第5話 憧れの理由

「凄い! 凄いよ! 【ダンジョン防衛隊】の力を借りずに【魔物モンスター】倒しちゃったよ! なに、何者なの!? いや、今はそれよりも私の他にもう一人いて――って、あれ?」


 少女は周囲を見渡しいなくなった俺を探す。

 どうやら【鎧】が俺だとは思ってないようだ。このまま別れようと背を向けた俺の背にぶつぶつ呟く声が聞こえた。


「私が攻撃する瞬間、視線の端で人の好さそうな男が叫んで光って――この【鎧】が現れた。それ即ちあなた、異変に気付いて助けに来てくれた隊員ね!!」


『いや、全然違ぇよ!? なんでそうなんだよ! その光った人間はどこ行ったんだよ!?』


 少女の過程から導き出された頓智気とんちきな答えにガイが反応をする。

 ……。

 いや、だから相手が勘違いしてるんだから、そう言うことにしておこうよ。


「え、違うの? ということは、さっきの人が良さそうな人ってわけ?」


「いえ、全然。私はここを守る防衛隊の隊員です。仕事があるので失礼します」


「え、ちょっと待ってよ!」


 少女は俺の手を掴んで引き留めようとするが、少女の腕力では【鎧】を身に着けた俺は動かない。

 全身を使ってなんとか止めようと躍起になる少女。地面を引きずられるように寝そべっているが、その手は決して離れなかった。

 それどころか、


「……じゃあ、今からここに【ダンジョン防衛隊】を呼んでもいいの!?」


 と、俺を脅して見せた。

 困った。

 力任せに振り払うことは出来るけど、怪我させちゃうかも知れないし……。


「ガイ、お前が余計なこと言ったんだから、なんとかしてよ!」


『……うっ。くそ、こんな時に副作用の眠気が。悪いな、ここは一人でなんとかしてくれ!』


「あ、ちょっと、ガイ!!」


 ガイは眠りに着くため鎧を解除し元のハリネズミの姿へと戻った。

 自分のミスを誤魔化すためと言うのもあるだろうが、あの【鎧】を使うとガイが疲労するのも事実だ。世界が違うモノ・・・・・・・を使用する行為は体力を一気に消費させるらしい。

 

 睡魔に侵された瞳でガイは俺の服の中へと入り込んで眠る。

 ガイがいない状態で少女を説得できるのか不安だが――やるしかない。


「ほーら、やっぱり。私の言う通りじゃない!」


「最初は隊員だって言ってたじゃない。でもさ、君もこれで分かったろ?【魔物モンスター】が危険だって。だから、【ダンジョン】攻略は諦めた方がいいと思うんだ?」


 興奮していた少女も、自分と【土鬼グロット】が勝負にすらならなかった事を理解しているのだろう。俺の言葉に「しゅん」と表情を曇らせた。

 良かった。

 思ったよりも聞き分けがいい。

 が、そう思えたのは一瞬で、少女の瞳は直ぐに晴れ渡る。


「でも、だからって私はおめおめ引き下がる気はないわ! だって、私、高校を中退してここにいるんだもの!」


「は?」


 高校を辞めてまで【ダンジョン】に?

 この子は一体何を考えているんだ?


「それに、幸いなことに一人で【魔物モンスター】を倒せるいい先輩も見つけたし。幸先よくて幸いだね!!」


「……」


 ヤバい。

 この子、なんかヤバい。それに。なんか空気が良くない方向に流れている気がする。

 俺は流れの向きを変えるべく、背を向けて今度こそ、この場から離れようとする。


 そろそろ、【土鬼グロット】の脱走に【壁】の中にいる隊員達も気付く頃だろうしな。

 この辺でおさらばするのが妥当だ。


「そうか。いい先輩が見つかったんだな。ぜひともその人に良くしてもらうといい。俺はさっさと帰るよ」


「もー、そんな風にとぼけないでくださいよー。せ・ん・ぱ・い!」


「先輩? そんな人、この場にいるのか?」


 俺は【門扉クローズダンジョン】から離れるべく足を進める。

 ぴったりと後を付ける少女は煩いくらいに話かけてくる。


「うん。ここにいるよ! ということで、よろしくお願いします! 先輩!」


「誰が先輩だ! 大体、なんで俺なんだよ」


「いやー、本当はここに憧れの人いたんすけど、今、その人が変わったんす! あんなの見せられたら、私はたまらないよ!!」


 咄嗟に助けられれば、そう思うってしまっても不思議じゃないか。

 俺もそうだったしな。

 子供が英雄ヒーローに憧れるように――。

 なんて、自分で自分をそんな風に考えるのは自惚れか。


「助けられたら格好よく見える。そんなフランクリン効果で憧れを変えない方がいい」


「なに自惚れてるの!? 鎧で頭蒸れちゃったの!?」


「は?」


「大体、助けられたから先輩と認めた訳じゃない。それに、フランクリン効果は助けると好意を感じやすくなること――つまり、先輩が私を好きになったってことだよね!」


「誰がなるか!」


 間違えて覚えていたことが恥ずかしく、大声で誤魔化そうとするが――声の大きさで優位性は変わらなかった。

 ビシっと俺を指さして少女は言う。


「とにかく! 私が先輩を先輩と決めた理由はたった一つ!」


「なんだ?」


 ここまで熱くアピールするのだ。

 きっと、何か深い理由があるのかも知れない。

 俺はそう思いなおして少女の言葉を待った。


「【みぎ迎撃げいげき】って技名――メッチャ痺れたの!」


「思いの他しょうもない理由だった!!」


 そもそも、その技名は俺が言ってるわけじゃない。

 ガイが勝手に叫んでいるだけだ。

 少女の声が聞こえたわけじゃないだろうに、得意げな表情でハリネズミは眠っていた。

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