第11話 チーム
監獄が立ち並ぶフロアを抜けると、いくつかの部屋を通り過ぎた。恐らく古代人の住居だとかであったらしかったが、調度品だとかは風化して朽ちていてよく分からない。
そしてまた降り階段に着いた。一行は無言で降りる。
「あんたはなぜこんな仕事をしているんだい?」キルガはマルブランクに訊いた。
「こんな仕事とは?」マルブランクは訊き返した。
「こういった場所に同行する、言わば傭兵だろう?でも傭兵団に入って合戦に参加したりするわけでもない。変わった仕事だな」
「ノンノン」マルブランクは階段を降りながら人差し指を振った。「俺は冒険家なのよ。何も穴蔵ばかりじゃないぜ。今までたくさんの素敵な未開の地に足を踏み入れてきた。そして色んな物を見るんだ。こんなに楽しいことはないぜ」
「名が知れるまでは食えんだろう?」もうじき階段も終わりそうだ、とキルガは思った。
「まあ、手間賃が出ようが出まいが働くよ。金になりそうな物が眠る場所に出向けばいいだけだから」マルブランクはそう言いながら何かを感じ取った。また空気が変わり始めている。何かまたいるのか。
「俺やドノヴァンなんかは家族のために雇われて働いている。言いなりになるしかないんだ。死ぬのでさえな。あの町で仕事なんて家業を継ぐか、兵隊になるしかないからな」キルガは後から降りて来たターシャルの荷車を支えて降ろしてやった。「あんたみたいな生活は羨ましいよ」
「でも個人業は大変だ。毎日生きるか死ぬかみたいなとこはあるからな」マルブランクはそう言いながら、着いたフロアを確認しだした。
また空気が変わった。さっきは張り裂けそうな冷たさがあったが、今はごちゃごちゃした感じ。音こそしないがなにかがひしめき合っているような息遣いがするような。
マルブランクはコンスタンを見た。
「温度があるなにかが、いくつもいるようね」コンスタンは辺りを見ているが、視覚以外の感覚に集中しているようだ。たいした女戦士だ。鋭い感覚をしている。
ドノヴァンは階段から伸びる回廊をゆっくり歩き出した。上のフロアとはうって変わって赤い切石が敷き詰められた広い道。その広さが皆の不安感を煽る。
一行が曲がり角を曲がった、その時——
通路の真ん中には黒い大きな影があった。それはひとつではなく、複数のものだったのだが、小さな猿みたいな声を発しながらしゃがんだり、立ったりしている、裸の黒い人型のものたち。黒いと言っても完全に黒いわけではなく、灰色がかっていて、遠目から見るに顔の皮が剥げた人間みたいな容姿だった。まぶたがないのか眼球が剥き出しで黒目がなく、暗闇に住むからか視力がないみたいだ。鼻も肉がなく歯も歯茎も剥き出しで、頭は肉が凸凹してまだらに毛が生えている。
目が不自由なためか、こちらの明かりに気づきはしなかったが、その代わりに匂いなのか気配なのか、こちらには気づいた。
その黒い裸のものたちは一斉にこちらに向き直して立ち上がり、口々にきぃきぃと言い始めた。8匹くらいいただろうか。
ドノヴァンは息を飲みながら斧を取り出し、コンスタンは抜刀した。ターシャルは恐怖を噛み殺しながら後退りする。キルガも戦闘準備に入ったが、マルブランクは特に何もしなかった。
「古代人の生き残りではなさそうね」コンスタンは細剣を構えた。
「いや、そうとも限らん」マルブランクはバックパックをターシャルに手渡した。
「え?」
「血濡れて呪われた古代人の、信仰心の成れの果てかもしれないな。ここにこもって、禁術にまで行きついて、挙句には妖怪変化してしてしまったのかも」マルブランクはターシャルを意識しながら言う。
「そんな禁術があるの?」
「世の中には
「隊列を崩すなよ。そのまま下がってキルガとターシャルを3人で囲め」コンスタンが指示する。
黒い妖魔の1匹が向かってきた。相手の武器は長い爪、であるらしかった。
ドノヴァンは斧を振りかざし、その間を見計らう。来る。そうだ来い。
黒い妖魔が掴み掛かろうと飛びついた瞬間、あの巨大な斧を振り抜くのには速すぎるスピードの斬撃がそれに当たり、妖魔は腹を砕かれながらその場に崩れ落ちた。
ドノヴァン、やるじゃないか、と意識を振った瞬間にはやつらは走り出しており、肉のない口から泡を吹きながら駆け出してくる。
その沢山の必死の様子はあまりにグロテスクで、おぞましかった。
マルブランクに向かってきた妖魔は、ドノヴァンの死角に入り込んでいた。姿勢を低くして人には出来ぬような走り。
しかしマルブランクはギリギリまで動かない。
彼は鋭い動体視力で見ていた。どこを。攻撃するか。
妖魔が両手を投げ出して、顔を前のめりにした。やつらは俺たちを食おうとしている。マルブランクは両手で、両腕を受け止め、それが顔を近づけてきた瞬間に短い足で、相手の左胸を蹴り上げた。
人なら死んでいる。心臓を破壊したから。
それは仰向けにつんのめって倒れて身悶えだした。そしてしばらくして動かなくなった。
「生物のようだ。人と同じ急所を狙え!」マルブランクは叫んだ。
コンスタンは息を深く吐いて、また吸った。そして眼球を真正面にしようと努めた。若い頃、剣に1番大事なのはフォームなのだ、と教わった。それは技術であって、ずっと伝えられてきた知恵なのだ。
コンスタンの突きは右手が消失したように見える。身体は静止しており、右足は深く踏み出していた。目には見えないほどの速さで突きを放った。何度も何度も。
コンスタンに突かれた3匹の妖魔達の返り血がドノヴァンに飛び散った。それを嫌がり、ドノヴァンは少し避ける。それらはコンスタンから繰り出される突撃を避ける間さえ与えられぬまま、身体中が裂けて絶命していた。
妖魔が力技で、マルブランクに拳を振り下ろした。マルブランクは力ではなく、それの威力を横にずらしながら左の腕で受け止め、相手の首の骨が折れるように手の平をはたいた。それは鈍い音を立てて、やがて動かなくなった。
1匹の妖魔が逃げようとする。ドノヴァンが踏み出した瞬間、それの背中がぱくっと裂けたかと思うと、次にそれの全身が砂塵に覆われて身体を奇妙に捻って倒れた。
「
「なんだ」マルブランクはキルガの方を向いた。「いいのもってんじゃん」
「いやあ、はは」
「やったか。もうおらんかな」ドノヴァンが言った。
ターシャルはほっと一息をついた。
コンスタンは手袋を脱いで、腕を捲り上げ、飲水をふりかけた。あの突きをしたら負担が大きい。すぐに手を休ませないと。
「なかなかみんなやるなあ。ここに選ばれて来た理由が分かったぜ。だは」マルブランクは陽気に一杯やりだした。
「マル。またか」コンスタンがうんざりした。
「ま、マル??」
安堵と相まって、一同は大いにウケた。
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