第3話 始まりの母校


「おい、起きろ!! 朝だぞ! どうするんだ? 一晩寝て考えが纏まったのかよ?」


「うーん。もうちょっと寝かせてよ。久しぶりに時間気にせず寝れるんだから……」


 俺はそう言って寝返りを打つ。

 現在は5月の上旬。朝は涼しく昼間は暖かいという季節の変わり目で助かった。布団が無くても気持ちよく寝られる。


「マジかよ……。お前、よくこんなコンクリの上で寝られんな」


「まあ、いつも床に薄い布団で寝てたから……」


【磯川班】では基本、二人一組で部屋が与えられる。だが、俺の場合は一緒に過ごすのが苦痛という理由で、1人、物置にへと追いやられていた。

 故に橋の下にある僅かなスペースは俺が5年間過ごした物置へやとよく似ていた。


「だからっていつまでも寝てんな! 俺が暇だろうが!!」


 ガイは俺の頬をトランポリン代わりに使って跳ねる。そして、空中で反転すると背中に生えたトゲを下に向けて落ちてくる。


「くらえ、【針千本落下球はりせんぼんらっかきゅう!!】」


「痛ぁああ!!」


 ガイの針が俺の頬に当たる。

 俺は頬を擦り傷が出来ていないことを確認する。擦った手のひらを見ると血液は付いていない。

 良かった、血は出ていないようだ。


「ふふふ。どうだ、この体になって編み出した俺の必殺技は!!」


「何するんだよ! ガイの身体が縫いぐるみじゃなきゃ、俺、死んでたかも知れないんだぞ!! それに、なんだ! 今のダサい技名は!!」


「ダサいって言うな! 俺の命名だぞ!!」


 腰に手を当てて胸を張るガイ。

 背中に付いた針が強調される。柔らかい樹脂で出来た針で良かった。子供たちが怪我をしないようにと優しい配慮をした制作会社に感謝をしたい。

 どこが作ってるのか知らないけど。


「全く、ダサい名前でも叫ばなきゃいけないなんて、その異世界文化は混乱するばかりだよ」


「はーん、お前、あれだな! 絶対喧嘩売ってるよな? いいぜ、買ってやるよ!」


 シュッシュと口で言いながらボクシングのシャドーを始める。

 短い手足でそんなことをしてもなんの迫力もない。

 俺は痛みで冷めた目を擦り身体を起こす。


「あ、おい! 無視すんな! やるならやろうぜ!!」


「はいはい。それで今日なんだけど、俺は地元に帰ろうと思うんだ」


「地元? ああ、親のスネをかじりに行く訳か! 無職だしな」


 グッと親指を付きたてるガイ。

 人形なのにちゃんと細かく指が作ってあるんだな。


「って、無職は余計だよ。ただ、全てを失ったから、これを機に初心に帰ろうと思っただけだよ」


「ふん? 初心?」


「ああ。俺が【ダンジョン防衛隊】を志した場所に行くんだよ」





「うぉー! すげぇ! 何もねぇ!!」


 電車を乗り継ぐこと3時間。

 ようやく地元にへと帰ってくることが出来た。最寄り駅は発展した都心では考えられない無人駅。

 切符を回収するための白い木箱は、風化してボロボロだ。俺が小学生の時から変わっていない。


「だろ? それがこの町の良い所なんだよ」


 見渡すとあるのは畑と田んぼ。

ダンジョン】を封鎖するために色んな所に言ったが、ここまで自然に恵まれた場所はなかったかのように思う。

 久しぶりの故郷で変なテンションになってるだけなのかも知れないが。


 俺の故郷、千山羽町ちやまはちょうは、苺と米の生産が盛んな農業の町。駅の近くに置かれた無人販売の野菜は今日も完売だった。

 家に帰るとこの時期はここで買ったキュウリが浅漬けになってたっけ。おやつによく食べたな。


 小学生時代を思い出しながら、駅から目的の場所まで歩き始める。

 昔は、駅から目的地までは果てしない距離に感じたが、大人になって鍛えられた体力から、当時よりも疲労を感じることなく到着することが出来た。


「ここは……?」


 目的地で足を止めた俺の頭にガイは登って聞く。

 そこにあるのは、巨大な【壁】で囲われた学校だった。


「ここは千山羽ちやはま中学校。俺の母校だよ」


「母校って……ここ学校なのか?」


「うん。今はそんな風には見えないだろうけどね」


 校舎を万遍なく隠すようにそびえる【壁】は、異質な雰囲気を放っていた。子供たちから出る活発なエネルギーは無く、どことなく禍々しい空気が周囲に充満していた。


「それに、ここはもう【ダンジョン】だから」


「そっか。それでこんな物騒な【壁】に覆われてるってわけか」


「うん。穏やかなこの町にとっては衝撃だったよ。この学校に通ってた殆んどの生徒は命を落とした。日本で【ダンジョン】が出現してから、一番犠牲者が出た事件だよ」


【扉《ダンジョン》】がどういうモノなのか、まだ、世間に浸透していない時期というのもあっただろう。特徴が理解されていなかった。


【扉《ダンジョン》】から【魔物モンスター】が現れるには条件がある。


 始めに扉が開くことで【魔物モンスター】が活動できる空気が周囲に充満していく。


 次に【魔物《モンスター》】が現れる。扉から出てきた【魔物《モンスター》】は、充満した空気の範囲でしか行動出来ないことが、これまでの経験で分かっている。


 つまり、【ダンジョン】が現れてから、どれだけ早く対応するかによって被害状況が変わってくるのだ。


 けど、ここに助けが来たときは既に丸一日掛かっていた。

 救助に来た【ダンジョン防衛隊】の人たちも沢山犠牲になった。


 俺の目の前で――。

 現代だったら、もっと早く助けが来て助かった命も多かったんだろうな。


「はーん。この世界にも色々あんだなぁ。で、お前は身近で経験して防衛隊に入ったと」


「まあ、そんなところだよ……」


 この校舎を見ていると当時の記憶が蘇る。

 両手を広げて背中越しに笑う声。【魔物モンスター】に襲われながらも決して弱音を見せなかった俺の英雄。


『みんな大丈夫か? 安心しろ。俺が――世界、守らせて貰います!』


 恐怖に震えていた俺は、その背に救われて、同じく【ダンジョン防衛隊】に入ることを決意したんだ。

 俺の雰囲気にいつもはお喋りなガイも黙って無機質な【壁】を見つめていた。


「うん……? なんだ、あいつは?」


「どうしたのさ?」


「いや、あそこに見るから~に怪しい奴がいんだよ」


 ガイはそう言って指さす。

 示した方向には制服を来た少女が、「そろり、そろり」と足音を消して校舎の周りをうろついていた。


「あの制服……この辺りじゃ見掛けないな」


 とは言っても俺もそんな制服に詳しいわけじゃないんだけど。

 そもそも、5年も経ってるんだから、制服をリニューアルする学校が有っても不思議ではない。


「ま、別にどこの誰がなにしてても関係ねぇか。よし、気持ちも切り替わったことだし、早速実家でメシでも食おうぜ?」


「なんでガイが俺の気持ちの切り替え分かるんだよ」


「そりゃ、分かるさ。俺はこう見えても感受性は高いんだ」


「はいはい……って、ちょっと!あの子、勝手に中に入ろうとしてる!!」


 ガイの軽口を受け流した俺の視界に、少女の有り得ない行動が映った。

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