第12話 底の奥

 「うーん。こっちかな」マルブランクは左右に分かれた道を見比べて、片方を指さした。その違いが他の4人には分からなかったが、今のところ生きて進んでいるという事はマルブランクの選択が正解なのだ。


 「どう違うんですか?」また隊列を組んだ時にターシャルがマルブランクに訊いた。


 「んん、まあ座標と見た感じの様子の両方で考えてんだ」マルブランクはなにやら口に言いあらわしにくい様子で答えた。


 「様子は雰囲気?」キルガも訊いた。


 「まあ、そうだな。その道の使用感とか床の摩耗具合とか」


「座標って何ですか?」とターシャル。


 「まあ、訓練すると歩けば、どの辺をどのくらい進んだかを頭の地図に起こせるようになるんだ。その時大事なのが方向感覚だな。東西南北が絶対狂わないように、それも訓練で培う。それが狂って修正出来なければ道に迷う」


 「今も?分かるんですか?」


「ああ。酔って寝る時なんかは木の棒を北に向けて寝るんだ。まあ木の棒でなくてもなんでもいいんだが」


「プロだな」ドノヴァンが感心した。


 「頭に座標を……。誰かに教わったことなのか?」とキルガ。


 「いんや。趣味が高じてこうなっただけだよ」マルブランクは一杯やろうとバックパックをまさぐった。


 「趣味って……」


 「おい、曲がった先にまたあの黒い妖魔がいるぞ」コンスタンが静かに言った。


 ここまで最初ほどの数ではなかったが、何度か黒灰色の妖魔に出くわして、皆で撃退してきた。このフロアは長く入り組んでいる。まるで何かが進むのを拒んでいるかのような迷宮じみていた。


 

 「見ろ、また階段だ」ドノヴァンが言った。


 「なるほど。そろそろゴールは近いかもな」マルブランクが言った。


 「どうしてそう思う?」とコンスタン。


 「さっきまでの入り組んだ道は侵入者に対してのものだ。ヒョウヒョウと進んできたがここまで誰かをには十分な迷路だった。人の住居跡の要素としては全ての種類の部屋を通って来たと思う」マルブランクは酔い始めていた。


 「経験だな。つまりはもう終わるには十分だと?」ドノヴァンが訊いた。


 「だと思うよ。古代人も掘る必要がないと思う」


「降りよう」コンスタンがそう言うと、一行は階段を降り始めた。何段か降りた時、何人かの顔色が変わった。


 「感じるな」マルブランクが口を開いた。


 「鈍感な俺も寒気がするよ」ドノヴァンは珍しく弱々しい声で話した。


 「これは何だろうか」キルガも感じているみたいだった。


 「さっきの黒いやつらの強化版みたいだな。同じ種類の嫌な感じだ」とコンスタン。


 「あの類なのは間違いない。しかし、比べ物にならないくらい深く暗い感じがする。憎しみだ」マルブランクは低い声で語った。


 「憎しみを感じるのか?」


「いや、マルは例えて言っているんだ」とコンスタン。


 一行はゆっくり降りた。


 一段。一段。


 「深い悲しみを感じる 水の底に溜まった


汚れた泥 我々はそれを掻き混ぜて 


水をまた汚そうとしているのかもしれない


そのままにしておけば良いものかも


時がやつらを沈め そっと触れずにおいた


自然に仇なし 長い時を この深淵で過ごしてきた 


しかし それは彼らに対する罰なのか


奴らは死ぬ事さえ許されず その切符を


命で買う事さえできぬ ただこの深淵で


何かを待つしかないのか それらを阻む


回廊を自ら作りながら」



 マルブランクの詩が終わるのと、階段を降りきるのが同時だった。


 寒気と息遣いがした。なぜかこのフロアには活気があり、我々が住む街みたいに生きているみたいな気配がした。生活感があり、それでいて嫌悪すべき気配がある。


 階段を降りて、土壁の狭い回廊を進み、最初の曲がり角を進むと、広場があった。そこの奥には重厚な両開きの扉。その前に、一行が息を呑むものが散らばっていた。


 「あれは……」


「うあ……」


一面に白骨と武具。見覚えのある甲冑、剣、盾。バロムのビリビリに破れた上っ張りの切れ端。それらが少なからず血糊で錆びていたり、汚れていたりした。


 無造作に撒き散らされている。つま先歩きで合間をぬって通り過ぎるのもためらわれる。


 ターシャルは車を手前まで運び、そこから動かなかった。荷車がどうやっても進めないのに加えて、何か進む気力を失ったのだ。


 「くそ……」ドノヴァンは同胞の亡骸を避けて進みながら呟いた。


 「予想はしたがいざ見るとな」キルガも避けて進む。


 「喰われているな」マルブランクは白骨をまじまじと見て言った。「かじられてる」


「やめてくれ」コンスタンが言った。「扉を開けるぞ」


仲間の亡骸の前で立ち尽くすターシャルを置いて、コンスタンとドノヴァンが立派な鉄の扉を押し開けた。それは重かったが、案外軽く空いた。


 ドノヴァン、コンスタンそれにキルガとマルブランクは扉の奥を覗き込んだ。


 

 中からは腐敗したような湿気。その奥には黒い人影。座っている。立派な石の祭壇の前に座る妖魔。しかしそれは今まで見たのとはひと回り大きく、凸凹した体をしていた。何よりの違いはそれには長くてボサボサの髪が生えており、ふくよかで黒い乳房で、小さな妖魔に授乳しているのだった。


 

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