第14話 うそ
「やった……か」ドノヴァンは兜を脱ぎながら言った。
キルガは立ち上がってターシャルを見に行った。部屋の外には爆風に吹き飛ばされて散り散りになっている同胞の骸の真ん中で、ターシャルは泥まみれで呆然と立っていた。
「大丈夫か?」
「あ、ああ。なんとかね」
「あと一息だ」キルガはターシャルの頬を叩いた。
「ああ、もう少し」ターシャルは髪の毛をかきむしった。
ドノヴァンは立ち上がり、自分の斧が無事か確認した。
「大丈夫か?痛むか?」マルブランクはコンスタンに話しかけた。彼女はまだ喉が痛むらしく、膝をついてうつむいて、喉を押さえていた。
マルブランクは冷静な表情で立ち上がり、事切れた妖魔を尻目に、その部屋の祭壇へ歩いて行った。
「マルブランク!」ドノヴァンが珍しく叫ぶ。「よせ!まだ罠があるかもしれん」
そんな忠告も聞かずに、擦り傷だらけのマルブランクは祭壇の上に上がり、大層に供えられている本を覗き込んだ。
キルガとターシャルは部屋に入ってその様子を見ていた。
やっぱりだ。ここにあったのはただの魔導書や奥義書なんかじゃない。これはかつて王国立図書館で見たことがある表紙だ。
" 死者の詩篇 "
極めて危険で禁書とされている本だ。良い事の何倍もの悪い事が起きるとされている。
「君達は自分達の主人がこの禁書を求めていたと、知っていたのか?」マルブランクが振り返った。
するとそこには、既に立ち上がったコンスタンが、こちらを向いて細剣を握りしめて立っていた。その距離、10歩。
その目を見てマルブランクは理解した。それは憂いに満ちた殺気。一歩でも動けばコンスタンは、マルブランクに見えない高速突きを放つだろう。
彼女は本気だ。
「こんなものに手を出したと、世間に知れたら爵位剥奪ものだぞ。大罪だ」マルブランクはコンスタンに言う。
「だから、お前は死ぬのだろう?」コンスタンは静かに呟いた。声が震えているみたいだった。
マルブランクはコンスタンの右手を見た。剣の柄を握る手も小刻みに震えているみたいだった。
マルブランクはただじっとコンスタンの目を見ている。
次の瞬間、コンスタンの珍しくからは涙が溢れた。突然、金属音が聞こえる。足元を見るとコンスタンの細剣が地面に落ちていた。
コンスタンは膝から崩れ落ち、顔を両手で覆って、静かに鼻水を吸い始めた。
マルブランクはそんなコンスタンを見下ろしていた。
コンスタンの背後から歩いて来たのはドノヴァンだった。彼はおもむろに斧を振り上げ、マルブランクが唖然と見ている目の前で、膝をつくコンスタンに振り下ろした。
彼女は邪魔なものみたいにドノヴァンの斧に叩き飛ばされ、壁の際にぐったりと倒れて転がった。
「馬鹿な女だ。もう少し賢いと思ったがな。勝手に処分を下す権限はないから寝ていてもらう。罰は帰ってからだ。ターシャル、キルガ!コンスタンは使命を果たせなかった。計画変更で、俺等であいつをやるしかない。俺等で仕上げるぞ」ドノヴァンは饒舌に喋り、マルブランクを睨め付けた。
「油断するなよ」キルガの目つきときたら。彼だけではない。手の平を返すどころか、マルブランクを親の仇みたいな目で見てくる。
3対1。体格の良い重装備のドノヴァンと取っ組み合っている間に、呪術を食らうだろう。逆も然り。1人くらいはやれるが、その間に致命傷を受ける。
「最低のやつらだな。言葉が見つからん」マルブランクは禁術を手に取った。
「おい!貴様触るな!」キルガが叫んだ。
「おい。近づくなよ。ビリビリに破り捨てるぞ」マルブランクは強気に言った。
「ふん。強がるな」ターシャルはいつの間にか小型の弓矢を荷車から取り出していた。
「コンスタンを荷車に載せろ」マルブランクが言った。両手で禁書を持っていた。「なら、これはどうだ。俺がお前達に仕留められる前に禁書を開いて読む。さて、何が起きるかな」
