第6話 川の流れは決まってる

「改めまして! 私は川津かわつ 海未うみ】! 【探究者たんきゅうしゃ】として【ダンジョン】を攻略し、色んな冒険をすることが目標なの!」


 少女――川津 海未は「押忍!」と気合をいれて自己紹介をする。


「それにしても、中々な場所に住んでますねー、先輩!」


「だから、先輩じゃないってば……」


 結局、川津 海未は母校から電車を乗り継ぎ寝泊まりしている橋の下まで付いてきた。

 野の宿を見たら幻滅して流石に帰るだろうと思ったが別段気にする様子もない。

 メンタル強め女子だった。

 それとも、最近の若い女子はこんな感じなのか。ここ数年は【ダンジョン防衛隊】として駐屯地にいたからな。

 中退したとはいえ女子高生と話すのは久しい。


「一応、聞いとくけどさ、【探究者】目指してるって本当なの?」


「なあ、リキ。【探究者】ってなんだよ!? すげぇのか?」


 ガイは疲労が回復したのだろうか。目を覚ましたようで、川津 海未の死角である俺のうなじに張り付き、小さな声で聞いた。

 俺は【探究者】の意味を確認する風を装いながら話す。


「【探究者】は、【ダンジョン防衛隊】に属さず、個人で【ダンジョン】攻略を目指す人達の総称みたいなもの――いや、総称だったって言うべきだ。それは海未ちゃんも知ってると思うんだけど?」


【探究者】とは【ダンジョン】が発生しだすと同時に広まったワードだった。

 元々は漫画やアニメで現在、異世界の出現といった状況があるらしく、それが起源となったらしい。

 フィクションに影響された人々は、相当な数に昇る。が、今では自らを【探究者】と名乗る人間は零に等しい。


「知ってるよ……。【探究者】を名乗った皆は、【ダンジョン】に挑んで消えていったんだから」


【探究者】達は皆が皆口をそろえて【ステータス】や【スキル】が~と言って未知の世界にへと挑んだが、そんなものはこの世界になかった。


 強さを数値で図ることなど出来ないし、経験値が手に入るほど甘くもなかった。望んだものを手に入れることなく、命を落とす。

 それから【探究者】と名乗る者は急激に減っていき、いなくなったと思っていたのだが……。


「でも、私は諦めたくない。だから、一人でも挑むんだ!」


「いや、その心は凄いと思うけど、でも、いくら何でも無謀すぎるでしょ?」


 既に前例があるにも関わらずに挑むなど、命知らずにも程がある。


「本人がやりてぇって言ってるんだから、俺達が関わる必要ないだろ? 俺達も俺達で人に構ってられる状況じゃないぜ、リキ?」


 確かに俺も無職で明日の食にも困っている状況だ。

 早く日銭を稼ぐ方法と安心して住める場所を探さねばならない。

 ここで寝るのには困らないけど、流石にいつまでも留まる訳にはいかない。


「でも……俺は」


ダンジョン】で人が死ぬのを放っては置けない。

 あの光景を誰にも見て欲しくない。

 無言で俯く俺に、不思議そうに顔を覗き込みながら海未が言う。


「まあ、大丈夫だよー! 計画はちゃんとしてるし。だからこそ、【ダンジョン防衛隊】が管理している【門扉クローズダンジョン】に行ったわけだし」


 確かにあの【門扉クローズダンジョン】は、出てくる【魔物モンスター】の強さは低い。それに常に隊員がいるため、何かあれば助けてはくれるだろう。

 しかし、だからと言って忍び込むのが無謀であることには変わりないのだが。


「仮に忍び込めたとして、次はどうするつもりだったのさ」


「それはねー。あそこで、何かしらの何かを得てから、まだ見ぬ【ダンジョン】に挑もうとしたんだよ! 私の流れ《・・》に狂いはないわ!」


「流れ?」


 というか、この時点で既に中盤から計画が白紙なような気もするのだが、川津 海未は強気に微笑み俺を指差した。


「そう私の名前は川津 海未。雨は必ず川から海に流れ海にです。つまり、私の計画も必ず目的地に辿り着くのよ!!」


「お、おお……」


 分かりやすいドヤ顔を俺に向けるが、別に上手いともなんとも思わない。

 むしろ、そこまで得意げな表情をされるとこちらとしても対応に困る。

 どう返すべきかと言葉に詰まる俺と違い大きな声で感嘆する人がいた。

 いや、人ではなくハリネズミだが。


「かっけぇー。お前、見直したぜ! よし、決めた。俺と一緒に【探究者】になろうぜ!」


 俺の頭上に登ったハリネズミと視線が重なる川津 海未は、ポカンと口を開けて固まってしまう。


「おいおい。なんだよ、ノリが悪いなぁ。俺が認めてやったんだから、そこは迷うことなく返事は「はい」だろ?」


「なにしてんの、ガイ……」


「あ……」


 俺の声にガイは自分がしたことの重大さに気付いたのだろうか。

 俺の後頭部を滑り台のようにして地面に飛び降りる。

 そして、「ちゅ、ちゅう……」とネズミのフリをしてどこかに消えようとする。


「い、いやー。やっぱりこんな場所じゃネズミとかいるんだね。はっはっは」


 取り付くようにして俺はフォローを入れてみる。が、あそこまで露骨に話している姿を見ていれば誤魔化しようがない。

 川津は「ふん」とガイを掴んで自身の顔まで持ち上げた。


「じー」


「ちゅ、ちゅちゅ、ちゅう!」


 ガイを目線の高さまで持ち上げて隅々まで見る。

 あの近くで見れば、ガイの身体が本物のハリネズミでなく、人形であることはバレてしまう。必死に鳴きまねをしたところで、正直誤魔化しようがない。


 ガイの存在は誰にも知られたくなかった。だから、隠してきたのに、まさか、こんな所で……。

【扉《ダンジョン》】の先の住人であることがバレたら――誰もが捉えようとするだろう。


 まだ、川津 海未に俺の名前は知られてない。ならば、さっさとこの場を逃げ出した方がいい。

 俺はそう考え、逃げ出す隙を伺う。


 だが、川津は俺のそんな考えも気付かずに満面の笑みでガイを抱いた。


「いやー、なに、この子! 可愛いー!」

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