第13話 爆裂
そこは礼拝堂のようだったが、神聖というよりかは何か原始的で湿った土壁に覆われた穴の中という感じだった。
天井も高く、だだっ広い空間に人影がポツリ。その奥には何かが祀られた祭壇。
「なにをしているんだ」キルガが目を細めて言った。一行はまだ部屋に入っていない。
「授乳だ。乳を与えている」コンスタンが言った。
「乳。赤子か?」
「いや、見ろ。人の子と言うよりは黒い何かを抱いている」とドノヴァン。
「あれは儀式だ。禁術じゃないか。あの妖魔たちを生み出しているんじゃ……」マルブランクは祭壇の方を見た。なるほど。ここにはそのために……。
「わたしの」大きな黒い人影が、かすれた野鳥みたいな声で喋り出した。それは金属を擦った時に出る音みたく、皆の心を掻き乱した。「わたしの赤ちゃんを殺した?」
一行は黙ったまま、泥の部屋に入り、隊列を組んだ。前にドノヴァン、横にコンスタンとマルブランク、背後にキルガ。
「あなたたち、殺した?」黒い女は座って、黒い塊に授乳しながら顔を上げた。やはり目には瞳孔がなく、曇った網膜を剥き出しにしている。鼻は削がれたみたいに平たく唇はなかった。身体は骨張って黒光していて、藁みたいにやさぐれた髪は何百年手入れされていないのだろうか。
一同は武器を手に取って構えた。いつ飛びかかってくるかと待つ。
「あなたたち、許さない」女と思しき妖魔が歯軋りをした。
「やかましい。勝手言うな。お前らが悪いんだろうが。さっさと成仏しろ」マルブランクが顔を真っ赤にして言う。酔って怒ったのだ。
妖魔は骨と皮の痩せた腕から黒い塊を乱暴に落とすと、それは鈍い音を立てて泥の上に落ちた。その物体は生物の定を成していない黒い肉の塊に見えた。
「ユルサナイ、ユルサナイ」妖魔は歯の間から泡を噴き出しながら、念仏のようにそう唱え、よたよた歩みよって来る。
「油断するなよ」ドノヴァンが言った。
「ん、だめだ。離れろ!」キルガが金切り声で叫んだ。「おかしい、詠唱しているのか」
「気圧が変化して……」マルブランクがそう言うと、皆が皆とも音が聞こえなくなった。無音になったのではない。爆裂音で聴覚が麻痺してしまったのだ。
部屋の泥がその外にまで飛び散り、噴き出る熱い空気でターシャルは吹き飛んでしまった。
突然部屋を包み込んだ爆風が4人を吹き飛ばした。マルブランク以外は部屋の土壁に叩きつけられたが、彼は部屋のドアを抜けて、通路の向こうまで押し出されて行った。
この遺跡、いや外にまで聞こえるような轟音は地震くらいに辺りを揺らしたに違いない。それは妖魔を中心に螺旋状に起きており、地面が滑らかなえぐられ方をしていた。
「マルブランクさん!」ターシャルは荷車を投げ出して、自分の背後まで飛んできたマルブランクに声を掛けた。
「いぎぎ、くそ」ドノヴァンは少し壁にめり込んだ重装備を身体ごと引き抜いた。そして膝をつく。「何だあれは、くそ。聞こえん」
「
コンスタンは既に立ち上がっていたが、目をやられて目の前が白ばんでいた。しばらくしたら治るだろうか。
「やつには
「
「つまり……」
また爆風が部屋に起こる。
泥と湿気を帯びた砂煙が巻き上がり、皆をさらに壁にめり込ませた。
コンスタンは軽い脳震盪を起こし、ドノヴァンは自分の甲冑で傷ついた。マルブランクは察知して戸口の脇に避けたが、それでもかなりの衝撃だ。
女の妖魔はまだふらふらしていたが、近寄らずにその場に立ち尽くしていた。
「いてて。く……」キルガは対抗しようか考えた。しかしあの爆風でこちらに跳ね返さえかねない。
「やつは
「そんな……やつは達人か…」
「何百年も前に禁術に手を染めて、ここで生きて来て、身も心も妖怪化しているんだろう」マルブランクは思案しながら言う。
「なら近づけないじゃないか」ドノヴァンはやっと立った。
身の危険を感じて、心にネガティブな感情が浮かんだらすぐに発動できる。呪術を思いのままに操れる。
どうする。どう近づく。
マルブランクはふと見る。するとすでに立ち上がったコンスタンが壁伝いに少しずつ移動しているのに気づいた。彼女は妖魔の背後に回り込もうとしているみたいだった。
一瞬コンスタンはマルブランクを見た。いや、あれは合図だ。
コンスタンは細剣を構えて走った。
彼女は妖魔に向かってではなく、その背後の黒い塊、先ほどまで女が授乳していたものに向かってだった。
妖魔も飛び出す。先ほどとは打って変わって機敏な動きで、何か大事なものを守らんと必死の形相だった。
妖魔とコンスタンが、土の上の黒い肉片に向かって走る。妖魔は爆風を起こさなかなかった。あれを巻き込んでしまうから。かわいい赤ちゃんを
2人が同時くらいに到達した瞬間、コンスタンの剣の刃は妖魔の鎖骨辺りに突き立っていた。そこから頭部や胸部を何度も突こうとした瞬間、この世のものとは思えない腕力でコンスタンは首を掴まれた。
コンスタンは窒息を通り越して、動脈が握り潰されるくらいの痛みを感じた。
外の痛みか、中か分からない。
死を覚悟するが早いか、掴む腕の力が急になくなった。
その場に膝をついて喉を押さえ、赤い胆汁を吐いた。そして見上げると倒れた妖魔のまえにマルブランクがいた。
彼は妖魔の腕を蹴り上げ、胴体を何度か踏みつけると、両手で頭部を押さえつけ、ぐっと一度押さえつけた。その時、骨が砕けるような鈍い音がした。
女の妖魔はそれきりぐったりして動かなくなった。
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