第16話 大蛙の集落
蛙の集落はほどなく近い場所にあった。辺りは湿地帯で、木で組み上げられた簡素な家々は、決まって水辺の辺りに作られており、好きな時に水を浴びられるような作りになっている。集落と森林の境界線や塀などはなく、高い木に囲まれた一種独特な雰囲気を醸し出していた。
助けた蛙に連れられて、歩いていると、戸口で木を編んでいる蛙が物珍しそうにマルブランクとコンスタンを見ていた。
途中大きなオタマジャクシに手が生えたものと、大きな蛙が手を繋いですれ違った。
「お母さん、お腹減ったよう」オタマジャクシの方が言った。
「さっきコオロギを食べたでしょ。夕飯まで我慢しなさい」蛙がたしなめていた。
「あんな小さなコオロギじゃ足りないよ!」
そのままオタマジャクシは引っ張られてどこかに連れて行かれた。
やっぱ子供は大きなオタマジャクシか。コンスタンは背筋がゾワゾワした。恐らく生まれたてのオタマジャクシなら人の顔ほどもあるんだろうな……。
「こちらが長老様の家だロ。入ってくだせ」助けた蛙はずかずか長老の家に入って行く。マルブランクとコンスタンも静かに入って行った。
「長様、こちらは旅の方で、命を助けてもらいまして、何かお礼にと村に立ち寄っていただきましたロ」
木で編んだ立派な椅子に、色褪せた緑の体が凸凹した大ガエルが鎮座していた。他の蛙に比べると肌がガサガサで、シワというか迫力が違った。体も大きく、あぐらをかいて椅子に腰掛けていた。
「これはこれは、久しぶりの客人ですな。ようこそ大蛙族の集落へおいでなさった」蛙はみんな声が低い。長老はさらに低く、地鳴りみたいな声だ。
「いえいえ、大したことはしてないんですよ」マルブランクは丁寧に手を振った。
「あなた方が通りがかってなきゃ行き倒れていましたロ」助けた蛙が横から頭を下げた。
「なにも、大したものはありませんが、今晩だけでもごゆっくりしていって下さい」長老が言った。
すると、次の瞬間、長老の口が小さく開き、中から真っ赤な舌を出したかと思うと、空中に高速で伸ばし、また口を閉じた。
もぐもぐ。
マルブランクとコンスタンは少し間を空けた。「ここから1番近い、人の街までどれくらいでしょうか」
「あ、ああ、それなら丸一日はかかりますよ」長老が言った。
ここに泊まるなら野宿をする。と、コンスタンは言う。マルブランクはそう思った。見はしないが斜め後ろからコンスタンの視線を感じるから。
「いえ、大したことはしておりませんし、先を急ぎますから失礼……」
マルブランクがそう言うや、屋根を叩く雨音。夕立か、かなり激しく降り出した。
「今は雨季でして、人間のあなた方はあまり好かれないでしょう。我々はずぶ濡れぐらいがちょうどいいんですが。雨宿りにもゆっくりしていってくだせえ」長老はゲロゲロ笑いながら言った。
マルブランクはコンスタンの方を見なかった。表情は予想できる。
コンスタンは雨が降る中、蛙に教えられた水浴びができる岩場にやって来た。そこは小さな滝があり、水も比較的綺麗だった。
辺りはすっかり暗くなり、ランタンと月明かりの下で体を清めていると、いつしか雨も止んだ。辺りは静かな藪。誰もいない。
服も着替え、荷物をまとめながら、水面に映った暗い自分の顔を見ていた。
最近、なんか弱くなったみたい。
戦争孤児としてバロムで育てられ、男社会で何も疑わずに剣をふるってきた。自分は気づけば顔が傷だらけで、城で雑用をさせられていたが、元はバロムの人間ではないのだとか。どこから来たのだろう。
城に仲間や友達はいたが、自分は1人だった。1番の違いはみんなに血縁の家族がいたこと。しかし最近までそんなことは感じなかった。
顔から身体中に傷を帯びた自分は、バロムの城で使われて生きるしかない人間だった。
マルブランクと会って、はじめてなんだか寂しいって感じた。なぜだろうか。1人を感じてしまった。
バロムが自分を育ててくれたのに、彼を斬れなかった。なんでこんな傷跡があるんだろ。
コンスタンは少し泣きそうになって、収まったら帰ることにした。
コンスタンが集落に近づくと、さっきまでの陰気な雰囲気が少し変わっていた。
彼女は何やら叩くような音がする、長老の家に戻った。
「どわははは」
「いやはや愉快」
蛙達が腹を膨らまして、太鼓みたいに叩く拍子に合わせて、全裸のマルブランクと元々全裸の蛙達が愉快そうに踊りを踊っていた。そして周りにはたくさんの蛙達。その周りには陶器の器や壺が転がり、散らかし放題だった。中には手足のあるオタマジャクシまて紛れ込んでいて、皆が顔を真っ赤にして騒いでいた。
「お、コンスタン」全裸のマルブランクは戸口のコンスタンを見つけた。「蛙殿が作った酒、飲んでみろ。こんなにうまい酒は飲んだことがないわい」
「これはガマ酒と言ってな、作り方は……」
長老の説明の途中でコンスタンは立ち去った。酔ったマルブランクは嫌いだと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます