熱帯雨林の大蛙族
第15話 恩返し
「どうだロ」
「だめだロ。ここの虫も汚染されてるロ」
「ゲロゲロ。もう蓄えが底をつくロ。食べる虫がないロ」
しとしとと雨が降る。熱帯雨林は雨季。いつもなら彼らにとって恵み豊かな時期だが……。
「とりあえず長老様に伝えるゲ。文字通り八方塞がりだロ。この地域が最後の望みだったのに」
「やはりあれのせいなんだろうかロ」
「分からないロ。余計な推測はするもんじゃない」
そう言うと、彼らは手を地面について跳ねて村に戻り始めた。
「マル、ここどこよ」コンスタンはずっとマルブランクの後を歩いた。彼女は生まれてこの方バロム領を出たことがなかったから、少し怖かったのだ。しかし、それは新鮮で色々なものを見ては感動した。例えば初めて海を見た。高い山を見た。たくさんの人で賑わう市場も見たし、広大で先が見えない畑を見た。全てが新鮮で、自分があの地域を出るなんて思いもしなかった。
ここはバロム領の隣のマラーナ地方。2人は関所ではコンスタンの顔がバレてしまうので、広大な森から回り込んでこの地方に入った。
まず2人はこの地方最大の自治都市、マラーナリアに行って一泊。泥だらけの体を洗い、傷の手当てをした。
マルブランクのパックパックには禁書 " 死者の詩篇 " が入っていた。魔力を帯びた魔導具を、マルブランクはその辺の木のツタで開かないように縛り付け、無造作に背中に背負っていた。コンスタンは果たして大丈夫かと思ったが、自分が持つのは嫌なので何も言わなかった。
あくる日、2人は街を出た。目的は王都の王国立図書館。マルブランクはそこの館長と知り合いなので " 死者の詩篇 " を引き取ってもらい、管理してもらうという。そこには国の内外のあらゆる本、原本から写本が集められており、その中には決しておもてに出さない禁書、呪われた魔書もしまわれていて、呪術で結界を張り、専属の魔導士が厳重に見張って管理している。
それだけ魔力を帯びた本は危険なのだ。国を揺るがすほどに。
「おかしいなあ」マルブランクは頭をかきながら言った。すでにエールを一杯飲んでいた。
「この森林地帯は近道じゃないの?」コンスタンは苛立っていた。野宿はしたことがない。道具もない。日は少し沈みかけていた。
「隣の街が見えてもいい頃なんだが」
コンスタンはマスクの代わりに、頭から顔に頭巾みたいに巻きつけてある布を撒き直した。鼻まで覆っているので暑い。
「あなたってどこか信用できないのよね」コンスタンは冷淡に言った。
「その割には遠路はるばる着いてくるじゃないか」マルブランクはニヤけて2本目のエールを開けた。
「ななに!」コンスタンは少し苦笑してマルブランクを蹴り上げてやろうと歩み寄った。
「うゲロ」
「わっ。なに?」コンスタンは一瞬マルブランクが変な声を出したと思った。しかしまだ蹴りを入れてはなかった。
「ん?」マルブランクは灌木の隅に何かがいるのを見つけた。
マルブランクは立ち止まるコンスタンを尻目に回り込んでみた。
「ううゲ」
「なんだ、てめえは」マルブランクは何かが倒れているのを見つけ、しゃがみ込んだ。
「な、なんなの?」コンスタンも恐る恐る近づいてみる。「わ!」
「おめえ喋れるのか?」
「は、はい。お腹が空いて……」
「かっ、蛙!おおきい蛙」コンスタンは驚いて後退りした。彼女は蛙が苦手ではなかったが、人ほどもある、エンジ色に大きな斑点がある蛙には出会ったことがなかった。
大きな蛙は空な瞳で、喉を膨らましたりしぼましたりしながら、マルブランクに手を差し出した。
「すみません、何か下さい」
「あ、ああ、構わんが何なら食えるんだ?」マルブランクはパックパックを開けてみた。ヤギのチーズ、豚の干し肉、エール3本、禁書、パンツ、ナイフ、財布。
「これはなんですか?」
「チーズ」
「下さい」
「構わんよ」
「うまい。初めて食べました」
「……そうか」
その様子をコンスタンは黙って見ていたが、そろそろ構わないかとマルブランクに合図をした。マルブランクもそろそろかと、蛙が半身を起き上げると、立ち去ろうとした。
「あの……」大きな蛙は申し訳なさそうに話しかけた。
「ん?」マルブランクは少し歩き出していた。
「あのう、今晩寝泊まりする場所はありますか?」蛙は礼儀正しく言った。
「ん?いや、その辺で……寝るよ」なおも足を進めた。
「よろしければ私たちの村に来ませんか?」
2人はしばらく黙って、そして蛙に背を向けて身を寄せ合った。
「やみくもに歩いても……」2人はひそひそ喋る。「いや、でも、両生類だから……」「でも地べたで寝るよりは……」「いや、分からんぞ。ベッドで寝るのかも……」「でもあんな大きなオタマジャクシなんか見たら夢に出てきそう……」
「あのう……」蛙が訊いた。
「とりあえず、寄らしてもらうわ!それから決める」マルブランクとコンスタンは振り向いた。
「そうですかゲ。ではではこちらへ」蛙はガニ股の二足の足で、2人を案内し始めた。
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