目を輝かせて立花りっかさんの部屋に飛び込んできた川津 海未に目を見開いて驚いていた。

 常にクールな立花りっかさんにしては珍しい表情だ。

 俺が女子高生の制服を着た少女を呼び込むとは予想外だったのだろうか。


「あ、始めまして! お世話になる川津 海未です! こんな素敵な部屋で生活できるなんて光栄でっす!! そして、女子高生ではないのです! 中退して現在は【探究者】、始めました!」


 元気に満ちた川津 海未の自己紹介も立花りっかさんには聞こえていないようだった。


「じょ、女子高生と二人で生活させて欲しいとは……。ふふ、娘を取られる父親はこんな気持ちなのか……?」


 ぶつぶつと何かを呟きながら、おでこを抑えて無言で部屋から出て言ってしまう。

 歯切れのいい立花りっかさんにしては珍しいな。

 なんて言ったんだ?


「あれ? どうしたのかな? 今日、体調悪かったのかな?」


「いや……、さっきまでは普通だったんだけど」


 きっと、仕事の疲れが出たのだろう。

 忙しい中でわざわざ来て貰って申し訳ない。

 俺は立花りっかさんの消えた扉に頭を下げた。

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