3人の額には汗。マルブランクは平然としていた。
「どうせ、連れ帰る時に載せるんだ。ターシャル、載せろ」キルガはボソボソ指示した。
ターシャルはぶつぶつ言いながら気絶したコンスタンを担ぎ、自分が引いて来た荷車に乱暴に載せた。
「いいか、動くなよ。荷車から離れるんだ」マルブランクは" 死者の詩篇 "を盾にせんばかりに胸の前に掲げて、横歩きで壁際を回り込み始めた。
3人は何をするつもりかと、ただ黙ってマルブランクを睨みつける。しかし本に何かあってはいけない。無事に持ち帰り、またとない賛辞と報酬を受け取るか、または不名誉、酷ければ失態の罰を受けるか。
マルブランクは戸口の荷車までたどり着いた。
「車を引きながら、我々を脅迫しながらこの遺跡の外まで歩くつもりか?」キルガが言った。
マルブランクは荷車を部屋の外まで引き出した。意外と重い……。後で荷物を捨てよう。
マルブランクは部屋の重厚な扉を閉め始めた。
「ふん、何をするつもりだ。閉じ込めたつもりか」ターシャルが鼻で笑う。
「意味がわからんな」キルガが言った。
「君らが猿芝居をしていた事、分かってたよ。だから殺してない。4人で仲良くしてくれたまえ」マルブランクは扉を閉め切り、荷車を握りしめて猛ダッシュで登り階段に走り出した。
「は?」
「何言ってんだ」
「ん?」
「どうしたドノヴ……うああっ」
危ないところだった。もう起き出していた。
背後から聞こえてきたのは爆音。マルブランクは渾身の力で荷車を持ち上げながら、階段を駆け上がる。彼はあの女妖魔があのフロアからこちらに上がって来ない事を祈った。そして別のやつに出くわさない事も。
少しセンチな気分だ。疑ってはいたが、実際裏切られたり、嘘をつかれるのはショックを受ける。あまりそういうのが得意じゃない。
「……ん。う〜ん」コンスタンは微かな明かりの中で目を覚ました。ここがどこなのか分からない。目の前以外は真っ暗。
徐々に意識がはっきりして、自分が気絶する前の事を思い出す。
「はっ!」コンスタンは急いで起き上がり、辺りを見回した。そこは遺跡の始まりの通路。土壁の穴蔵だった。脇にはランタン。その少し向こうにしきりに動く人影。
次にコンスタンは顔を抑えた。ない。マスクがない。その代わりに額と頭に包帯が巻かれている。そうだ、ドノヴァンか誰かに殴られたみたいだった。
あの人影は……マルブランクだ。
「おい」コンスタンは話しかけた。
「目が覚めたか」マルブランクは振り向きもせずに必死で何かをしている。どうやら土を掘るような音を立てていた。
「お前をしている?私の仮面を剥がしたか?」
「手当をしたんだ。落ち着いたら手伝え」
「何をしているんだ。あいつらはどうした?」
「撒いて逃げてきたよ。穴を掘ってんだ」
「逃げた?なぜ穴を掘ってるんだ」
「人間が煩わしいからさ。これだから隠居していたのにまたこれだ。穴の外にはバロムの騎兵がいるだろうから、横穴を掘って逃げるのさ」
「横穴……」コンスタンは小さく吹き出してしまった。「どれだけ掘るんだよ」
「分からん。手伝えよ」
「何で私が……」
「バロムに戻るのか?」マルブランクはそう言ってコンスタンを見た。その目はまるで彼女を見透かした目。
まるで私が自由に生きたいと思っているかのような嫌な目つき。
醜い顔とか、それを隠すマスクとか、女兵士だからとかとか、なめられたくないとか、全て面倒臭い。
「どこ行くの?」
「とりあえずバロム領を抜け出さないと。俺もお前も行方不明って事にしてな」
「じゃあ、頑張って」
「手伝えよ!」
コンスタンは壁に寄りかかって座り直し、乱れたブロンドを整えた。そして小さな明かりに微かに浮かび上がる、マルブランクの小さな背中をただ見つめていた。
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