第7話 マルブランクの戦闘

 「マルブランク!」コンスタンは腕を組んで声を荒げた。声が穴に反響する。


 「なんだよ、いきなり」マルブランクは驚いて大事な酒を吐いてしまった。


 「貴様というやつは、こんな時にもまだ酒を飲むのか!」ドノヴァンは振り向きはしなかったが、キルガはなんだなんだと2人を見やる。知り合いか?


 「俺はな、ほろ酔いの方が頭が冴えるんだ。真っ青な空くらい冴え渡る。常人のシラフよりはたいぶ冴え渡るんだぜ?」マルブランクは酒の入った皮袋を傾けた。


 コンスタンは空いた口が塞がらなかった。信じられない。これだけ出発が遅れて人に迷惑を掛けたというのに。これが本当に一流の冒険家か。本当に彼に命を預けても構わないのか……。


 

 「怒るなよ。集中しろ。でかい声でおいでなすったぜ」マルブランクはまだ陽気だった。


 コンスタンはぴたりと止まった。マルブランクの言葉ではたと気づいた。しかし、それが一瞬悔しかった。


 「ドノヴァン、止まれ。何かいる」コンスタンが言った。


 「何、何も見えん」ドノヴァンはランタンを顔まで上げた。


 「土壁で分かりにくいが、10歩先に曲がり角か窪みがあって何かいる」マルブランクは少し口調が変わった。


 「そんなに大きくはない」コンスタンも負けじと感じた事を言う。


 小さな息遣い、空気の流れ、温度、匂い。五感に流れ込む微かな情報を感じとる事が、戦闘の熟練者の生きてきた所以、それ自体。


 「蛇かもな……」マルブランクはすたすた歩み行く。


 「マルブランク!」コンスタンが掠れた声で言った。一同は立ち止まっていた。最後尾のターシャルも息を呑む。


 マルブランクはドノヴァンの脇をすり抜けて、一向の前を歩んで行く。別に抜き足をする事もなく、普通に歩く。


 マルブランクはある所まで行くと、立ち止まった。そして左手の一歩先の壁を覗き込んだ、その時。



 「シャー」


 空気を擦り合わせたような鋭い鳴き声がしたかと思うと、白い布みたいなものが壁から降りてきて、地面に落ちるかと思うとたわんでまた持ち上がる。壁から意思のある太いヒモみたいなものが現れマルブランクに襲い掛かった。


 「マルブランク!」ドノヴァンは叫んで踏み出した。


 キルガは反射的に呪術詠唱に入る。頭が高速回転し、何を唱えるかをすぐさま導き出した。


 火球ファイアボール


 しかし、コンスタンは動かなかった。怖いもの見たさに似ていた。



 マルブランクは他の者が一動作動いた時には、噛みつこうとした白い蛇、人の首ほどの太さもある目のない大蛇、を身体ごとターンして振り払い、進路変更しようとした蛇がその大きな口を開ける前に、鼻の上を押さえつけてしまった。


 そして、驚く事に彼はその掴んだ手の甲を違う手で持ち、両手で蛇の頭を地面に押さえつけ、一押しした。


 まるで空気の入った袋を割るかのように。


 彼は一瞬力を入れて、蛇の頭を押さえると、何かが砕けるような鈍い音がした。


 すると蛇の白い胴体が、蛇がいたであろう場所からバラバラ落ちてきた。重い胴体がマルブランクの周囲に落ちた。


 

 ドノヴァンは2歩歩み寄って立ち止まり、キルガは手のひらで起こしかけた火種を消した。

 

 「土蛇アースサーペントの一種だな。穴に居るから白くて目がないやつだ。もうおらんが、この先いるかもな」マルブランクは膝をついて辺りを見回した。


 「あんたどうやったんだ。体術を使うのか?」ドノヴァンは兜を脱いで歩み寄る。髭だらけだが実に笑顔が可愛い。


 「体術と言えば体術だが。なんと言うか、俺は色々な武道の複合なんだよ。昔世界を旅しててな。武道マニアというか」土蛇アースサーペントに外傷はなかった。ドノヴァンが触ってみると、頭蓋骨のみを砕いたみたいだった。「東洋武道のミックスだな」


「東洋武道か。かっこいいな!」キルガもドノヴァンに続いて歩み寄る。


 「なんか、意外に凄いですね!」ターシャルも声を弾ませた。


 「てめえ、意外ってなんだ」


 ただコンスタンは喜べない。彼の身のこなしを見たら。


 マルブランクはあの蛇を避ける一瞬、タイミングを見誤っていたのを見逃さなかった。土蛇アースサーペントが飛びかかる数テンポも早く反応しかけていた。


 やつはかなり反応が早い。私の斬撃が当たるのだろうか。


 

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