第6話 パーティー編成、潜入
「酒は?」
「持ってきています。一応」
「よし、これに入れといてくれ。これは俺が背負う。いや、いい。食料は入れなくていい」小間使いのターシャルとマルブランクが馬車の後ろで荷物の仕分けをしている向こうでは、騎兵団長レーヤンや近衛兵主任エリック、それに同行するコンスタン達が真剣に話をしていた。
彼らの前には、石の断崖にぽっかり空いた大きな洞穴。それこそが彼らバロム兵達に立ち塞がる試練にして、バロム伯が最重要事項にした案件だ。
「マルブランク。こっちで話に加わってくれ」レーヤンは馬車の側の石で休む小男を呼びに来た。
「なんだ」マルブランクは面倒臭そうに、洞穴の前の人だかりの方へ向かう。
「今まで13人が入って帰らなかったのだ」レーヤンは真剣だった。「我々はここで野営をして1週間待った。最初、有能な兵士を送り出した。次に、帰らなかったので、捜索隊を出した。それも帰らない。その次に腕の立ちそうな冒険者を雇った。高い報酬を払ってな。その者達も遂には帰らなかったのだ」
マルブランクは腕組みをして洞穴を見つめていた。いつになく真剣だった。
「どう思いますか」エリックが訊いた。
「先入観は思考が鈍るから、何も考えないが、誰が何のために洞穴を掘って遺跡を作ったかを考える。そういえばなぜこの中が遺跡だと知っている?」マルブランクは周りを見回した。
「最初の調査で、その遺跡の始まりまでは潜っているのです。それと分かって一度帰って来ています」エリックが説明した。
「ふん。まあ考えても仕方ない。中が迷宮でもない限り……」マルブランクは少しためた。「何かいるか、殺人トラップがあるんだろうよ」
「その格好で?」
山型に頭の禿げ上がった小男は、バロムが用意した装備を嫌がり、着の身着のままの、身体にぴたりとした麻の長袖にズボン、それに革靴でバックパックを背負っている。その身に金属らしき物を一切身には付けていない。
重装兵のドノヴァンは頭から爪先まで鉄板が歩くような格好をしていたし、魔導兵のキルガや小間使いのターシャルでさえも革の鎧や具足を、上っ張りの下に着込んでいた。コンスタンは鉄の胸当てにロングブーツと、その中間くらいの装備だ。
「俺はな、甲冑や刃物なんぞは身に付けん」
「あんたは戦闘には加わらないのか?」レーヤンが訊いた。
「向いてないんだ」マルブランクははぐらかしたが、コンスタンは知っている。彼は何らかの戦闘能力を持っているはずだ。彼はそれを人には見せずに隠そうとしている。そうに違いない。
彼女は自分の使命について考えていた。生まれて初めて心が揺らぐ。なにより物理的に可能か?悟られやしまいか。
マルブランク達はレーヤンやエリック、その他数人のバロム騎兵達に見送られながら、未知の暗がりへ入って行く。
待ち受けるのは果てしない深淵か。謎に満ちた古代人の建造物はただ静かに待つ。
コンスタンは最後尾から穴に入る瞬間、レーヤンが一瞥するのを見た。分かっているだろうなと、冷たい嫌いな目つきだった。
「魔導書ねえ」マルブランクは重装兵ドノヴァンの後ろを歩く。大木みたいに圧迫感がある無口な男で、背には巨大な斧を携えていた。今はフルフェイスの兜を被っているが、優しい熊みたいな男だった。と思う。「なんで皆魔導書を欲しがるのかね」
先頭のドノヴァンはランタンを持ち、その後ろにはマルブランク。それからコンスタンと魔導兵のキルガ、最後に荷車を引いた小間使いのターシャル。キルガの
不安と緊張か。誰もマルブランクの言葉に返さない。入り口の光があっという間に小さくなる。
まだ地面も壁も土で、土竜が掘ったみたいにもろそうだ。歩くごとに音がなくなっていく。ターシャルの引く車の音だけ。
「おめー、キルガっつったか」マルブランクは退屈だった。今までどれ程潜ってきたか知れない。
「え、ええ。なんですか」キルガも話が好きな方ではなかったし、あまり爽やかな性格ではなさそうな、痩せっぽっちな男だ。若いのに苦労しているのか白髪混じりで顔にはうっすらほうれい線がある。
「お前さん、タマはどんくらいだ?」マルブランクが訊いたのはあの玉の大きさではなく、魔導士に実力を訊く時の、俗っぽい話し言葉だ。タマは魔導の基本である
「私は……頭くらいですか」キルガが気の進まない口調で答える。
「そうか。まあ普通だな」話が終わってしまった。こいつらはマルブランクが苦手なヤツらかも知れない。普通。
彼はコンスタンに話しかけようとしたがやめた。今日再開した時から、あまり話しかけて欲しくなさそうに感じた。だから昨日まあまあ盛り上がった事も話さない。
また酔ってなんかしたのか。覚えてない。
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